第614話 新領都の様子
冒険者ギルド・シュガー支部で新人受付嬢ミュウに手続きをしてもらい、商人の護衛依頼を引き受ける事にしたタウロ一行は、領都の散策をする事にした。
大通りのお店はまだ、昼時だというのにところどころ店が閉じており、閑散としている。
「ロビンさんが領内の赤字を黒字化したとはいえ、まだあまり、景気が良いとは言えないみたいだね」
タウロは領都シュガーがまだ、回復途上にある事を改めて確認した。
「きっとこれからよ。あとはタウロの采配に掛かっているわ」
エアリスはこの街の未来は当然ながら領主であるタウロの手腕に掛かっているのでそれを指摘した。
「あまりリーダーにプレッシャーをかけてやるなよ、エアリス。これまでは冒険者としてやっていたのに、いきなり領主だぞ? 俺だったらさっさと領地を売り払って放棄するところだぜ?」
アンクが大通りを歩きながら、タウロに同情してみせた。
そこへ、
「旦那方、他所から来た冒険者でしょ? うちで日用品揃えませんか? うちはこの領都に店を開いて百年の老舗です、何でも揃いますよ!」
と店主と思われる白髪交じりの男性が、タウロ達に声を掛けて来た。
お店はその店主の言う通り、老舗らしく年季の入った大きな建物だ。
領都の大通りにあるお店としても、かなり立派な方だろう。
「百年か! そりゃあ、長い歴史があるな。 ──なあ、店主。それだけ長いとこの領都の事も詳しいのかい?」
アンクがタウロに代わって話を聞く。
「もちろんですとも。私はここで生まれ育ってきて、この街が良かった時も悪かった時もそうでない時も見続けてきていますからね。当然詳しいですよ」
店主は自分の胸を叩くと、自慢げに言う。
「大通りが閑散としているのは、やはり、前領主時代の名残りですか?」
タウロはいきなり領都の黒歴史であろう昔を聞いてみた。
「……ええ。ですが、これでもかなりこの通りも回復してきてはいるんですよ? 以前はもっと少ない時がありましたからね。それこそ以前は、うちもこの街を捨てて他所に移った方が良いんじゃないかと考えましたが、領都に居続ける人達もいましたからね。それを見捨てるのは地元に根付いてお世話になったうちとしてはさすがにそれは出来ないってんで、私財を投げ打ってこの店と看板を守り抜く道を選びましたよ。さすがに、今ではカツカツの状態ですがね? わははっ!」
店主はそう言うと、自分の店の看板を誇らしく眺めて笑った。
看板には「ブサーセン商会」と書いていある。
その看板も創業当初からのものなのか、年季が入っているのがわかった。
「新領主ってのは、どうなんだい? 評判は良いのか?」
アンクがまた、タウロに代わって探りを入れる。
「新領主? ああ、かなり良いと思うな。自分はまだ、領主様の顔は拝んでいないが、領主代理のロビン様がやり手で、この街だけでなく領地全体の立て直しをあっという間にやってみせてくれたからなぁ。領民はみんな感謝しているよ。ロビン様は領主様の命を受けてやっているから当然だと応じるだけだけどな。きっと、新領主様はもっと立派な人物なんだと思う」
店主がまだ、見ぬ新領主タウロを褒め称えた。
やめて、ハードル上げられると僕の立場が!
タウロは内心、困るのであったが、さすがに表情には出さない。
「それに、この土地はもう終わりかもしれないと絶望していた者は多い。そういったみんなに希望を与えてくれたのは新領主様だからな。早くそのお姿を拝んでみたいものだ」
店主はそう言うと領主の館のある城館の方に手を合わせて祈る素振りを見せた。
「新領主様も人だからあまり期待し過ぎない方が……」
店主のハードルが高過ぎて、期待に圧し潰されそうなタウロは、そう応じる。
「代理のロビン様でもあれだけ立派なんだ、大丈夫さ! そう言えば、新領主様は各地を旅していらっしゃるらしいんだ。冒険者ならもしかしてあった事がないかね?」
店主は四十台後半のおじさんだが、少年のように目を輝かせて、タウロ達に聞く。
「(鏡相手なら)会った事があるかもしれないし、会った事ないかもしれないなぁ」
タウロは目を逸らしながら、答えた。
「世の中は広いから、会った事なくても当然だな、すまんかった。──そうだ、これからこの街で冒険者やるなら、いつでもうちで買い物してくれな、まけるからさ」
ブサーセン商会の店主はタウロの背中を叩いて笑うのであった。
「結局一日巡ってみて、この街の人々のタウロに対する印象って、とても良いわね」
エアリスが嬉しそうに感想を漏らした。
「全ては代理として派遣されてきたロビンさんのお陰なんだけどね……。満を持して現れた新領主がこんな子供だったら、ガッカリしないかな?」
タウロは犬人族のやり手の美人であるロビンの印象がこのシュガーの街では一番良いので、見劣りするだろう自分の事を考えると苦笑する。
「おいおい、確かにまだリーダーは子供だが、これまでの実績を考えると誰もが期待するだろうし、ガッカリはしないさ。俺達も手助けするし。その一番手でシオンが鉱山道を整備しに行ってくれているわけだから、俺達も他所の自治領主との関係修復をしないとな」
アンクがタウロの見た目は問題ではない事を指摘して励ましてくれた。
「タウロはすでに、インフラの再整備から鉱山再開、自治領との関係修復による交易の再開を目標に掲げているでしょ。それは間違っていないと思うから、大丈夫よ」
エアリスもアンクに賛同するようにタウロを励ました。
「タウロ、これからどうするのだ? 考えはあるのだろう?」
ラグーネも同意するように頷くと、タウロの考えを促した。
「……うん。冒険者ギルドの依頼を受けた時に、ちょっと考えた事もいくつかあってね。ドワーフ族の岩窟の街までの護衛依頼を利用してドワーフ族の領主と関係回復を行うのが丁度良いかなって。あと、この大通りの空き店舗を一つ買い取って、お店を出そうと思う」
「「「お店?」」」
「うん、僕唯一の名義でやっているカレー屋をここにも作ろうかと思ってね」
タウロは力強く頷く。
「カレー屋か! いいんじゃないか? 王都とサイーシの街、竜人族の村にしかまだないんだよな? その本店だと銘打てば、領民も注目するだろうし、美味しいものを食べると元気が出るしな」
アンクはタウロの意図がわかった気がして賛成する。
「タウロらしいわね! 私も良いと思う。ここにはガーフィッシュ商会支部もあるから運営も比較的楽にできるのではないかしら?」
エアリスは現実的な面からも賛同する。
「カレー屋か。この領都の名物になるのではないか? 楽しみだ!」
カレー大好きラグーネも当然納得した。
「それじゃあ、城館に戻ってロビンさんに相談しよう」
タウロはみんなの賛同を得て、夕暮れの中、自分の新たな家である城館に戻るのであった。




