第597話 北部から王都へ
タウロ達『黒金の翼』が去った北部では、特にスウェンの街でタウロ達一行に関する噂が広まっていた。
それは、もちろん好意的なものがほとんどで、一番の噂は古代地下遺跡調査団を救った英雄的行動である。
これは現場にいた同業者の冒険者達が熱弁を振るって『黒金の翼』の活躍を語っていたし、領主であるスウェン伯爵からも公式に「一介の冒険者チームの活躍で調査団の危機を救われたのは事実」と、控えめながら発表されたから、多少尾ひれは付いているだろうが事実のようだと、領民達も信じるのであった。
そして、その大活躍した『黒金の翼』が、煙のように消えてしまった事も話題になっていた。
ある者は、
「『黒金の翼』の面々がまた、アンタス山脈方面に向かうのを何日も前に目撃されたが、冒険者ギルドでは向かった事実を把握していないらしい」
と一行がクエストではなく何か目的をもって出かけたようだと語る。
「いや、数日前、『黒金の翼』が宿泊していた宿屋の主人が、『先日、他所の街に行くと言って出て行ったよ』と証言してたぞ」
と入手したての新しい情報を伝える者もいた。
「俺は軍と取引があるんだが、妙な話を聞いてさ。てっきり嘘だと思っていたんだが……、今の話を聞いてホントかもと思ったよ」
「何がだ?」
「いやね? その『黒金の翼』の一行が、調査団を襲った魔物集団の大元を叩く為に、クエストでもないのにアンタス山脈入りして、発生元を潰してきた事を軍上層部に報告しにきたらしいんだよ。たまたま、その時当直だったという兵士から聞いたんだけど、さすがにそれは嘘だろうって笑い話になっていたんだが……」
「……おいおい。それって噂では魔物集団の大元って帝国側にあるって──」
「待て、その話はこれ以上しちゃまずい。事実だろうと嘘であろうと、帝国絡みの話は軍も領主様も機密事項にしているから、そんな噂広めてみろ。しょっ引かれるぞ」
ごくり……。
「そ、そうだな。さすがにこれ以上話すのはマズい。お前ら俺から聞いたって言うなよ?」
「捕まりたくないから、誰にも言えねぇよ……! ──でも、『黒金の翼』って冒険者チームは一体何者だったんだ? 偽者が現れるような騒ぎを収め、調査団を救う魔物の大軍を相手に大立ち回りの大活躍。その上、帝国に喧嘩を売って突然消えるとかさ……。只者じゃないだろう?」
「名誉子爵でB+ランクの一流冒険者。あとは冒険者ギルド・スウェン支部の人気者で、Aランク帯冒険者からの評価も高いらしいからな。実力は本物。そして、帝国を相手に喧嘩を売る度胸。それだけわかれば、答えは一つだろう。本物の英雄だよ」
「英雄か……。それでその英雄様はどんな姿をしていたんだ? 俺の聞いた話では、ふざけたものが多くて本当はどうなのか知らないんだ」
「はははっ。リーダーを含めてメンバーが相当若いって噂だろ? それ、本当だぞ。十五歳の獣人族に、さらにそれより若そうな小さい子供もいるがそれは人形で本物の人みたいに動くんだ。他のメンバーも超美人の神官様に同じくスタイルの良い美人の槍使い、大剣を振るう赤髪黒衣の戦士もいる。こいつはいい年齢だったと思うが……。それらを率いるのがまだ十五歳で、肩にスライムを乗せたくすんだ金髪の人の良さそうな少年なんだから、実際目にした俺でも自分の目を疑ったさ。でもよ、その連中全員が一緒にいると妙にしっくりくるんだよな。見てる方は。あれを見て思ったね。これが冒険者チームの完成形じゃないかってさ」
「へー。俺も拝んでみたかったな……。それにしても、そんな凄いチームがなぜ、急にいなくなったんだ?」
「さあな。ここいらで有名になり過ぎたからかもしれないぞ? さっきも言ったがどこぞに喧嘩を売ったとあっては、この北部にいると狙われる可能性が高いだろうしな」
「なるほど。他所に移るのが利口か」
「どちらにせよ。色々な噂があるが、軍から流れて来るものもまとめると、この北部を救った英雄である事は間違いないな」
「それで、その『黒金の翼』のリーダーって何て名前なんだ?」
「タウロ、タウロ・ジーロシュガー名誉子爵さ」
こうして、北部の界隈ではタウロと『黒金の翼』は生ける伝説として語られるのであった。
帝国に喧嘩を売ったという話は、ごく一部で密かに語られ、すぐに忘れさられたが、それ以外の話については時に尾ひれを付け、時には真実をもって語られていく。
そんな北部で英雄として語り継がれる事になるとは思っていないタウロ達一行は、竜人族の村から『始まりのダンジョン』へ。
そこから、タウロの『空間転移』で王都近くのダンジョン『バビロン』に移動。
そこから地上に出て王都へと向かっていた。
王都までは道のりにして数時間。
乗合馬車に乗ってゆっくり移動していた。
「タウロ、王都に到着したら、どうするの?」
神官風の姿に金色の長髪に赤い瞳のエアリスが今後の予定を聞く。
「王都は一年振りだから、各方面に報告や挨拶をしておかないといけないなぁ」
くすんだ金髪に青い瞳のタウロが婚約者であるエアリスに答える。
「リーダーは王都だけでも挨拶する相手が多いから大変だな。はははっ!」
赤髪に赤い瞳、黒一色のいで立ちの戦士アンクが他人事のように言った。
「アンクは娼館にばかり挨拶する相手が多そうだが?」
長い黒髪に金の瞳、竜人族であるラグーネがアンクに鋭い指摘をする。
「うっ……」
アンクは返答に困って言葉に詰まる。
「はははっ! アンクさんもタウロ様のように身を固める決断をした方が良いですよ?」
青色の短い髪に青い瞳、黒いフード付きマントに身を包むシオンが冗談だが現実的なツッコミをした。
「くっ! シオンお前もか!」
アンクはさらに苦境に追い込まれる。
そこに一見すると帽子を目深に被った子供冒険者の装備に身を包む、子供型自律思考人形のセトがアンクを励ますように背中をポンポンと叩く。
「ありがとうな、セト。味方はお前だけだ……」
アンクはそう言うとセトの頭を撫でる。
「誰も責めてないよ、アンク。でも、相手がいるなら、告白していいかもね」
タウロは一応婚約者がいる身としてアドバイスした。
それに賛同するようにエンペラースライムのぺらがタウロの肩の上でぴょんと跳ねた。
「もう、その話はいいって! それよりリーダー。王都であいさつ回りした後は、どこに向かうんだ?」
アンクは自分の話から逸らす為に質問する。
「それはもちろん、当初の予定だった南部でしょ。みんな、その決定で以前は賛成していたわけだし」
タウロもアンクへの意地悪はここまでにしてアンクの狙いに従って答えた。
「南部は楽しみね。秘境や未開の地も多いし、タウロの名誉子爵の称号と王家の紋章でしか出入りできない土地も多いから楽しみね」
エアリスもそれに乗って応じる。
「それじゃあ、みんな。王都で一か月ほど休暇を取ったら南に向かうから準備をしておいてね」
一行はタウロの言葉に賛同すると、丁度、乗合馬車は王都に到着するのであった。




