第574話 紙一重の戦い
村の外に飛び出したタウロ達は、セト達人形との視界共有を基に吸血狼が向かってくる方向を正確に知りながら、気配を消して待ち構えていた。
特にタウロは視界共有で確認した大きな一体を仕留めるべく、光、闇、水の精霊魔法を能力『多重詠唱』で発動し、能力『魔力操作(極)』で精密に操作した結果生まれた独自の「姿隠」魔法で森に溶け込んでいる。
能力『気配遮断』も駆使しているから、万全の状態だ。
吸血狼三体と大きな狼一体、計四体の魔物は、タウロ達の気配に気づく事なく、村の方へと近づいて来た。
風は無風。
まだ、魔物はこちらに気づかない。
そんな魔物達は姿隠魔法で森に溶け込んでいるタウロの前を通過し、その背後をタウロが取ろうとした時であった。
大型の吸血狼? が、その姿が見えないはずのタウロにピクリと反応する。
「(微かに風が吹いて僕の臭いに気づいた!?)」
そう、背後を取ろとしたタウロから魔物達の方向に体感では気づきにくい程の、風が微かに吹いたのだ。
大きな吸血狼は背後に回ろうとするタウロを臭いで察知し、次の瞬間、その体から霧が吹きだす。
「幻惑魔法は効かな──、これは、本物の霧!?」
タウロは奇襲失敗にも動揺しなかったが、真眼での情報で幻惑魔法を使用するはずの吸血狼が本物の霧を発生させた事に驚く。
エアリス達はその間に霧の中で吸血狼と戦闘に入った。
タウロもエアリス達に合流したいが、霧を散布した狼がタウロの前に立ちはだかるのが、視界が真っ白で見えない中、能力の『気配察知』でわかる。
「……奇襲失敗の上に、視界不良でちょっと不利な展開かな?」
タウロは魔法収納から小剣『タウロ・改』を抜いて構えた。
狼の魔物は、気配察知に対して高度な、『阻害』能力を使用しているようだが、タウロには能力『アンチ阻害』がある。
この能力の前には阻害系能力はすべて無効にしてしまうから、いかに視界を奪い、霧の中に溶け込もうとしても、タウロは能力『真眼』を通してそのシルエットを確認できていた。
「細かい動きはわからないけど……、僕に噛みつく気だよね!?」
タウロは霧の中を突っ切って自分に向かってくる狼の魔物に対し、マジック収納から今度は自慢の『守護人形製円盾』を取り出して、噛みつかれる前に盾で防ぐ。
その際にカウンターを入れようと小剣『タウロ・改』の特性である魔力を込めると刀身が延びる光の刃で突き返す。
狼の魔物はそれをひらりと躱して、霧の中に消えた。
もちろん、タウロは『真眼』でその姿を捉え追っているが、あちらも自分の姿を捉えられている事を察知したのか、霧の中でジグザクに動いてタウロの周囲でけん制してきた。
「頭も良いな、この魔物……」
タウロはそうつぶやきながら、手にした小剣から発する光の刃を魔力を閉ざして引っ込める。
光の刃状態だと刀身が光ってこちらの位置をあちらに教える事にもなるからだ。
狼の魔物はその巨体からは想像できない程素早い動きで、タウロに迫って来た。
「ぺら、今度はカウンターを確実に当てるから、防御お願い!」
タウロは敵の攻撃をスライムエンペラーであるぺらに防がせ、確実に攻撃を当てる作戦を選んだのだ。
ぺらはタウロのベルトから擬態を解くと、狼の魔物の前足による鋭い爪の攻撃をタウロの首筋に届く寸前で弾いてみせる。
それに合わせてタウロが小剣に魔力を込め、光の刃で狼魔物の喉笛に突き入れた。
紙一重でのタウロの絶妙な攻撃であったが、驚く事にその狼魔物の首には毛に覆われて隠れていた首輪があり、その部分に当たって弾かれる。
「! 首輪!?」
タウロはその事実に驚く。
その間に、また、狼の魔物は霧の中に逃げ込んでタウロと距離を取る。
その時だった。
「キャン!」
という短い悲鳴のような鳴き声が、エアリス達が吸血狼を仕留めたであろう方角から聞こえてくる。
さらに、立て続けにまた、
「キャウン!」
「ギャン!」
という鳴き声が響く。
タウロがエアリス達の方に『真眼』を向けるとやはり、吸血狼を仕留めたようだ。
その視線を大きな狼の魔物から外した一瞬だった。
狼の魔物は鋭い爪を持つ前足で、タウロに襲い掛かる。
それはぺらが難なく防ぐのだったが、それもぺらを引き付ける為のただのフェイントで、本命はタウロの頭に噛みつく鋭利な牙であった。
二段構えの攻撃にはぺらも反応が遅れる。
その時であった。
衝撃波が、霧を引き裂いて横殴りに襲ってくる。
衝撃波をまともに食らい、その威力で木々を薙ぎ払いながら狼魔物の巨体は吹き飛ばされた。
タウロとぺらも直撃ではないが、カス 当たりような衝撃波に巻き込まれたので、ダメージを受けて吹き飛び、木に叩きつけられたタウロは血を吐き、ぺらも溶ける寸前のようにぺちゃっと平たくなる。
そこに、セトが同じ人形のアダムとイヴを連れて駆け付けた。
セトはアダムとイヴに狼魔物の止めを命令し、本人はタウロを抱き上げる。
「……ナイス判断だよ、セト……。僕が牙によって即死するより、衝撃波で巻き込むダメージの方に活路を求めたんだよね……。僕も同じ立場なら同じ判断をしたと思う……。──……僕は『超回復再生』で回復しているからその間に、ぺらをポーションで回復してくれる……?」
タウロはそう言うと、とっておきの上級ポーションをひとつ、セトに渡す。
セトは頷くと、タウロをそっと地面に寝かせ、そのポーションを受け取り、ダメージを受けて元気のないぺらの元に駆け付け、使用した。
眩い光がぺらを包むと、ぺらはすぐに元気を取り戻し、ぴょんと飛び跳ねる。
そして、その素早さでもって一瞬でタウロの元に行く。
「……まさかの強敵だったね」
タウロはまだ、ダメージが残って立ち上がれないから、横になったままマジック収納からポーションを出して飲み干し、ぺらとセトに声を掛けた。
そこにアダムとイヴが、狼魔物の遺骸を運んできた。
狼魔物が作った霧が薄れはじめ、エアリス達がその中、タウロの安否を確認する声が聞こえる。
タウロはさすがにそれに応じれる程、元気を取り戻せていなかったから、みんなが駆け付けてくるまでセトの膝枕で横たわっているのであった。




