第576話 逃げる者、追う者
タウロ一行は、以前から受注していた珍しい薬草の採取クエストをクリアすべく、村長からもらった情報を基にアンタス山脈地帯のとある山を目指して登山していた。
当初、タウロが『瞬間移動』で目印となる山のでっぱりにある岩山まで飛ぶ提案をしたが、村長が地形的に足場が悪く近づくのも危険という助言から無茶な移動方法では向かわないという結論になったのだ。
「この山道は途中まで古代地下遺跡の出入り口がある洞窟の方向だから、分岐点まで『瞬間移動』して良いんじゃないかな?」
前回も通った事がある道なので、タウロはそう提案する。
「『瞬間移動』に頼り過ぎるのもどうかと思うわよ。冒険を楽しむ、というのがタウロのいつものモットーでしょ? その能力を覚えてから私達ちょっと楽をし過ぎだと思う」
エアリスが山道を歩きながら、この数日の移動に苦言を呈した。
「無茶なやり方する時もあるし、普段はあんまり利用しなくていいかもしれないな」
アンクもエアリスに賛同した。
「うっ……。確かに、楽しくてちょっと色々使い過ぎてるかもしれない。冒険は移動の時が楽しいからね、緊急性がある時以外はなるべく使わない方が良いかな?」
タウロは反省するとそう聞き返した。
「能力での効率化は悪い事ではないと思うぞ。私も『次元回廊』はよく使用しているしな」
ラグーネはよく竜人族の村やヴァンダイン侯爵領には『次元回廊』を使用して顔を出しているから否定的ではないから、タウロを擁護する。
「……ボクもどちらでもいいと思いますが、初めての場所や道中は自分の足で行きたいですね」
シオンは少し思案して答える。
「セト達を先行させて視界共有しているから、『瞬間移動』は可能だけど、それじゃあ、基本は歩きで行こう」
タウロはそう結論付けると山道を進むのであった。
タウロ一行が山道を進み、薬草がある言われている方向と以前通った古代地下遺跡の方向の分岐点に到着した。
「ここから左に行くと村長が教えてくれた方だね。──うん? あっちから誰かこっちに向かって来てる……?」
一行が分岐点から薬草が生息してあるらしい岩山に続く道に入るところで、タウロは『真眼』の端に人影を確認した。
「? あっちって古代遺跡の方でしょ? 調査団の誰かがこちらに向かっているって事?」
エアリスが「引き返してくる冒険者がこのタイミングでいるのかしら?」と疑問を口にした。
「変だな。日数的には遺跡に向かう洞窟の辺りに到着して、道の整備を始めているくらいのタイミングじゃないか? もう、帰って来る奴がいるのか?」
アンクも首を傾げる。
「……セト、君達に虹色草の採取を任せて良いかな?──うん、お願い。──みんな、シルエットに映る冒険者を見る限りだと、何かから逃げてきているみたいだ。調査団からはぐれて魔物に追いかけられているのかも……」
タウロは先行するセト達に薬草採取をお願いしつつ、『真眼』の限界距離ギリギリに映る点に近いシルエットの動きから冒険者の状況をそう判断した。
「それなら救助に行った方が良さそうだな。前言撤回だ、リーダー。今こそ『瞬間移動』の使い時だぜ」
アンクがタウロにそう告げると『瞬間移動』すべく円陣を促す。
「──それではみんな行くよ!」
手を繋いで円陣を組んだタウロ一行は次の瞬間にはその場から消え、何かから逃げていると思われる冒険者の元に移動するのであった。
タウロ一行が移動した先には丁度、息を切らして必死に下山する冒険者が一人駆けおりてくるところであった。
確か道中一緒の時、タウロ達が準備した食事を美味しいと毎回食べてくれていた逃げ足に自信があるという確か『疾駆』という能力持ちの冒険者だったはず。
その『疾駆』の冒険者は、逃げる方向に気配が突然現れたので絶望的な表情を浮かべたが、それがタウロ達とわかって一瞬だけ明るい表情を浮かべた。
しかし、すぐに真剣な表情でこちらにそのまま走って来る。
「あんたらも逃げろ! 追手が迫っているぞ!」
『疾駆』の冒険者はタウロ達にそう警告すると一行の傍を走り抜ける。
タウロは能力『真眼』でその冒険者のやって来た方向を確認した。
すると無数のシルエットがこちらに向かって来ているのが映る。
「!? こ、これは!? あの数は一体何ですか!?」
タウロはみるみる離れていく『疾駆』の冒険者に質問する。
「奴らは北の帝国軍が率いる魔物の軍団の一部だ! あんたらも早く逃げろ! 俺は調査団上層部の依頼で軍に援軍要請の使者を頼まれてここまで逃げて来たんだ!」
『疾駆』の冒険者はタウロ達が逃げないから一度立ち止まるとそう警告する。
「──わかりました! ここは僕達に任せてあなたは軍の元へ急いでください!」
「ば、馬鹿野郎! 追手は少なくとも五十以上はいるんだぞ!? 俺の他にも使者を頼まれた連中はみんなやられた。だからあんたらも逃げろ!」
『疾駆』の冒険者はそう告げると、任務を果たすべく走り去っていく。
そこに、土煙を上げて山道を駆けおりてくる一団を視界に捉えた。
それは吸血狼に跨るオログ=ハイの一団、数にして七十五。
いや、跨っているオログ=ハイと吸血狼を別に数えると百五十である。
「……リーダー。これは結構、絶体絶命だぞ……?」
アンクがすぐに大魔剣を構えると、タウロにぼやいてみせた。
「これは過去最大の危機かもしれないな」
ラグーネが一行の一番前に仁王立ちすると、魔槍と自慢の盾を構える。
「この数が相手ならボクの出番です!」
シオンはそう言うと能力『狂戦士』を使用してその体を覆う黒いフード付きマントがシオンを一匹の大きな黒猫に変化させた。
「みんな、開幕は私の大技を使用するから巻き込まれないでね」
エアリスは黒壇の杖を構えると詠唱に入る。
オログ=ハイと吸血狼の一団は山道がはみ出してタウロ達を囲むように木々の間に展開しようとした。
その時であった。
「……みんな、ちょっと忘れてない?」
タウロが一言そう告げると、マジック収納から一瞬で山道から木々の間までずらりと横に展開するように四メートル級の岩人形『ロック』シリーズ十四体のうち四体をその場に出してみせた。
そして、続ける。
「みんな、巻き込まれないように!」
タウロがそう忠告した瞬間、ロックシリーズと名付けた人形達による魔法防御も貫く高威力の衝撃波がこの眼前に迫る魔物集団へと一斉に放たれるのであった。




