第580話 将軍との一騎打ち
タウロは敵の指揮官を仕留め損ねていた。
乱戦の最中、奇襲によって討ち取るという狙いはことごとく躱されたのだ。
「将軍!」
指揮官の側近達は総出でタウロの操作する岩人形『ロック』シリーズに対抗する為に前線に出ていたが、数人の者がタウロによる奇襲攻撃に気づいて急いで戻ってきた。
「……なるほど。あなたは帝国の将軍閣下でしたか。道理で僕の小細工程度では討ち取れないわけです」
タウロは実力では格上かもしれない指揮官の男に賛辞を贈る。
「ふっ……。子供に負傷させられるとは私も年を取ったという事か」
将軍と呼ばれた指揮官はタウロの正面に立つと、剣を改めて構えた。
その剣先には殺気が乗り、タウロに対して『威圧』系の能力を使用しているのがわかった。
「……残念ですが正面から、一人でみなさんを相手にする気はありません」
タウロは将軍の元に駆け付けた部下三人に囲まれると告げる。
「──その肩に乗っているスライム如きと一緒に戦うつもりか? 奇襲攻撃には驚いたが、こちらも舐められたものだな」
将軍はタウロの意図する言葉に言い返す。
「舐めてはいません。ただの時間稼ぎです」
タウロがそう言い返すと、エアリス達が駆け付けてきた。
その両脇にはタウロ特製の男女人型人形アダムとイヴが魔物を返り討ちにしながら進み、子供型自律思考人形のセトがエアリス達の背後を守るように走っている。
「別の人形……。ほう、つまり今、駆け付けた中に、人形を操っている者がいるという事か……。それはこちらにとって都合がいい。──魔物達よ、こっちの敵を優先して攻撃せよ!」
将軍はそうつぶやくと、殿軍を務めて、岩人形に引く事なく向かっていく損耗著しい魔物軍団に手にしていた小さい杖を使って命令した。
そう、人形使いさえ倒せば、形勢はいくらでも逆転するのだ。
しかし、先程まで単純な動きで敵と戦っていた『ロック』シリーズが、急に頭脳的な動きを始めた。
すでに全部で四体が破壊されていたが、残り十体がタウロ達に襲い掛かろうとする魔物達を優先的に背後から攻撃していく。
これはセトが駆け付けた事で、一体ずつ複雑な指令を与えて操作し始めたからだ。
「将軍、僕の時間稼ぎは終了です。そしてあなたもここで、終わりにさせてもらいます」
タウロはそう答えると、小剣『タウロ・改』と盾を構える。
「戦場では子供相手でも容赦はせんぞ。それに妙な技も使うようだが、二度は私には通用しない」
将軍は魔物を操る杖を駆け付けた部下に投げて渡すと、自分は手にした剣を両手で構える。
そして、その部下に、
「人形使いがあの駆け付けた敵の中に混ざっているはずだ。そいつをお前達は仕留めよ!」
と命令する。
そして次の瞬間、両手で構えた剣をタウロに向かって振った。
距離があり、それは一見するとただの素振りに見えたが、タウロはそれを見た事があった。
それは、アンクと同じ『飛ぶ斬撃』であったのだ。
タウロはよく知っている技だから、すぐに反応して『タウロ・改』に魔力を込め、そこから伸びる光の剣で斬撃を打ち払う。
「なんと……!? 私の初見殺しの技にこうも易々と反応するとは……」
将軍は軽く驚いて久々の好敵手であるタウロに目を細める。
「うちにもそれを使える仲間がいるので」
タウロは斬撃を容易く打ち払ったように見せながらも、手に残る痺れを軽口を叩く事で隠した。
そのくらい想像を超える威力の斬撃だったのだ。
帝国の将軍レベルが、只者ではない事がよくわかる技であった。
「一撃で終わらせるつもりだったのだがな……。相手が子供と自分でも気づかずに手を抜いていたのか……? では次で決める」
将軍は剣を構え直すと、剣に魔力を込める。
「リーダー、次はあれが来るぞ!」
アンクは敵の魔物や兵士達と戦いながら、タウロの相手である将軍の技を見抜いて忠告する。
「わかった、ありがとう!」
タウロはそう応じると、自身も『タウロ・改』を構え直す。
「本当に私と同じ技を使える者がいるようだな……。だが、これは防げはしないだろう!」
将軍がそう言い放つと、その剣をタウロに向かって振る。
すると風を帯びた『飛ぶ斬撃』が、タウロを襲う。
これは先程の斬撃の威力に加え、風魔法の無数の刃により相手を切り刻む技で、斬撃を防いでも風魔法が相手を襲うから、魔法防御も必要になる。
だから初見でそれを防ぐのは非常に困難な技だ。
タウロは一言、
「ぺら、お願い!」
と言うと、タウロ自身は『タウロ・改』をマジック収納に引っ込めてアルテミスの弓を手にする。
防御は全てぺらに任せて将軍有利と思われた中距離を、タウロ得意の弓矢で埋める事にしたのだ。
風を帯びた飛ぶ斬撃が一見するとタウロに当たり、その一帯は土煙が舞う。
「私の必殺技がスライム如きに防げるか!」
将軍が勝利を確信するようにそう言い放つと同時に、その土煙の向こうから、威力は劣るがその攻撃スピードはタウロの矢の中で一番である黒い光に包まれた魔法の『聖闇の矢』が将軍の兜から覗く目の部分に吸い込まれて行く。
この近距離で通常の矢とは違う速さの小さい魔法の矢にさすがの将軍も躱す事が出来ずに右目を射抜かれた。
「なっ!」
将軍は右目に走る激痛に、少し怯む。
だが、それもほんの一瞬で、タウロに向き直り、油断は一切ない。
しかし、その一瞬がタウロにとっては、二射目を放つ時間として十分だった。
次の『聖闇の矢』が今度は将軍の左目に正確に吸い込まれて行く。
「ぐあっ!」
殺傷能力こそ他の技に比べれば落ちるが、その連射可能で早い到達時間を利用して敵の視界を奪う手段に使用するのは戦術として優れている。
将軍はどちらも躱す事が出来ずに、両目の激痛に思わず、左手で顔を覆う。
タウロは両目に当たる事を確信した上で、『聖闇の矢』を放った次の瞬間にはマジック収納に弓を納め、同時にその手には『タウロ・改』が入れ替わるように握られている。
そして、土煙の向こうにいる将軍に斬りかかった。
将軍は視界を奪われ何も見えないが、向こうから迫る殺気を感じ、勘のみでタウロに対し『飛ぶ斬撃』を放つ。
「!」
タウロは勝負所だと思い、距離を詰めていたから、この至近距離での『飛ぶ斬撃』に反応できない。
だが、唯一反応出来た仲間がいた。
それがスライムエンペラーのぺらである。
タウロも中途半端に躱すのでなく、ぺらを信じて将軍に突き進む。
『飛ぶ斬撃』を見事瞬時に対応したぺらが再度弾き、ほぼ同時にタウロの小剣『タウロ・改』の魔力を込めて伸びた光の剣の剣先が、将軍の兜と鎧の隙間から喉笛に届いていた。
「ぐはっ!」
将軍は血を吐くと、その場に崩れるように倒れるのであった。
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