第589話 密かな提案
伯爵との会合翌日の昼。
地下遺跡調査団一行がスウェンの街に戻ってきた。
すぐに冒険者達はその足で冒険者ギルドに報告に行き、領兵隊と責任者のネガメはスウェン伯爵の元に被害報告をしに直行する。
タウロ達の報告はまだ、控えめであったのに対し、調査団一行の報告は大袈裟としか思えないものだった。
調査団の活躍もさる事ながら、援軍として現れたタウロ率いる岩人形による敵五千を蹴散らす奮闘。
大激戦の末、タウロが敵指揮官を一騎打ちで討ち取ったなど、先の報告よりも詳しく、だがより壮大に表現された。
庶民は英雄絵巻のような話に目を輝かせたが、冒険者ギルドは上への報告もあるから冷静に受け止めようとしたが、調査団に参加した冒険者が口を揃えて同じ報告をするので信じざるを得ない。
しかし、領主のスウェン伯爵は責任者のネガメに控えめな報告を受け、自分が見たタウロの印象と近かった為、その報告を信用する事にした。
スウェン伯爵は冒険者ギルド支部長との会合ですり合わせをした際、ネガメの報告が一番常識で理解出来る範囲と受け止めると冒険者達の報告書を集団心理における過剰評価と判断した。
もちろん死傷者も多数出ていたから冒険者達の活躍は最大限評価し、死傷者家族にも手厚い補償はしたが、タウロ達に対してはネガメの報告を基にした評価に落ち着こうとしていたのだ。
その判断も同席していたタウロ達一行は正当な評価がされていないと怒り心頭でもおかしくないところではあるが、意外にタウロはこの評価を歓迎しようとしていた。
しかし、そんな中、領兵隊長や同行した研究者、学者などの報告で、ネガメの横暴やタウロに対する失礼千万を糾弾する内容が多数出た事から、ネガメの報告書は却下された。
そして、調査団関係者のタウロ英雄的活躍の高い評価になろうとしたが、これはタウロ本人が反対した。
この高い評価では、タウロ達が一番困るからだ。
王都にその内容で報告されても今後の活動に支障をきたすし、なにより、タウロの能力を利用、もしくは危惧する勢力が現れないとも限らない。だから、タウロは調査団の命を救った事の交換条件に、落ち着いた報告にしてくれるよう小一時間説得するのであった。
報告会議から数日後。
「《《説得》》のお陰で落ち着いた評価になってくれたね。王都への報告も大袈裟にならずに済んだかもしれない」
タウロはいつものように街郊外の森でゆっくりしていたが、今後の冒険を考えると、動きづらくなるのではないかと、考えて口にした。
だから、この過小評価とまではいかないものの、タウロ一行が魔物千体以上を討伐した事実はそのままだが、魔物自体のランクを下げる事で調整された事で多少は評価を下げてもらえた。
それでも多数の魔物をタウロが人形使いとして大量に討伐した活躍は英雄として十分な働きであったが……。
「それでも、あの時の現場にいた冒険者達の『黒金の翼』への評価は変わらないぜ。全員が試験無しでの昇格を推薦しているらしいからな」
冒険者ギルドに様子を見に行っていたアンクが、タウロにそう伝える。
「それにAランクチーム『青の雷獣』やB-『銀の双魔士』も昇格に推薦してくれているみたいだぞ」
一緒に訪れていたラグーネもアンクに応じた。
「そうなの!? ──昇格かぁ。普通はその為の試験とその結果に基づいた本部からの判断で決まるはずだけど……、僕としては試験も経験してみたいところなんだよね」
タウロは暢気に答える。
「……私達、B-ランクへの昇格も半ば強引で異例だったものね」
エアリスが苦笑してタウロの心情を代弁する。
タウロはエアリスの言葉に頷くと、
「評価は嬉しいんだけどね。──あ、それでアンク、冒険者ギルドの判断はどうだったの? 報告会議から数日経つけど」
