第595話 所長対狂戦士
所長であるイワン子爵が何かの液体を飲み干すと、唸り始めた。
身体に異常があるのか顔にどす黒い血管が浮かび上がる。
「ぐぉぉぉ!」
どうやら、飲み下した薬品の作用で何かに変身しようとしているようだ。
だが、シオンは変身するまで待つつもりはなかった。
それどころか『相対乃魔籠手』の能力の一つである『狂戦士』を発動、シオンはそれにより、右の籠手からは光のオーラが、左の籠手からは闇のオーラが漂いはじめ、それらが、同じくシオンの装備している『双頭聖闇獣製革鎧』に反応するとシオンを靄が覆い、一匹の大きな黒い靄の猫に変身する。
その猫に変身した狂戦士のシオンは、変身途中のイワン子爵を悠長に待つ事はなく、問答無用で襲い掛かる。
文字通り一瞬の素早い動きでイワン子爵に迫ったシオンは鋭い爪でその胸を切り裂き、苦しむ子爵を蹴り上げ、天井に叩きつけた。
そして、落ちて来るところに、容赦なくそのお腹に鋭い拳を突き刺すように叩き込む。
「ぐぁ!」
イワン子爵は変身途中での攻撃に痛みの為に、叫び声を上げる。
シオンは、それも無視して、拳の連打をイワン子爵に繰り出し続け、最早、一方的な展開だ。
イワン子爵は、壁に吹き飛ばされ、ようやくシオンの攻撃が一時的に止むと、手をかざす。
「ま、待て! 普通、吾輩が変身しようとしているのだから、興味を持って手を止めるものではないのか!?」
イワン子爵は攻撃されている間に変身を終えていた。
ボロボロでわかりづらいが、竜人族の特徴である鱗が一部を体を覆った状態だ。
以前に帝国の特殊部隊『金獅子』の構成員と思われる敵が、薬を飲んでドラゴンに変身した事があったが、その時は人の意識を失い、完全に魔物になってしまっていたが、イワン子爵はそうでなかった。
シオンが問答無用で攻撃したのは、そのまま変身させては危険だと思ったからかもしれない。
だがシオンは『狂戦士』化しているのでそれに応えはしない。
「くっ、返事も無しか! 吾輩の研究成果がいかに凄いものか理解も出来ない者を相手にしなければいけないとは!」
イワン子爵竜人族もどきバージョンは立ち上がると、狂戦士シオンに向き直る。
「……まぁ、いい。隙を狙って吾輩に止めをさせなかったのは失敗だったな。かなりダメージを受けたが、研究対象である竜人族の超回復能力によって、それも回復できる」
イワン子爵はそう言うとかなりのダメージを受けた体を治癒し始めた。
『狂戦士』状態のシオンはそれを待ってはいない。
すぐに「シャー!」と猫の威嚇のように叫ぶとイワン子爵に再度襲い掛かる。
イワン子爵は、「少しは吾輩の研究成果を確認しようと思わないのかね!?」
と言いながら、シオンの左手による爪の斬撃を両手で防御した。
防御したイワン子爵の腕はほぼ無傷でシオンの攻撃に耐えうる肉体を得た事は明らかだ。
しかし、シオンの攻撃はただの打撃や斬撃ではない。
左の籠手は闇属性を宿し、ランダムで強力な状態異常ダメージを与えるのだ。
それが発動した。
それまでも、変身前にかなりの手数でダメージを与えていたのだが、その時の強力な状態異常ダメージはイワン子爵竜人族もどきバージョンのあらゆる耐性を沢山相殺し続けていたのだ。
だから、表面上はあまりダメージを与えていないように思えていたが、それは確実にイワン子爵竜人族もどきバージョンの能力を弱体化していた。
それがここに来て、相殺を通り越して、直接ダメージが上回る。
「ぎゃー! 何だこの痛みは!? 攻撃は防いだはずなのに、体中に激痛が走る……、だと!? そんな馬鹿な……! この強化された肉体は痛覚にも強力な耐性があるはず。それらが、全く機能しないではないか!」
イワン子爵は全身に走る痛みに苦悶の表情を浮かべる。
「……ソレガ、タウロサマカライタダイタ、ボクノチカラダ」
『狂戦士』状態のままシオンが答えた。
これまでは意識がほとんど飛んでしまい、タウロが声を掛ける事で意識を取り戻すのが普通だったのだが、『竜の穴』での修行で『狂戦士』化した状態でも話せる程に意識を保てるようになっていたのだ。
「ぐはっ! 吾輩が得た力を相殺する力だと!? ならば、その力を奪うまでよ! 身体能力は貴様と互角以上に戦えるもののはず……、ここで仕留めて、解剖してくれるわ!」
イワン子爵はそう宣言すると、シオンに襲い掛かった。
シオンはその攻撃に応じようと、身構える。
だが、イワン子爵の攻撃はシオンの体まで届かなかった。
光の盾がその間に現れ弾いたからだ。
それはラグーネがシオンに範囲防御能力「極光の盾」を発動したからである。
その脇をすり抜けるように、アンクが大魔剣を構えてイワン子爵に斬りかかった。
イワン子爵は想定にない救援に不意を突かれ、左腕を切り落とされる。
「ギャー! 吾輩の腕が!」
イワン子爵は悲鳴を上げ、失った左腕を庇う。
「シオン大丈夫か? この者は何だ……? 竜人族に少し見た目は似ているが、似て非なるものだな」
ラグーネがイワン子爵を一瞥して、そう結論づけた。
「何を言う! 吾輩の研究成果は完璧だ! 謎が多い竜人族の力を解明した傑作の肉体だぞ!」
イワン子爵は自分の姿に自信を持っていたから、否定するラグーネに食って掛かる。
「先祖返りをしているではないか。我々は進化の過程で尻尾はすでに失っているのだ」
ラグーネはそう言うと、イワン子爵のお尻に生えている短い尻尾を指差した。
確かにラグーネの指摘通り、ズボンを突き破って短い尻尾が飛び出ている。
「尻尾程度で全てを否定するな! 吾輩の研究は完璧のはずだ!」
イワン子爵はムキになってラグーネに言い募る。
「そんな事どうでもいいから」
アンクのその台詞がイワン子爵の耳元で聞こえた瞬間、イワン子爵の胴体は真っ二つに斬られていた。
「へっ?」
イワン子爵は斬られた事に呆然としたまま絶命した。
それを確認すると、シオンは『狂戦士』状態を解く。
そして、
「……アンクさん、おいしいところだけ持っていかないでください!」
シオンは頬を膨らませると、アンクに抗議するのであった。
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