第609話 挨拶代わりに
タウロは自分の新領地に向かう途中、隣接する領主に面会を求めた。
いわば引っ越しついでにご近所さんへの挨拶をする新参者である。
その相手の名は、ジョーゴ子爵。
紫色の髪に青い瞳、身長はアンクと同じくらいで結構高いが優男風。
年齢もアンクより少し若いくらいに見えるから、二十六歳程度だろうか?
タウロも子爵だから同列の立場だが、こちらは引っ越してきた立場であり、まだ、十五歳という年齢だから、相手を先輩として立てる必要はありそうだ。
そんな立場の差を意識しながら、タウロはエアリスを伴い、面会に臨んでいた。
「面会目的は隣領を王家から賜り、着任してきた挨拶との事だが……。名は何と申されたかな?」
ジョーゴ子爵は、隣領は元々伯爵領であったから、着任してきたタウロを伯爵だと思い、まだ子供とはいえ、少し丁寧な対応をしてきた。
「ご挨拶が遅れました。タウロ・ジーロシュガー子爵と申します。こちらは、婚約者のエアリス嬢です」
タウロは連れてきたエアリスも一緒に紹介する。
「ジーロシュガー子爵? なんだ同じ子爵なのか……。──あ、これは失敬。いやはや、こちらは南部の田舎者。失礼だがジーロシュガーという名は聞いた事があるような、無いような家名ですな。これでも一応、サート王国貴族の家名は頭に入っているつもりでいたが思い出せない……。良ければ、ジーロシュガー子爵殿の家名について簡単にご教授頂きたいのだが?」
ジョーゴ子爵はタウロがどこかの上級貴族の子弟が南部の辺鄙な田舎であるハズレの旧伯爵領を与えられたのだろうと考え、探りを入れてきた。
「僕の家名を知らなくて当然だと思います。一年前に王家より直接叙爵されたばかりの名ですから。ジョーゴ子爵殿がその名を聞いた事があるとすれば、それはジーロ・シュガー。例えば、リバーシ特別盤の製作者、もしくは魔道具ランタン等の発明者としての名かと思います」
タウロは、自分の手持ちのカードを隠さず堂々と提示して見せた。
相手は今後、領境を接する相手だ。
仲良くするにせよ、揉めるにせよ、舐められないように確かな情報を与えてけん制はしておきたい。
「はっ?」
ジョーゴ子爵はその情報量の多さに頭が麻痺してそう漏らすのが精一杯であった。
王家から直接?
貴族の嗜みになっているあのリバーシの特別盤を製作している伝説の職人?
今ではなくてはならない程、重宝されている魔道具ランタンの発明者?
ジョーゴ子爵の頭の中にはそんな重大な情報がぐるぐると巡ったが、目の前のまだ子供であるタウロと一致せずにいた。
「それらの功績を認められて一年前に叙爵したのですが、この度、王家よりここのお隣の領地を譲って頂きました。これからはお隣同士、同じ子爵という立場でもありますし、仲良くして頂けたら幸いです」
タウロは相手が混乱しているのはわかっていたが、挨拶を早々に済ませた。
「よ、よろしく……」
ジョーゴ子爵は完全にタウロにペースを握られたまま、そう答えるのがやっとである。
「あ、そうでした! 僕の親は、グラウニュート伯爵、婚約者であるエアリス嬢は、ヴァンダイン侯爵令嬢でして、親の方についてもよろしくお願いします」
タウロはこういう事は、普段なら絶対使わないのだが、親の家名も利用する事にした。
こちらはまだ、子供である事も考えると舐められる可能性は高いから、相手が典型的な貴族なら、こういう権威を利用するやり方は正攻法と言っていい。
権威に対しては権威が一番の武器だからだ。
「ぐ、グラウニュート伯爵に、ヴァンダイン侯爵……!?」
続け様のタウロの攻勢にジョーゴ子爵は圧倒されっぱなしで先程からオウム返しのようにしか情報を口に出来ていない。
まさにビッグネームの連発だ。
ジョーゴ子爵は情報量に対してずっとそれを処理できずにいる。
「ご挨拶にと思い、大したものではありませんが、ジーロ・シュガー作、リバーシの特別盤を進呈いたします」
タウロはそう言うと、マジック収納からとても細かい彫刻が施された芸術性の高い特別盤を出して、ジョーゴ子爵の前に出して見せた。
「!」
これは止めといて良かったかもしれない。
なにしろジーロ・シュガー作の特別盤は幻の逸品であり、その市場価値は計り知れないのだ。
上級貴族でも入手困難なこれは、持っているだけで羨望の眼差しである。
貴族としてこんなに誇れる代物はなかなかない。
「それでですが、新領主として領地に赴任するからには、自領の交易品を扱う商人がジョーゴ子爵領を通過する事も今以上に多くなると思います。それらについて手心を加えて頂けるとありがたいのですが?」
「も、もちろんですとも! これからお互い、隣領同士仲良くやっていかないといけませんからな! 邪魔などしませんよ、大いに我が領地を通行して頂いて構わないです! ──いやー、それにしてもこんな素晴らしい物を頂けるとは……!」
ジョーゴ子爵はあまりの情報量に考える事を止めたのかタウロの要求を全面的に呑んで承諾すると、目の前のリバーシ特別盤の素晴らしさにうっとりする。
タウロはすぐ書類をマジック収納から出してその旨をサインしてもらうのであった。
タウロもその書類にサインをすると握手を交わした。
「ジョーゴ子爵、今日はお会いできて良かったです。僕達は新領地に早く赴きたいので失礼しますね」
タウロは終始自分のペースで事を進め続けると、相手にその暇を与えないまま、面会を終了させる。
「こちらこそ、何のお構いも出来ず申し訳ない。これから末永いお付き合いをよろしくお願いしますぞ、ジーロシュガー子爵」
タウロとエアリスはジョーゴ子爵と改めて握手を交わすと、屋敷を後にするのであった。
「……呆れた。もうタウロったら、詐欺みたいなやり方で交易に関する契約を結んでしまうんだから」
「はははっ。だって、うちの交易品はどうしたってこの領地を通過して大きな街道に入りバリエーラ公爵領に運ぶのが最短ルートだからね。それを邪魔されたら、遠回りになるからそれは困るでしょ?」
「そうだけど、やり方よ。──まあ、ジョーゴ子爵の人柄は確認できたし、良かったのかしら?」
エアリスは結果的にはタウロにとって良い事尽くめであるから、納得する事にした。
「それでは、今のところ最大の難関だと思ってた相手から良い返事を貰えたし、新領地へ向かおうか!」
タウロはそう言うと、エアリスの手を取って、ラグーネ達が待つ宿屋へと『瞬間移動』して戻るのであった。




