第612話 新領地の第一歩
ガーフィッシュ商会の従業員であり、現在、新領地の領主代理を務める犬人族の美女ロビンはタウロに条件付きながら今後も領主代理として残る事が決まった。
このロビンはとても聡明な女性で、前領主の悪政の下で甘い汁を吸っていた執事や使用人などはその慧眼と嗅覚で見極め、三分の二をクビにしていた。
贈収賄などの犯罪については、財産没収の上刑罰を与えて処分し、かなり大ナタを振るったのがそのしゃべり方からは意外に感じる程であったが、お陰でかなり人件費をスリム化できている。
そして、ロビンとは数日もの間、エアリス達も含めて今後の方針や改善点などを話し合った。
ロビンがやったのは、人件費の他に無駄な部門の一掃、そこであぶれた優秀な人材を別の部門に適材適所で再配置して効率化を図るなど、新領主が子爵という事で、それにふさわしい規模に抑えてくれている。
ロビンは元々商人だから、無駄に気づくと徹底的に削減してくれたから、タウロから見るとこれ以上はやる事が無いように思える程、わずか半年でこれらをやり遂げてくれていたので、驚きと感心をもってロビンを尊敬するところだ。
「現状で出来る事はやれるだけやってみましたが、私にも出来ない事がまだ、沢山あるのです」
ロビンは数日間この領地についての細かい報告をしてから、最後にそう付け加えた。
「ロビンさんでも出来ない事?」
タウロは大いに興味を持って聞き返した。
「はい。この領地の本来の収入源が未だほとんど回復できていない事なのです」
「本来の? ……ああ、交易って事かな?」
「その通りなのです。現在、この領地の収益をギリギリ黒字化できたのは、経費削減をした事と、王家直轄領秘境特区との交易を一部再開できたからなのです。ですが、本来は各自治区の人々もこの領都に集い、交易をする事で賑わっていた時期があったそうなのです。領民からはそう聞いているのです」
「……ここだけの話、オリハルコンが採取できる鉱山についてはどうなのかな? ここが稼働出来たら大きな利益を生みそうだと思っていたのだけど……」
タウロはガーフィッシュがから聞いていたこの領地の価値が跳ね上がる情報について確認を取る。
「それなんですが……、鉱山は現在、閉鎖されて久しく、前領主の時にはすでに機能していないのです。ですから、再開するのには人材やインフラの再整備など資金がかなり掛かるので、まずは鉱山よりは資金がまだかからないであろう交易所の方の再開が先かと思ったのです」
ロビンは現実的に弱った経済状況の中で、資金を捻出できない状態での鉱山再開はとても難しいだろう事を考えると、現実的にまだ早いと判断していた。
「資金は心配しなくていいよ。あ、でも、確かに労働力の確保が大変そうだね……」
「ええ、鉱山の再開には技術を持った労働力も大勢必要になりますが、閉鎖して時間が経ち、経験者も高齢化が進んでいるので集めるのは難しいと思うのです。……って、資金は大丈夫なのですか? 一番これが大変だと思うのですよ?」
ロビンはしれっと返答したタウロの言葉を聞き逃しそうになったが、思わず再確認した。
「ロビンさん、このタウロが誰なのか忘れていない?」
エアリスがタウロに代わって答える。
「……あ! そうだったのです! タウロ様はジーロ・シュガーとして成功を収めたお金持ちだったのです! 私はついこの領地の現在の経済状況だけで考えていたのです!」
ロビンは資金の心配がない領主である事を失念していたから、思わずその表情が明るくなった。
彼女もこの土地の黒字化を半年でやって見せたものの、その後については心配しかなかったようだ。
「資金面はクリアとして、他に現状で難しい事はあるかな?」
タウロがロビンにアドバイスを求める。
「やはり、隣接する自治区からの信用を取り戻す事が一番難しい事だと思うのです。ここは以前、周辺の交易の中心地だったらしいのですが、前領主が強欲で差別主義な男だったので、エルフ以外の異人種との交易に重税をかけた上に、かなり見下していたそうなのです。その為、各自治区からこの土地への信用はゼロになり、誰も寄り付かなくなったのです」
ロビンは困った顔で前領主の悪しき行いを非難した。
「それで交易所が機能していないのか……。うーん、一度失った信用を取り戻すのは大変だからなぁ……。そこは、新領主である僕の仕事だね。とりあえずは、使われなくなった鉱山と、各自治区までの道の再整備から始めようか。資金と道具一式は僕が用意するから、ロビンさんはその為の人員募集を早速開始してくれるかな。これで雇用が生まれるから領内の失業率も下がるだろうし」
タウロは前途多難と感じながらも、まずは第一歩とばかりに、道の整備から始める事を提案し、マジック収納からお金の入った大きな革袋を三つ、当面の資金とばかりにどんとロビンの前に置くのであった。
「──わかりましたのです!」
ロビンは一番やりたくても出来ずにいた交易所再開の第一歩が始められるとわかって元気よく答える。
「──セト、鉱山までの山道整備なんだけど、交易路より危険な作業になるだろうからロックシリーズで先に作業を始めてもらっていいかな?」
タウロはこの頼もしい子供型自律思考人形の仲間にお願いする。
セトは任せてとばかりに胸をポンと叩く。
「ボクもセトを手伝っていいですか?」
シオンが仲の良いセトへの協力を申し出た。
「うん、わかった。あとから人が鉱山再開や山道整備に割り振られた時は、シオンがセトの言いたい事を代弁してあげて」
「わかりました!」
シオンもセトと同じように、胸を叩いて請け負う。
「それじゃあ、僕達は各自治区を巡って、交流の再開と信頼の回復に努めないとね」
タウロはエアリスに確認するように告げる。
「その前に会ってもらえるのかしら? 交流自体が断絶しているのでしょ?」
エアリスは今回の任務の厄介さを指摘する。
「前領主ならまだしも、新領主の僕相手ならまだ、大丈夫じゃないかな?」
まずは行動とばかりにタウロは前向きにそう捉えるのであった。




