第579話 追撃の戦場
謎の軍隊は大部分が魔物で構成された一団であったが、その中に一般の兵隊も千五百ほどいた。
調査団の砦は魔物に攻めさせ、自分達は安全なところでそれを観察していたのだが、その背後から包囲されるようにタウロの岩人形『ロック』シリーズに強襲を受けたから兵隊の被害はかなり深刻であった。
そこから、敵は退却戦へと移行するわけだが、タウロの『ロック』シリーズはその謎の軍隊に容赦なく追撃を開始した。
だが、ここでタウロも想像しない誤算が生じる。
なんと殿軍を務める敵部隊によって、『ロック』シリーズが一体撃破されたのだ。
「うわっ!強い部隊がいる!」
タウロは『ロック』シリーズの視界を共有して追撃戦を確認していたので、一部始終を見ていた。
その人間の部隊は百名ほどで、謎の軍隊の中でも一人容姿が違う指揮官を中心に組織されており、全員が精鋭である事はすぐにわかった。
なにしろ味方が逃げる中、『ロック』シリーズに対して魔物部隊を盾にして追撃を阻みつつ、横合いからひるむことなく直接奇襲をかけてきたのだから、それだけで勇猛果敢さが伝わってくるというものだ。
そして、セト不在による『ロック』シリーズの弱点である単純な動きもすぐに見破られて対処してきた。
それは最後に攻撃を仕掛けた相手を標的にするという基本動作で、これはタウロが十四体全部の操作が難しいから一部自動にした結果であった。
敵はそれをすぐに理解して、味方の一人が標的を取っている間に他の者達が強力な魔法や攻撃を準備するという戦法で、ついに頑丈な『ロック』シリーズを一体倒したのである。
その間にも他の『ロック』シリーズは敵を着実に減らしてはいたが、『ロック』シリーズは貴重な古代遺跡の産物であり、核を完全に破壊されるとタウロでも修理が難しいところであったから、極力完全破壊されるのは避けたいところであった。
「あ、二体目も壊された! ──アンク、エアリス達を呼んできて! 僕は一足先に戦場に向かうよ」
タウロはアンクに肩を借りていたが、『ロック』シリーズの全操作を完全自動に切り替えて自分の負担を楽にする事で一人立ち上がる。
「そんな状態で大丈夫か!? 敵もあんまり追い詰めると噛みついて来るって言っただろう。追撃は中断した方が良いんじゃないか?」
アンクが兵法における引き際を提言した。
「僕もそう思ったけど……、この部隊と指揮官は、ここで仕留めておかないと不味い気がする。それにあのオログ=ハイを中心とする魔物部隊もかなりの損耗率の割に引かない勇猛さをみせているからね。そういう戦力はここで完膚なきまでに叩いて後顧の憂いは断っておきたいんだ」
タウロはここが勝負どころと見ているようだ。
「……わかった。だが、早まるなよ? リーダーの『ロック』シリーズを仕留めるような連中が相手だとリーダーでもヤバいぜ?」
アンクはそう忠告すると、調査団の砦の方に向かって走っていく。
「大丈夫、僕にはぺらもいるからね。──それじゃ行こうか」
タウロがそう一人つぶやくと、ぺらがベルトの擬態を解いて、タウロの肩に乗る。
どうやら、ぺらもタウロのやる気が伝わってきたようだ。
こうしてタウロとぺらは『ロック』シリーズが追撃戦をしている戦場へと向かうのであった。
『ロック』シリーズと対峙する謎の軍隊は、魔物部隊で追撃を阻みつつ、人の精鋭部隊の強力な攻撃で応戦していた。
すでに二体が完全破壊され、今、三体目も破壊される。
その間、魔物部隊はもといた三千余りの数が、半分にまで減り、人の精鋭部隊の百人もその半数近くまで減っていた。
「これだけ、時間を稼げば、味方も退却できただろう……。引き際だな」
周囲はすでに暗くなりつつあり、その夜陰に乗じて撤退を考えた指揮官の男は誰に言うでもなくそうつぶやくと、岩人形と対峙する精鋭部隊に続いて命令しようとした。
その時であった。
戦場の混乱の中、その合間を針の穴を通すような正確さで一本の矢が謎の軍隊の指揮官の胸の上部を襲う。
指揮官はその恐ろしい程正確に自分の鎧の隙間ののどの下辺りを狙ったと思われる矢に反応して身をよじって躱す。
しかし、完全には躱す事が出来ず、その矢は鎧ごと右肩を射抜くのであった。
「ぐぬっ! 強化魔法の付与を重ね掛けしているこの鎧ごと射抜く威力だと!?」
指揮官は自慢の鎧が易々と射抜かれた事に驚きを隠せない。
矢が飛んできた方を振り返ると、暗くなってきた山道の先には一人の少年が弓を持って立っており、光る矢を番えている事に、さらに驚く。
「あのような子供が、この私に怪我を負わせたのか!?」
そしてその少年、タウロは今度は魔力を込めた『極光の矢』を放つ。
最初にこの矢を放つべきだったかとも思うところだが、この暗がりで光って目立つ矢では射る前に気づかれると思い、正確性を重視して剛力の矢を放ったのだ。
だから今度の『極光の矢』はいわば、自分と指揮官の間にいる魔物達の露払いであった。
タウロの手から放たれた『極光の矢』はタウロから指揮官までの魔物達を太い光の筋が通過するように貫き、ことごとく絶命させていく。
指揮官は今度はその矢を横に飛び躱した。
「何という威力の魔法の矢を放つのだ……。あんなもの、我が国の将にもおらぬかもしれん」
指揮官は躱す為に一度、タウロから視線を外したのだが、すぐにタウロの方に視線を向け直す。
するとそこにはタウロの姿はなかった。
「一瞬の間に消えた!?」
そう思った次の瞬間であった。
背後に味方以外の気配を感じ、手にしていた剣をとっさにその方向へ斬りつける。
剣同士が交わる甲高い音と共に火花が散った。
「どうやって、距離を詰めた……!?」
指揮官は一瞬で自分の背後に立って斬りかかっていたタウロにまたしても驚く。
「……これでも駄目か」
タウロが再度の奇襲がことごとく回避された事に、この謎の軍隊の指揮官がかなりの能力を持つ相手である事を改めて痛感させられた。
なにしろタウロ自慢の『ロック』シリーズの三体目を倒したのはこの謎の指揮官単体だったのだ。
精鋭部隊も奮戦しているが、消耗戦となっている今、最早、三体目の『ロック』シリーズを倒す程の力はほとんど残っていなかったはずなのだが、そこでこの指揮官の見た事がない技が発動されて『ロック』シリーズが仕留められたのを確認していた事もあり、タウロは最優先で仕留めようとした。
しかし、それも失敗に終わった今、タウロはどうするか迷うところであった。




