第578話 調査団の攻防戦
タウロ一行が瞬間移動で駆け付けた先で目にしたのは、想像を超える数の軍隊であった。
「……この数、三千、いや、五千はいるぜ?」
タウロ一行は木陰に隠れつつ、元傭兵のアンクが目測で数をほぼ的中させた。
「この囲みの先に調査団一行がいるはず……。ちょっと僕が『瞬間移動』で探って来るよ」
タウロはそう告げると、次の瞬間にはその場から消え、この状況が見下ろせる岩山の急峻な斜面に現れた。
「……調査団一行は防壁を築いて立て籠もっているのか。この数相手にこの数日よく守り抜いたものだよ……」
タウロが感心しているとその防壁が破壊されるのが遠目に見て取れた。
さらにまた、別の防壁部分が破壊され、そこから魔物軍団が防壁内部に侵入して乱戦になり始める。
「マズい!」
タウロは一刻の猶予もないと判断すると、『瞬間移動』で調査団がいる防壁内部に移動、すぐにマジック収納から岩人形『ロック』シリーズ二体を出して破壊された二か所の防壁の前で魔物軍団を迎え撃たせた。
そして自身は、エアリス達を呼びに行く。
「タウロ、動きがあったみたいだけど、大丈夫!?」
エアリスが謎の軍隊に慌ただしい動きがあったので調査団の危機を察したようだ。
「今、防壁を二か所破壊されて危機だから『ロック』シリーズを二体置いて来た。ラグーネ、防壁の補修を頼める?」
「任せておけ!」
ラグーネはそう言うとタウロの手を取り、次の瞬間には『瞬間移動』でその場から消えさる。
そして、すぐにタウロが戻ってきた。
「ラグーネには調査団の方の防衛に回ってもらった。エアリスとシオンもそっちに回ってもらっていい? 調査団の負傷者がかなり多いみたいなんだ」
「わかったわ!」
「わかりました!」
エアリスとシオンは頷くとすぐにタウロの手を取り、その場から消える。
しばらくするとタウロが一人アンクの元に戻ってきた。
「俺はどうする?」
「アンクには『ロック』シリーズをどう配置したら敵の軍隊にダメージを与えられるか教えて欲しい」
タウロはそう言うと、調査団から借りてきたのかこの場所の簡易的な地図を地面に広げた。
「……ふむ。調査団の広場を囲む防壁とそれを半包囲する謎の軍隊か……。これならもちろん、上りと下りの山道に『ロック』シリーズ二体ずつは欲しいな。そして、残りの八体をこう置いたらどうだろう?」
アンクは手頃な石を岩人形に見立てて、地図の上に配置していく。
「謎の軍隊を外側から完全包囲しないんだね?」
タウロは軍隊の戦略については詳しくないが、謎の軍隊を囲むように配置した石の一部に穴がある事に疑問を持った。
「ああ。完全包囲だと敵も必死の状態になり、玉砕覚悟の反撃を考えるからな。わざと逃げ道を作って陣形を瓦解させるんだ。逃げ始めたら追撃戦を徹底的にやればいい。リーダーの疲れを知らない『ロック』シリーズならそれも可能だ」
アンクは不敵にニヤリと笑うと、石を地図の上から払う。
「うん、わかった! ──アンクの策で行こう」
タウロはそう告げると、『瞬間移動』でその場から消える。
そして、アンクが指示した場所に現れ、マジック収納から自慢の『ロック』シリーズを出現させては次の場所に移動してまた配置していくのであった。
その間、数分程度だろうか?
謎の軍隊は調査団の立て籠もる急造の砦に現れた岩人形二体に手をこまねいていた。
「ええい! なんだあの岩人形は! 我が軍の魔物部隊が蹴散らされているではないか! ……仕方ない。ここで使用するのは勿体ないが、本陣の魔法部隊に攻撃させよ。土魔法で足場を奪い、身動きを取れなくしてから確実に破壊するのだ!」
指揮官が的確な指示をしていると、背後から「ズドドドォ!」という轟音が何か所もの場所で鳴り響く。
「何事だ!?」
指揮官が部下に報告を促した、その次の瞬間には背後の兵士達から多くの悲鳴が上がり、そちらに視線を向けると目の前にいたものと同じ岩人形が何体も現れていた。
岩人形はまず衝撃波で密集していた兵士をまとめて吹き飛ばし、それから無尽蔵の体力とその大きな岩の腕で兵士達を薙ぎ払い、掴んでは兵士を空中に投げ飛ばしていく。
「な、な、なんであんなものがこんなに沢山いるのだ! 敵はただの調査隊ではなかったのか!? あんな大きな人形を扱う人形使いなど一人でも貴重な戦力なのにそれを十体以上だと!?」
謎の軍隊の指揮官は目の前で起こる惨劇に愕然としていたが、部下の報告に正気に戻る。
「我々を囲むようにあの大きな岩の人形十二体がこちらに攻め込んできています! 操作している者がいるはずですが、混乱のあまり、現在それを見つけるどころではなく、迎え撃つにも敵が強力過ぎてまるで歯が立ちません。ここはいったん撤退して立て直し、対策を練るのが肝要かと思います!」
部下がそう提案すると、今度は前方から喚声と共に調査団が反撃に出たのか、自陣に魔法がいくつも撃ち込まれはじめた。
「ぐぬぬ……。敵が息を吹き返した……、だと!? そんな余力はもうないと思っていたのだが……」
指揮官は自分が読み違えたのかと疑問を口にする。
だがこの指揮官は読み違えていなかった。
これはタウロが味方に魔力回復ポーションを緊急事態と大盤振る舞いしたのだ。
そんな中、謎の軍団の指揮官は、幸い相手が大きな岩人形相手でも、それに対しても全く怯まない魔物軍団が前線にいる。
それで調査団の方はなんとか抑え込めるはずだ、と思った瞬間であった。
元々曇りであった空だが、見る見るうちにそれが真っ黒になっていく。
「『雷鳴神威』!」
調査団の防壁の足場にいつの間にか立っていた神官風の女性が黒壇の杖を天に掲げてそう唱える。
すると、それに反応するかのように、黒雲から雷鳴と共にいくつもの雷が地上を襲う。
前線の魔物軍団はその雷の嵐になぎ倒されるように吹き飛ばされ黒焦げになっていく。
これには恐怖を知らないはずの魔物達も調査団砦を攻める手が止まり、後退し始めた。
どうやら凄まじい魔法攻撃に対しては、脅威を感じるようだ。
「くそっ! 囲みの手薄なところを突破して撤退。作戦は失敗だ! 以降の作戦は中止にせよと本部に伝令せよ……!」
指揮官は頼みの綱の魔物の士気が下がった時点で負けを悟り、部下にそう命令した。
「指揮官殿は?」
「あの数の岩人形相手では、本隊が追撃されて大きな被害を受けるだろうから、私が魔物軍団を率いてその追撃を防ぐ。あとは任せた……!」
指揮官は死を覚悟すると、撤退戦を始めるのであった。
「……敵は大混乱、撤退を始めたみたいだね……。ふぅ……。この数の人形操作、僕では単純な命令しかできないから、セトがいないときつい……」
タウロはアンクに支えられながらそうつぶやくと、その場に座り込むのであった。