とアンクに状況を聞く。
「それがもう少し待ってくれだってよ。軍からの報告もまとめて中央に送らなくちゃいけないらしいんだが、謹慎していた名誉伯爵将軍が王都に召喚された事でその手続きもごたごたしているらしいぜ」
謹慎中の名誉伯爵将軍とは、タウロの一件で責任を取る為に自ら謹慎し王都に進退伺を出していた人物の事である。
現在、王都に召喚され説明の為に奔走しているらしいのだが、北部方面軍の責任者が副官に移行している間に今回の事が起きた為、軍は慌てふためき、こちらも奔走中で、あまり機能しているとは言い難いようだ。
数日後、王都より代理の将軍と北の帝国の動きを警戒して増援が来る事になるのだが、それはまた別のお話。
「じゃあ、その間、また、クエスト引き受けようか? 冒険者ギルドでは軍と協力して魔物の掃討に力を入れる事になったんでしょ?」
タウロはアンクに詳しい話を促す。
「ああ。帝国の侵攻があるかもしれない事を警戒してギルドと軍が今、結び付きを強める事になったらしい。北部地方貴族も今回の件でより国境線を警戒する事になるだろうから、この街も含めてちょっと緊張感増すだろうな」
アンクは元傭兵らしくそういう事には鼻が利くからその指摘は正しいだろう。
「この地から移動した方がいいかもね……。でも、その前にやっておきたい事があるんだ」
タウロは声を落とすと、エアリスに視線を送る。
エアリスはそれで理解すると、音を遮断する結界を周囲に張った。
「一体、何をやっておきたいのだ?」
ラグーネが周囲を警戒するタウロに不審に思って問い質す。
「ちょっとアンタス山脈地帯から国境を越えて北の帝国側に侵入し、オログ=ハイや吸血狼を作り出した施設の破壊をしておこうかなと」
「「「「え!?」」」」
エアリス達はタウロのとんでもない提案に声を揃えて驚く。
当然ながら、密入国して国の施設を破壊するとなるとそれはテロも良いところだ。
「リーダー! さすがにそれはマズいんじゃないか!?」
アンクが慌てて事の重大さについて指摘する。
「そうよ、タウロ。隣国の研究施設を破壊したらそれこそ国際問題になるわ」
エアリスもタウロの今回の提案には反対の姿勢を取る。
「……新たな魔物を作り出す研究というのは、国家間でも禁止されている事だからな。私達が破壊しても問題はないかもしれないぞ」
ラグーネが意外にタウロの案に賛成する。
「そういう事ならボクもタウロ様に賛成です」
シオンは相変わらずタウロ支持派である。
「すでに僕達は帝国を敵に回しているからね。それにラグーネの言う通り、表沙汰にはできない施設なのは確かだと思うんだ。それにその施設を放置はできないし、あちらはそれを破壊されても表向き、文句は言えないはずだよ?」
タウロはニッコリと笑みを浮かべて怖い事を言う。
「確かにそうだが……、大丈夫か?」
アンクのこの言葉に色んな意味が込められている。
今後、帝国に狙われるだろうし、そのリスクは大きいからだ。
「あ、もちろん、反対なら辞めるよ。さすがにこんな危険な事、みんなの反対を押し切ってまでやる程、僕も無謀ではないから」
タウロはそう答えるのだが、エアリスはその決意の表情を見て、溜息を吐く。
「タウロ、私達が反対したら一人で行く気でしょ? いえ、ぺらとセトの三人と言ったらいいのかしら? でも、そんな施設を放置していたら、今回のような事がまた起きるかもしれないから、私は賛成するわ」
一番反対しそうなエアリスが賛成に回る。
「……仕方ねぇな。リーダーに付いて行くぜ」
とアンク。
「当然私も行くぞ」
とラグーネ。
「タウロ様の判断なら当然ボクも行きます!」
とシオン。
「みんなありがとう……!」
タウロは頷くと、その事について話し始めるのであった。




