第599話 オーナーとして
タウロは馬車で王都で有名な飲食通りに向かった。
目的は、自分がオーナーを務めるカレー屋の様子を見る為だ。
王都店は一年間放置していた為、長い付き合いであるガーフィッシュ商会に全て任せっきりになっている。
タウロ名義で唯一出しているお店なので、その辺りは気になっていたのだ。
久し振りに訪れたカレー屋は、相変わらず繁盛していた。
お昼は過ぎているというのにまだ行列が絶えないし、店内を覗くとお客さんは幸せそうな表情でカレーを頬張っている。
その様子を窺ってタウロも安堵した。
「ガーフィッシュさんが、うまく経営を回してくれているみたいだ。一応、裏に回って店長に調子でも聞いてみようかな?」
タウロはそう考えると、お店の裏に回る。
そこは貴族など常連客しか利用できない出入り口があり、あとは従業員などの関係者くらいしかいない。
そこにタウロが子供型自律思考人形のセトと肩にスライムエンペラーのぺらを乗せて現れるとタウロの顔を知らない従業員が、止めに入った。
「お客様、すみません。こちらの出入り口は従業員、もしくは特別な方のみが利用できる事になっております。一般のお客様は表からお願いします」
丁寧な対応にタウロはちょっと嬉しくなる。
ちゃんと教育が行き届いているからだ。
ガーフィッシュさん、ありがとう!
タウロは内心で感謝すると、その従業員に告げた。
「店長さんに、オーナーのタウロ・ジーロシュガーが来たとお伝えください」
「え?……じ、ジーロシュガーオーナー!? し、失礼しました! すぐに店長を呼んでまいります!」
従業員は意外な返答に驚きのあまりタウロを接客する事無く店内に店長を呼びに戻る。
すぐに「店長! オーナーが裏に来ています!」という声が聞こえた。
その言葉に、店内が騒がしくなる。
どたどたと走る音が聞こえたかと思うと店長がタウロの元に駆け付けた。
「オーナーお久し振りです! 一年振りじゃないですか! ちょっと、待ってください。ガーフィッシュ会長にはオーナーが現れたらすぐに連絡をするように、お達しが来ていまして……。──誰か! ガーフィッシュ商会本部にオーナーが現れたと報告に走ってくれ!」
店長は開店当初から任せているガーフィッシュ商会から派遣されている人物だったのでこの反応は当然だろう。
「あ、それなら、今から僕が直接行くよ。すれ違いになる方が困るから使いは出さなくていいかな」
タウロは慌てる店長を宥めてこの一年のお店の経営の報告を受ける。
その報告は驚くべき内容だった。
丁度一年前くらい、タウロが王都を去ってすぐに客の入りが激増したという。
色々な理由があるが、タウロが名誉子爵になり、ジーロシュガーを名乗った事で、今や王国国内では発明王と呼ばれるあのジーロシュガーがオーナーをしている飲食店という事で注目の的になったのだそう。
どうやら、ガーフィッシュ商会がそう宣伝したようだが、商売人としては売上アップの為に周囲に触れ回るのは当然の事だからやはりガーフィッシュさんに任せておいて正解だったようだ。
「──そんなわけで、売り上げはずっと右肩上がりです。お客さんからは支店を作らないのかという問い合わせが多いくらいですよ」
店長は一年中このお店で接客しているから、耳にタコができる程聞き飽きた質問をタウロに報告した。
「あはは。ごめんね。ガーフィッシュさんのところには今から行ってその件も相談しておくよ」
タウロは苦労を掛けた店長にお詫びすると、お金の入った革袋を一つマジック収納から取り出すと、「これは僕から従業員みんなへの特別賞与です」と店長に渡す。
「こ、こんなにですか!?」
店長はその重さに震えるのだったが、タウロは、「これからもお店をよろしくお願いします。それでは、ガーフィッシュ商会に向かいますね」と答えるとその場から『瞬間移動』でぺらやセトと一緒に一瞬で消えるのであった。
タウロはガーフィッシュ商会本部の裏の敷地に移動していた。
そこで丁度掃除をしていた従業員が「きゃっ!?」と驚いてその場に座り込む。
「あ、驚かせてごめんね。ガーフィッシュさんに、タウロ・ジーロシュガーが会いに来たと伝えてくれるかな?」
「ジーロシュガー様!? お待ちしておりました! 中へどうぞ!」
従業員の女性は名前を知っているのか、すぐに応じると、タウロを裏口から中に通す。
そして、「ジーロシュガー様がお越しになりました!」と室内に響く大きな声で伝える。
すると、各部屋にいた従業員達が驚いたように扉を開けて廊下に出てきた。
どうやら、タウロはガーフィッシュ商会では以前以上に有名人になっているのかタウロ本人を見て「あれが本物か!」と、感動する若い者達もいた。
僕、この一年行方不明になっていただけなのに、有名になっていない?
タウロは周囲の反応が理由がわからず、不思議で首を傾げるのであった。
そこに、
「タウロ殿だと? どこだ!? 表にはいないじゃないか! 何? 裏口!?」
と、聞き慣れた懐かしい声が聞こえてきた。
どたどたと走る音がして、目の前の扉が勢いよく開かれると、ガーフィッシュ商会会長マーダイ・ガーフィッシュその人が現れるのであった。




