第615話 自治区までの護衛任務
犬人族である赤髪の美女ロビンにはその話は寝耳に水であった。
タウロから、数日後には冒険者ギルドの依頼を受けて、領都を留守にすると言うからだ。
ロビンはタウロに内緒で領主への正式な就任祝いを一週間後にはやるつもりでいた。
その間に帰って来てくれるのならいいが、依頼内容を聞けば自治区の一つドワーフの岩窟の街までの護衛任務だという。
普通に往復だけで一週間以上はゆうにかかる道程なので、どうやらサプライズは出来そうにない。
本来なら反対して依頼を一旦断ってもらいたかったが、その依頼を利用してドワーフ族との交流再開の交渉をしたいのだというから、領主代理の立場のロビンとしては、反対どころか賛成だった。
だから反対するわけにもいかないのであった。
さらに留守にしている間にこの領都の閑散としている大通りの一角にカレー屋を作りたいという。
これも反対する理由がない。
ロビンはガーフィッシュ商会の従業員である。
カレー屋はガーフィッシュ商会がタウロから経営を一任されているが、王都店が好調過ぎて支店を作りたいと常々思っていた事なのだ。
それがこの新領都シュガーの街に作れるのは実にありがたい。
この街にガーフィッシュ商会支部を作って日も浅く、そこは代理であるロビンが支部長を任されているから、カレー屋を出してガーフィッシュ商会の名を、このジーロシュガー領全域に広めるには持って来いだろう。
こういった事から、忙しいがタウロの提案は領主代理と商人の両方の立場でロビンは反対できるものはなかった。
「……わかりましたのです。幸い、大通りは空き店舗が多いので、それら一角を買い取ってタウロ様のカレー屋本店に相応しい大きさにするのです! ごにょごにょ(領主就任祝いが出来ないのは残念なのですけど……)」
ロビンはサプライズをやる前に不発に終わった事を残念に思うのだったが、全てはこの領地とガーフィッシュ商会の利益が優先であったから、納得するのであった。
こうして、領主代理のロビンに後を任せるとタウロ達一行はドワーフが治める自治区、岩窟の街までの護衛任務を行うべく、商人と打ち合わせをして旅にでるのであった。
「それにしても、まさかあの時の冒険者さんがうちの依頼を引き受けてくれていたとは、何度も言うが人の出会いというものは、わからないものですな。わははっ!」
そう言って、馬車内でタウロに話しかけているのは、ブサーセン商会の会長ブサーセンである。
ブサーセンは領都シュガーの大通りに店を構えて百年の老舗の店主で、数日前にタウロ達に客引きをした相手であった。
「はははっ、世間は狭いですね。岩窟の街まで五日間近く改めてよろしくお願いします」
タウロはそう応じると、周囲を見渡す。
まだ、ここはジーロシュガー領内であり、二台の馬車は北の山道に向かっている。
先頭の馬車には御者に会長ブサーセンとタウロ、エアリス、あとは商会の従業員二人と荷物が少々積まれている。
二台目の馬車には御者と従業員一人、ラグーネとあとは沢山の荷物が積んであり、アンクは狼型人形ガロの背中に跨って最後尾をついて来ていた。
ガロに跨るのは順番で、当番が回って来たら周囲を警戒するのが役目である。
「うん? おかしいな……。この辺りの道は整備が行き届いていなくて穴が何か所かあり、馬車の乗り心地が悪くなるんだが……。いつの間にか穴が塞がっているな……」
先頭の馬車の御者がそんな独り言を漏らした。
「ああ、それはもしかしたら、うちの仲間の仕事のお陰かもしれないです」
タウロは心当たりがあったのだ。
それは、この道を北上して鉱山に続く道の整備を行う為に数日前、領都をあとにしたシオンとセト、ロックシリーズ十体の事である。
「なんだい? 他にもお仲間さんがいるのかね? それにしても交易が全面的に止まっている自治区方面のこの道を整備をするとは物好きだな」
会長ブサーセンはそう言うと、笑って呆れて見せた。
「そう言う会長さんも、交易が止まっているドワーフ族相手に独自に取引をしようとしているじゃないですか」
タウロが会長ブサーセンの物好きさを指摘する。
「うちは元々何でも扱う老舗だからなぁ。ドワーフ族とも交易所ではよく取引したものさ。ドワーフ族っていうのは頑固で職人気質、商品一つ一つを吟味しないと交渉に応じないという面倒な部分はあったが、信用出来る良い取引相手だったんだよ。それが前領主のせいで、この領地は信用を失い、ドワーフ族もこの地を去った。しかし、自分達のような商人同士の信用は失われていないと思っている。だから、今回、新領主様が統治するようになったこの機会に、取引の再開が出来ないかと準備を進めていたのさ」
会長ブサーセンは交易再開の為に商会単位で独自にこの一年間準備をしていたようだ。
「自分達商人同士が商売を再開させて、道筋を作る。それが、結果的にこの領地と自治区の交流関係も復活させ、最終的に交易所の再開に繋げるというのが、このジーロシュガー子爵領に住む商人としての目標であり、意地だな」
会長ブサーセンはそう熱く語ってみせた。
「なるほど……。僕も(領主として)それに応えないといけませんね」
タウロはその熱さに応じて頷く。
「ああ、その時は頼むよ、Bランク帯冒険者さん。今回、わざわざ高ランクの冒険者を雇ったのは、この北の道の治安が悪くなっているらしいからなのさ。人の通りが無くなると魔物も寄ってくるようになるからな。だから高い金を出して奮発したのは今後の事を考えお宅らに強力な魔物討伐もしてもらい、後続の商人達が楽できるようにする為でもあるのさ」
会長ブサーセンはつくづくいい人だった。
自分で交易を再開する道筋を作る為に、先頭に立ち、あとから続くであろう商人達の事も考えて高い身銭を切って道を切り拓こうとしている。
こういう商人が領地にいる事はタウロにとっても財産だ。
その思いに応えたいと思った時であった。
タウロの『気配察知』能力にシオンの気配が引っ掛かる。
馬車から身を乗り出し、外を眺めるとロックシリーズが一体、視界に入って来た。
その手には丁度討伐仕立てだったのか、足を掴み上げて鹿のような大きな魔物が吊るされている。
その足元にシオンが立っていた。
「おーい、シオン! それは?」
馬車からタウロが声を掛ける。
「あっ! タウロ様! ロック一号君と一緒に今、魔物を一体仕留めたところです!」
シオンが元気よく応じて手を振って来る。
タウロがその鹿の魔物を『真眼』で鑑定すると、
「『剣角魔鹿』、とても狂暴で、中央の剣に見立てた角で獲物を串刺しにするBランクの魔物。入手素材が希少な為、角から肉、内臓に至るまで武器の素材や薬、食用など幅広く使用され素材の全てが重宝されている」
と表示された。
「た、たまげた……。まさにこの魔物を道中退治してもらおうかと思っていたんだが……、お仲間さん達が倒しちまったのか……。B+冒険者ってのは本当に凄いな……!」
会長ブサーセンはロックシリーズが吊るし上げている魔物に馬車内で腰を抜かしてそう告げるのであった。
タウロ達の強さが桁違いである可能性もあったが、それはタウロ達もわかっておらず、一言、
「うちの仲間達は強いんです!」
とタウロが自慢げに誇るのであった。
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