第582話 事後処理での会議
地下古代遺跡調査の為に訪れたはずの調査団一行は思わぬ謎の軍団との遭遇でその被害は甚大なものであった。
とはいえ、五千もの数を相手に急ごしらえの砦で数日耐えたのは奇跡と言って良かっただろう。
それは地形によって、守る場所が限定されていた事、道の整備なので土木作業中心の予定だったから、土魔法を得意とする冒険者チームなどを多く集めていたので防壁を死守できた事などが考えられる。
なにしろ攻めて来る相手は死を恐れず屍を越えて襲って来るオログ=ハイがほとんどであったから、防壁越しでなければ死守するのは余程困難だったはずだ。
それにそれを指揮していたのが、良識のある人物であった事も逆に運が良かった。
人の指揮官は調査団という想定外の要素相手に、あまり大きな被害を出して本来の作戦実行に支障をきたすのを恐れたのだ。
その為、数日間かけて昼夜問わずじっくり攻め滅ぼすという選択をして、強硬手段を取らなかったのである。
もし、消耗品として考え、あとの作戦の事を考えず、力攻めされていたら、調査団は一両日中に全滅していただろう。
しかし、バルバトス将軍は一流の指揮官としてオログ=ハイを消耗品と考えず、貴重な戦力として扱った。
短時間で立て籠もった調査団を揉み潰そうと攻めれば、被害は大きかっただろうから、それを避けたのは指揮官としては間違っていない。
当然、それは援軍がない事を前提にした采配であったわけで、囲みを破って逃げた冒険者も十分な数の追跡隊を放ち、殲滅を徹底していた。
しかし、そこにさらなる想定外の要素が現れた。
それがタウロ達『黒金の翼』である。
まさか一介の冒険者チームが十分な追跡隊を殲滅し、さらには一国の軍隊級戦力を持って援軍に駆け付けるなど誰も想像がつくわけがない。
それは歴戦の強者バルバトス将軍も全滅目前の調査団も同意見だろう。
だがそのお陰で調査団は九死に一生を得たわけである。
「くそっ! もう少し早く来てくれれば、損失も少なくて済んだのだ。我々相手にひと儲けしたのだからそれくらいはして当然だろう!」
急ごしらえの砦の中にある陣所で、調査団の責任者であり、領主の代理である眼鏡をかけ、神経質そうなネガメは疲れた表情の中、ヒステリックにタウロに対して怒っていた。
「……はい?」
これにはタウロも呆気にとられる。
こちらも貴重な岩人形の改造版である『ロック』シリーズ四体を失う激戦を繰り広げたのだ。
もし、助けに来なければ、調査団は全滅し、国内に数千もの魔物が解き放たれ、未曽有の混乱状態に陥った事だろう。
そうなれば、その騒ぎに乗じて帝国が侵攻を開始していたかもしれない。
そうなれば、調査団の被害どころか主君であるスウェン伯爵の領地も失っていたかもしれないのだ。
あまりの責任転嫁にタウロはおろか、その場に居合わせた領兵隊長、冒険者代表、研究者、学者の代表も唖然とした。
「ネガメ殿。その言い分はあまりにも恩知らずな発言ですぞ?」
領兵隊長が領主の代理として、上司に当たるネガメに苦言を呈す。
「何を申すか! 一番損失が大きいのは領兵隊であろう! 死者が出れば、死亡弔慰金を出さないといけないし、仕事中の負傷は治療費を全てうちが持たないといけない。用意していたポーション類は全て使ってしまったし、さらには武器防具弓矢類も用意したものは全て損耗している。わずか数日でこんな事になっては、領主様に合わせる顔がないではないか!」
ネガメは生き残った事より、予定していた調査期間を計算した上で消費されるはずであった資材の損耗を気にしていた。
そもそも、このまま続行して、調査をするつもりのような口ぶりだ。
「ネガメ殿、今回は緊急事態ですから調査の続行は不可能ですよ。それに、タウロ殿の話だと、こちらが出した援軍要請の使者が軍事施設に駆け込み、それに応じて王国軍もこちらに向かっているはずです」
「何!? それは駄目だ! 我が領主様と近郊の名誉伯爵将軍は犬猿の仲。そんな相手に助けを求めたとあっては私が怒られるではないか!」
「「「……」」」
この言葉には一同も閉口する。
あまりに状況を理解していないからだ。
そもそも、敵に囲まれていた時は、専門外だといって領兵隊長に全て任せて自分は安全な洞窟の奥の陣所で震えていただけである。
それが一転、命が助かって打算を始めたらこれであった。
「……こう言っては何ですが、敵の魔物軍団は指揮官による操作を失って、一部は野に放たれています。こちらで現在もその魔物を狩っていますが、頭もよく厄介な相手なのでそれらをアンタス山脈沿いの国境の向こう側に全て追い返すとなると軍の力は必須だと思います。それにあなたの主君であるスウェン伯爵も一刻も早い報告を待っていると思いますよ」
タウロは全員を代表してネガメに答えた。
「……! ──よし、貴様、今回の被害の責任がお前達にある事を証言せよ! それなら、私も怒られずに済む」
ネガメはまだ、タウロ達の救援が遅かったと思っているようだ。
「ネガメ殿、恩人であるタウロ殿に対してあまりに失礼ですぞ!」
領兵隊長はタウロが名誉子爵と理解しているのか、厳しい口調で上司であるネガメを叱責した。
「な、なんだと!? 上司に向かって何という口の利き方をするのだ! それにただの冒険者相手に失礼もあるか! こちらは救援が遅くて大きな被害を受けたのだ。場合によっては賠償請求も──」
ネガメがタウロ相手に失礼の数々を主張していると、
「あんたいい加減にしなさい! 私達が助けに来なかったら全滅していたかもしれないのよ! それにこのタウロはジーロシュガー名誉子爵その人よ! そして私はヴァンダイン侯爵令嬢。その意味がどういう事か分かってる?」
とエアリスが我慢に据えかねてついに爵位を口にした。
「!?」
ネガメは驚きでまさかという顔をする。
タウロはすっとマジック収納から名誉子爵を表す記章を出すと、それを襟元に付けて見せた。
ネガメはそれを何度も目を擦りながら凝視している。
そこに冒険者代表が、
「ネガメ殿。あなたの貴族に対する終始失礼な態度はここにいる全員が証言してスウェン伯爵の耳に入る事になるだろうが、今は、命を拾った事を喜びたいので黙ってもらっていいですか?」
と追い打ちをかける。
その場にいた全員がその言葉に頷くと、ネガメは顔を青ざめさせてへたり込むのであった。




