第588話 伯爵との会合
夕方にスウェンの街の宿屋に戻ると、そこには領主スウェン伯爵の使者が待っていた。
最初、宿屋前に立派な馬車が止まっていたので不可解に思いながら宿屋に入ろうとしたのだが、その馬車から使者とタウロの顔を知る冒険者が出てきて、声を掛けられた。
「この方がタウロ殿ですよ」
冒険者は使者にタウロを紹介すると、使者から銀貨数枚を貰ってその場を後にする。
どうやら、タウロ本人の確認をお願いされていたようだ。
「タウロ・ジーロシュガー名誉子爵殿と、その御一行ですね? 私はこの街の領主スウェン伯爵の使者として参ったものです。急な事ではございますが、今から領主邸に案内したく……、どうかご同行頂けますか?」
使者は意外に控えめな態度でタウロ達に同行を願ってきた。
「……今から、夕飯なので後日でよろしいでしょうか?」
タウロ達はお腹が空いていたので急な召喚に戸惑い、使者に断りを入れようとする。
「それは丁度良かった。領主様はご一緒に食事をと願っておられます。身なりはそのままでよろしいので、ささ、どうぞ!」
使者は半ば強引にタウロを馬車に乗せる。
エアリスは当然ながらタウロの行くところに付いて行くつもりだったから、一緒に乗り込む。
そうなるとラグーネ、アンク、シオン、そして、子供型自律思考人形のセトも当然同行する。
もちろん同じ馬車ではなく、もう一台の馬車に乗り込むと案内されるがまま領主邸へと向かうのであった。
スウェン伯爵の領主邸は城壁に囲まれた城館で、やはり国境に領地を持つ伯爵だけあって、かなり立派な佇まいである。
まあ、エアリスの実家のヴァンダイン侯爵領の城館の方が立派であったが、比べるのは酷と言うものだろう。
それにここは北部地方、北の帝国と国境を接する地だから、城館よりも城壁を立派にする方に力を入れている。
そんな質実剛健な作りの城門を潜り城館へと馬車で入っていく。
城館の前まで到着すると、使用人達がずらりと並んで出迎えた。
「結構歓迎されている?」
タウロはエアリスにそう漏らす。
「領主と夕食を一緒するわけだし、それなりの歓迎はされるでしょ」
エアリスはタウロより先に馬車を下りながら言う。
後続の馬車からもラグーネ達が下車していた。
タウロも最後に降りると、玄関から城館を見上げる。
タウロはこういった経験はよくしているからさほど驚きはない。
使者はその慣れた様子の一行に内心軽く驚くのであったが、それは口にせず、城館内に案内する。
タウロ一行は、案内されるまま、領主が待つ食堂へと通された。
そこには領主スウェン伯爵当人が一人待っている。
そして、
「ジーロシュガー名誉子爵とそのお仲間ですな? ようこそお越し下さった。今日は、一緒に食事ができるとあって喜ばしいですな」
とスウェン伯爵は無礼講とばかりに砕けたもの言いで、タウロ達に声を掛ける。
「お招き頂き、ありがとうございます」
タウロは礼儀正しく応じると、まずは自己紹介をする。
そして、エアリス達も簡単に紹介していく。
エアリスについては侯爵令嬢という事は伏せておいた。
ただし、冒険者として王国名誉魔導士の称号持ちだという事は伝えておく。
ラグーネ達も称号持ちである事を紹介し、最後にセトだ。
「最後に僕が作成した自律思考人形のセトになります。セトは食事は出来ないので、お気遣いなく」
タウロがそう告げると、人だと思っていた伯爵は興味深げにまじまじとセトに視線を注ぐ。
「人形という事は他にも作れるのかね? 私も作って欲しいものだが?」
人と変わらない滑らかな動きに感心するとお願いする。
「セトをもう一度作るのは難しいです。それに僕が人形使いの能力を持っていてこそなので、万が一また作れたとしても他の方による操作は不可能だと思います」
タウロは断るうまい理由としてそう告げた。
実際、もう一度作るには材料が必要だし、ロックシリーズの核を使ってまで、依頼されて作る義理はない。
「……そうか、それは残念だ。──おっと、これは失礼。さあ、まずは、食事をしようか。話を聞くのはそれからだ」
スウェン伯爵は一同に配膳するように使用人達に命じると、食事を勧めるのであった。
タウロ達は食事を十分堪能してデザートを頂いていると、改めてスウェン伯爵から今回の調査団派遣先での出来事について話を聞かれる事になった。
タウロ達はあくまでも調査団の詳しい動向については、知らなかったから自分達がたまたま近くにいたから救援に向かい、一緒に戦って撃退した事を伝える。
タウロの説明は大事な部分がかなり削られていた。
「……ふむ。調査団は君達が救援に向かうまで魔物除け用に築いた砦で奮戦したわけだな?」
「はい。そのようです。僕達は敵の背後を突く事で動揺を誘い、うまく敵の指揮官との一騎打ちに持ち込む事が出来たのが幸いしました」
タウロは改めて自分達の活躍については控えめに説明する。
これは謙遜ではなく、後々のトラブルを避けての事だ。
タウロの人形使いとしてロックシリーズを操る能力は王国にとって大きな戦力であるが、それと同時に脅威にもなる可能性もある。
なにしろ北の帝国の未知の魔物軍団から構成された五千もの大軍を壊滅に追いやったのだから。
「そうだ。名誉子爵殿の実力の一端を庭の方で見せてもらっていいかね? 君は弓の名手と聞くしな」
スウェン伯爵は思い付きのように提案するがすでに庭にはその用意がされていた。
庭の端に人形型の的が暗がりの中、魔道具ランタンの明かりで照らされている。
タウロは昼間の実験の後遺症で光魔法系の技が使用できないから、普通に『神箭手』の能力を駆使して、用意された易々と的を射抜く。
「……光の矢が放てると聞いたが?」
領主は少し物足りないとばかりに聞く。
「すみません。今は、諸事情で光魔法系は使用できないんです。後日改めてなら出来ると思います」
「……今は見せられないのか? それは残念だ……。仕方ない。今日はお開きにして調査団一行が明日帰って来たら改めて場を設けよう」
スウェン伯爵はそう言ったが、タウロの読みでは自分に対する興味を失ったように見えた。
報告とは違って、物足りなさを感じたのだろう。
報告は尾ひれがついたものと捉えたようだ。
だが、タウロ的にはそれが一番いいかもしれないと思う。
スウェン伯爵がタウロ達の囲い込みを行うつもりだったかもしれないからだ。
脅威に感じられても困るし、今は噂から街では英雄扱いもされているが、この件で貴族同士の中ではトーンダウンして落ち着いた話になるかもしれない、と期待してタウロ一行はスウェン伯爵の城館を後にするのであった。




