第616話 道中の商売
シオンと岩人形ゴーレム『ロック一号君』(シオン命名)が討伐した魔物『剣角魔鹿』をタウロがマジック収納で回収すると、タウロ達を乗せた商人馬車の一行は、また目的地に向かって山道を進み始めた。
シオンに同行するか聞いてみたが、変わらずセトと一緒に鉱山までの道の整備をすると答えた。
タウロは魔物の肉の一部はシオンの食事用に切り分けようかと提案したのだが、他にもセトとロックシリーズが他の魔物を狩っていたので、逆に回収しておいてくださいと頼まれた。
留守の間、また、同じ事が起きるだろうからと、タウロは王都で入手しておいたマジック収納付きの鞄をシオンに預ける。
こうして、改めてタウロ達はシオンとセトとは別行動する事になったのであった。
道中、ロックシリーズが二体一組で道の整備作業しているところに遭遇する。
一体は道を塞いで邪魔になる大きな石をその拳で砕いて道に空いた穴を埋め固め、もう一体はタウロから受け取ったツルハシや鍬、石切用のたがね(ノミとも言う)などの道具を使って細かい作業をしていた。
四メートルもあるロックシリーズが、タウロから与えられた道具を器用に扱っているのは、可愛らしく見える。
これらの指示を全てセトが行っているのだから、凄いとしか言いようがない。
『人形使い』の能力を持つタウロでは十体もの岩人形を細かく操る事は不可能だからだ。
つまり、『人形使い』という能力の限界突破をタウロは古代の遺物を利用して作り出したセトを使って、可能にしてしまったのだが、その事には誰も気づいていない。
『人形使い』自体がマイナー過ぎて誰も限界まで極めた者がいない事もあるし、なにより誰もタウロ以外の『人形使い』を知らないからであった。
「セトは本当に出来た子よね。帰って来たら改めて褒めてあげないと」
エアリスが親のような面持ちでセトを称賛する。
「シオンもタウロにべったりだったのが、セトが仲間になってからはお姉さんとしての自覚が出てきたみたいだし、丁度良かったな」
タウロ達の馬車に移動していたラグーネが今度はシオンの姉のような気持ちで褒めた。
「ガロも仲間になって、俺達の機動性も上がったしな」
アンクがガロに跨って馬車の傍に近づくとそう応じる。
「本当だね。僕も、セトとガロを作って良かったよ」
タウロがそう告げると、ガロが「がう!」と応じ、ぺらが肩の上で自分もいるとばかりにぴょんと跳ねてアピールした。
「はははっ! ぺらももちろん、大切な仲間だよ!」
こうして道中は平穏なまま、近年放置されていた山道とは思えないスムーズな進み具合でドワーフ自治区の領境に向けて進むのであった。
途中、ひなびた小さい山村に到着し、そこで一泊する。
タウロ達の護衛対象である会長のブサーセンは山村に到着すると、荷物を一部おろして小さい商いを始めた。
こんな小さい山村ではほとんど利益は見込めないはずだが、商人である前に一人の同じ領民として同胞の喜ぶ顔が見たい、役に立ちたいという思いから取引を行っているようだ。
すっかり訪れる商人も激減して山村の者達もよほど珍しいのか子供達は大騒ぎしていたし、大人達もブサーセンに感謝の言葉を次から次に投げかけていた。
ブサーセンの扱う品はそれこそあらゆるものであったが、今回は日用品が中心になっている。
ドワーフ自治区に持ち込む品はまた、別であったが、山村用なのは明らかで行商のように色々な種類を用意していた。
「ブラシがあるじゃないの! 今のはもうボロボロでどうしたものかと思っていたのよ、助かるわ!」
「石鹸もありがたいなぁ。ここのところ山道も強力な魔物が出るようになって行商も来れない事が多くてこんな品が一番ありがたいよ!」
「ありゃ! フライパンもあるじゃないか! ──母さん! フライパンがあるぞ! 穴の開いたのを、もう使わずに済むぞ!?」
そんな感じで日用品で必要なものを一通り持ってきていたブサーセンは山村の人々を大いに喜ばせた。
「こうなると、僕達も見習って美味しい食事を提供したいところだよね?」
タウロは傍に居たエアリスに相談した。
「ふふふっ。そう言うと思ったわ。領都に開店予定のお店の宣伝も兼ねてカレーを振舞ったら?」
エアリスがタウロに提案する。
「そりゃいいな! カレーを食べて喜ばない奴はそうそういないぜ!」
アンクが賛同する。
「よし、私が土魔法で机と椅子を広場に作って準備しよう!」
ラグーネもノリノリで応じた。
「よし、やるよ!」
タウロはそう言うとマジック収納からかまどや調理台、寸胴などや食材なども次々に出していく。
それにも慣れたものでエアリスとアンクはすぐに材料の仕込みに入るのであった。
タウロ達がブサーセンの傍で調理を始めたので山村の人々は呆気に取られていたが、どうやらカレーという王都で人気の珍しい料理を安い値段で提供してくれるらしいという事を知ると、いつも同じ料理を食い飽きた村人達が遠巻きに期待の目でタウロ達を見つめる。
中にはタウロの作るカレーとやらを食べる為に、倉庫で埃を被っていた毛皮の山を引っ張り出してきてブサーセンに買い取ってくれるようにお願いする人もいた。
他にも畑を荒らす魔物を倒した時に手に入れたと思われる角や牙、大小の魔石を売り込む者もいる。
これらは需要と供給というもので領都では手に入らないものである事が多い。
だからブサーセンは「今後もお付き合いをよろしくお願いしますよ」と笑顔で応じて相場より少し高く買い取る。
買い叩いてその一度きりの取引で終わらせるのではなく、長い付き合いを見越してお互いの利益の為に多少色を付けるのだ。
その辺りは、さすが領都で百年の老舗の店主だというところだろう。
売った者はホクホク顔でラグーネが用意した椅子に座ってタウロの作るカレーが出来るのを待つ。
そこで残念なのが、売る物がない者である。
だがそこは山村の仲間同士だ。
ひとりだけ儲けて満足するのではなく、日頃のお礼だとお金が用意できないみんなの分を奢ると申し出る。
そこで歓声が上がると、いい匂いがしてきたタウロのカレーが出来るのを村人達は行列を作って楽しみに待つのであった。
カレーは大好評であった。
村人達は初めて香辛料の効いた野菜たっぷりカレーを食べて感動していた。
付け合わせにはこれもタウロの一押しであるオーク肉のとんかつが添えられ、サクサク食感の柔らかい肉に、日頃、ゆで汁で戻した干し肉が多い村人達は感動する。
そして、少し辛めなのが山村の者達はさらに気に入ったらしく、領都で今度お店を出す事を告げると、その時はみんなで食べに行くと応じる程であった。
「あんたら本当に冒険者か? 料理を振舞うまでの手順がとても慣れているな!」
商人のブサーセンはタウロ達にそう感心して褒めると、同じく自分も御者や使用人達と一緒にカレーを口に運び、その美味しさに満足する。
みんなの反応に満足なタウロ達もその光景を見ながら、一緒にカレーを食べ始めるのであった。




