第592話 施設内潜入
山の夜は冷える。
特にアンタス山脈地帯は高い山々が連なり、山風も強いから体感温度は想像以上に寒く感じるだろう。
タウロ一行は施設から距離を取ったところで、その深夜まで待機していた。
「想像以上にこの辺りは寒いな……」
アンクが寒さで目を覚まして、見張りに立っていたタウロにぼやいた。
「アンクももう起きちゃったか。それじゃあ、ラグーネとシオンもそろそろ起こそうか」
その言葉にアンクがよく見ると、タウロの傍にはエアリスがいた。
「あ、二人の時間を邪魔したか、すまん!」
早く起きてしまった事をアンクが謝罪する。
「はははっ。 大丈夫だよ。ねぇ、エアリス?」
「……そうね」
タウロとは対照的にエアリスは明らかに不満顔だ。
やはり、普段からタウロとの時間が少ないエアリスにとって、こんな誰もいない山中では貴重な二人の時間だったのだろう。
「マジですまん! 帰りは寝た振りしておくから」
アンクが身も蓋もない事を言う。
「盗み聞ぎする気満々じゃない!」
エアリスが赤面してアンクの言葉に反応するのであった。
そこに施設の見張りに出していたセトが戻ってきた。
「セト、お疲れ様。ラグーネとシオンも起こして準備しようか」
セトは頷くとテントに向かうと、ラグーネとシオンを起こす。
「……時間か。もう少し寝たかった……。くっ、殺せ」
ラグーネはまだ寝ぼけているのか、思わず口癖が出た。
「ラグーネさん、今から施設の襲撃ですよ、しっかりしてください」
シオンは目覚めが良かったのか、ラグーネの頬をつねる。
「い、痛いぞ、シオン……!」
ラグーネもそれではっきり目が覚めたのか、起き上がる。
「それじゃあ、みんな、片付けたら行くよ」
タウロはそう言うとマジック収納ですぐにテントなどの荷物を一瞬で収納してしまう。
そして、セトを含めた全員が円陣を組んで手を繋ぐ。
それを確認したタウロが、
「『瞬間移動』!」
と口にすると全員がその場から消え去るのであった。
男女型人形アダムとイヴ以外のタウロ一行は、日中に高いところから視界共有で確認した敷地内の建物の陰にいた。
「セト、アダムとイヴにはあらかじめ、帝国側の外の出入り口を確保させておいてね」
タウロがそう言うと、セトは頷く。
「それじゃあ、みんな二人一組で散って建物の確認をお願い」
タウロが続けてそう言うと、タウロとエアリス、ラグーネとアンク、シオンとセトに分かれて施設内の建物を探る為、バラバラに散る。
タウロ達はいくつかの建物に目星をつけてそれぞれ探る事にした。
日中、アダムとの視界共有で上から敷地内の人の流れを見ていたから、それが出来たのだ。
タウロとエアリスは一番大きな建物に、ラグーネとアンクは二番目の建物に、そしてシオンとセトは敷地の奥にある屋敷に向かう。
そんな三組は各々向かった先で目的である情報を入手する。
まず、タウロとエアリスは一番大きな建物内部に侵入していた。
どうやら敷地内で出入りする者が限られているせいか見張りはいるが、その役目を果たさず話し込んでいたし、鍵も開いていたから容易だった。
タウロとエアリスはいくつかの部屋を通り過ぎると、真っ暗な研究室に辿り着く。
「ここで基礎の研究をしているみたいだね」
タウロの言う通り、その室内は数多くの試験管やガラス瓶、ガラスで仕切られた個室が沢山あり、奥には書類などの棚が並んでいる。
「それじゃあ、ここには一体だけ……」
タウロはそう言うと、マジック収納からロックシリーズを一体だけその中央に出して配置した。
「時間になったら破壊させるのね?」
エアリスが、理解したとばかりに頷く。
「うん。タイミングが大事だから」
タウロはニコリと笑うと、その部屋にあった研究者用の白衣だろうか?を拝借して二人で着るとその恰好のまま地下に向かう。
その建物には地下への階段があったのだ。
タウロの目指すものもそちらにあるだろうと踏んでいた。
階段をずいぶん降りていくと、地下は想像以上の広さだ。
全体的に天井が高く、廊下も一つ一つの室内もかなり広く作られている。
そして、地上の部屋とは違い、こちらは灯りが付いていて、監視の為の警備も少ないが常駐している。
だが、それらの視線はその内部のものに向けられていた。
それは魔物である。
仕切られ、丈夫な鉄の扉の奥からは魔物の唸り声が時折聞こえており、警備もそれらを小窓から覗いて室内を確認していた。
タウロとエアリスはさもこの研究施設の関係者のように堂々と白衣を着て廊下を歩いていく。
そして、広い廊下のずっと奥には地上への運搬用のエレベーターのようなものも確認できた。
「一つの部屋に複数の魔物がいるね。ほとんどはオログ=ハイと吸血狼ばかりだけど」
タウロは仕事中とばかりに堂々と警備の脇をすり抜けて、扉の小窓から中を覗いて確認し、隣のエアリスに小声で話す。
エアリスはタウロと話しながら手にした木の板にメモを取るフリをしていた。
警備はそれを抜き打ちでデータを取っているのだろうと思ったのか、誰も声を掛けてこない。
搬入口のある一番奥の手前には室内がひと際広い部屋があった。
その中にはぎっしりとオログ=ハイがいる。
「まだ、こんなにいるのか……」
タウロは驚くが、その手前の鉄の扉ではない部屋が気になってエアリスと二人入ってみた。
そこは、魔物の最終調整部屋らしく、色々な書類や魔道具、首輪などたくさん置かれており、タウロが手にした書類には手順などが記載されている。
どうやら各小さい部屋で複数を製造して奥の通路からこちらに移動させ、調整を行い大きな部屋に移動、そこから搬入口を使って地上に上げるらしい。
調整の仕方も手引きの書類が置いてあり、タウロはその手引きに従い、いくつか魔石を設置して魔道具のスイッチを次々に押して起動させていく。
「──よし、これで僕がこの装置に魔力を注ぐと魔物にそれを記憶させ、自由に操作できるようになるのか……。それじゃ……、ほい」
タウロは迷うことなく大きな魔道具に繋がれた球体に魔力を注ぐ。
「……結構魔力を持っていかれるけど、これで成功なのかな?」
タウロは手引きを再度目を通して間違いがない事を確認すると、小窓から魔物いる隣の大きな部屋を確認して、命令してみる。
「全員整列……!」
するとどうだろう。
室内にいたバラバラのオログ=ハイと吸血狼の群れがタウロの命令によって一つのまとまりになる。
「この施設は絶対破壊しないといけないね……」
タウロは改めてその危険性を確認してエアリスにつぶやくのであった。




