第572話 人形の初陣
タウロ達一行は、いつものペースで村のあるアンタス山脈の麓向かっていた。
その途中、先頭を歩くタウロがピクリと反応した。
「セト達が村に到着したよ。村人を驚かせないように村を観察できる離れたところに展開してもらうね」
タウロは子供型自律思考人形のセトと視界を共有しているから、一見するとぼーっと空を眺めているようにも見える状態でそう口にした。
「到着が早いな。それで村の被害状況はどうなんだ?」
アンクがタウロに見える村の様子を確認する。
「……うーん。村全体は柵で覆われているみたいだけど……、所々壊されているなぁ。──ちょっと待って。一緒のアダムとイヴの視界に切り替えてみる」
タウロはそう言うと、ひとり、「おー!これは便利だなぁ!」とか、「セトが、移動させたの? ナイス判断!」とか独り言をつぶやいている。
どうやら、セトが独自の判断で村を多角的に観察する為にアダムとイヴを別々に違う場所へ移動させたようだ。
「タウロ様、どんな感じなんですか?」
シオンがタウロにしか見えない村の様子を聞く。
「あ、ごめん。今、セトが外側から村の様子を観察してくれているんだけど……。──え? 僕の記憶にない魔物が二体、村に近づいてきている? どれ? あ、あれか……。一見するとただの狼系の魔物だけど……。確かにこの毛並みは見た事が無いなぁ。黒に差し色みたいに背中に赤色が入った狼は聞いた事が無いね……」
タウロはシオンの質問に答えている途中で、セトとの交信に夢中になり始めたのか、周囲からは急に独り言を饒舌に話始めるヤバい人になっていた。
「……タウロ、この能力、危ない人にしか見えないから私達以外の人がいるところでは使っては駄目だわ……」
エアリスがタウロが空中に食い入るように視線を向け、一人話す姿に呆れる。
「僕達もすぐそっちに向かうけどその間、セトの判断に任せるよ。──え? エアリス今、何か言った?」
タウロは一度、セトとの交信を切ったのか先程と違って、エアリスにちゃんとした反応を見せた。
「もう、いいわよ。それよりも魔物が村に現れたんでしょ? 私達も急ぎましょう」
エアリスはタウロの独り言から何となく状況を掴んで応じた。
「そうだった。みんな、今、セト達が魔物に遭遇したから村に急ごう」
タウロはそう言うと手を差し出す。
「……また、あれやるのかよ、リーダー……」
と露骨に嫌な顔をするアンク。
「嘘だと言ってよ、タウロ……」
とこちらもうんざり気味なエアリス。
「……ここは魔法で俊敏性を上げて走って急行しないか?」
と妥協策を出すラグーネ。
「そ、そうですよ、タウロ様、ボクの魔法でみなさんの俊敏性を上げますから!」
とラグーネの案に賛同するシオン。
「ちょっと、みんな……! また僕が空を飛ぶあのやり方で『瞬間移動』使うと思ってるの? 今度はセトが視界共有して村を確認してくれているから、そのイメージを使って『瞬間移動』を使うつもりだよ。だから安全だって」
と全員が必死の形相で嫌がるのを苦笑して答えた。
そう、タウロはセトに先行させ、そのセトの視界を共有する事で初めての土地もイメージができるので『瞬間移動』が容易になるのだ。
「本当ね?」
と再度確認するエアリス。
「本当だな?」
同じくアンク。
二人に頷くラグーネとシオン。
「もう、いいから、早く手を握って! セト達が戦闘に入っちゃうから」
タウロはみんなを急かすと円陣を組んで手を繋ぎ、『瞬間移動』で村へと急行するのであった。
「……ナイス、セト」
子供型自律思考人形セトと最後の視界共有した場所である、柵で覆われた村の外側の森に急行したタウロ達一行が目にしたものは、セトとアダムとイヴが魔物二体を討伐した後の様子であった。
セトとアダムとイヴの足元には大きな狼系の魔物二体が剣をのど元に刺されて絶命している。
「ちょっと、セトに話を聞く前に『真眼』で鑑定……、っと。……吸血狼? 血肉を餌とする強制的に生み出された新種の魔物……。これもやっぱり、新種かぁ。それでセト、どうだった?」
セトはタウロと思考共有も出来るから、タウロの脳内で会話が始まる。
セトは身振り手振りで説明をしているところが、かわいい。
「……村人に幻惑魔法を使っていた、だって? なるほどね……。──セトの説明だとこの『吸血狼』二体が村内に侵入して村人に幻惑魔法を使用し、逃げられないようにしてから、襲おうとしたので助けに入ったんだって。それで格闘後、『吸血狼』が敵わないと判断して逃げ出そうとしたところを、外に待機させてあったアダムとイヴがここでこの二体を仕留めたみたい。そうだよね?」
タウロは説明を終えると、説明が間違っていないかセトに確認する。
セトは大きく何度も頷く。
「セト、大手柄じゃない!」
エアリスはセトを抱きしめてその功績を評価する。
「セトの初陣は大戦果だな」
アンクもそう言うと評価して、セトの頭を撫でる。
「私達の仕事が無くなるなこれは。はははっ!」
ラグーネもセトの働きに感心すると笑う。
「ボクも負けていられないです!」
シオンはセトに対抗意識を燃やすところが子供っぽい。
「幻惑魔法を使う魔物なら、冒険者ギルドに上がってくる報告がどれも違ったのがこれで理解出来たね。この辺りは予想通りだった」
タウロはギルドで見せてもらった報告書に共通点が無い時点でこの可能性を疑っていたから想像通りだったわけである。
「やっぱりラグーネの苦手な幻惑魔法を使うタイプだったな」
アンクが茶化すように言う。
「だから私はすでに克服していると言っただろ!」
ラグーネは過去の失敗から幻惑魔法には苦手意識があったが、『竜の穴』では真っ先にそれを克服していたのだ。
「アンクも止めてあげて。過去の話じゃない」
その時、幻惑魔法絡みで負傷したエアリスがラグーネを庇う。
「すまん、すまん。それにしても、セトは人形だから状態異常系の魔法が全く効かないのは強みだな」
アンクも冗談が過ぎたと思って謝ると、本題に戻ってセトを褒める。
セトは褒められて誇らしいのか、胸を張った。
「はははっ! じゃあ、みんな、幻惑魔法を掛けられた村人の状態異常を回復させてクエスト完了と行こうか」
タウロはそう言うと、村の方へと向かうのであった。




