514話 黒金の翼全滅の危機
アンクは瀕死だった。
口からも吐血している。
だが、それを一気に吐き出すと、傍に立つタウロに忠告した。
「げほっ……。リーダー、そいつはハラグーラ侯爵のところの勇者だ……!斬る時に風魔法でちょっかい出してくるから気を付けろ……!」
アンクはそれだけ言うと、意識を失った。
「……アンク、ご苦労様。あとは任せて」
タウロはその間もずっと相手から視線を外さない。
それでいてマジック収納からポーションを取り出しては正確にアンクに掛けて治療していた。
「……子供だと思って後回しにしていたが、隙が無いな。──そう言えばもう一人の仲間はどうした?」
勇者アレクサはそう言いながら、アンクに刺されたお腹を魔法で治癒している。
お互い違う意味で動けない状態であった。
「さあ、どうだろうね?」
タウロはとぼける。
「まさか他の二人のところか?ふっ……、すでに手遅れだぞ?」
タウロはその言葉にピクリと反応する。
「……僕の仲間を甘く見ないでくれるかな?」
「くくくっ……!二人共致命傷を与え、人気のないところに運んだからな。小さいガキは確実に心臓を一突きにして死ぬのを確認した。もう一人はとっさに逃げたようだが、あの傷では助からん。そこの男も腹の傷が致命傷だ。安物のポーションでは助からないさ。それに貴様もここで仕留め、助けに行った小娘も殺す」
勇者アレクサは、そう言いながら時間稼ぎをしつつ、自分の怪我を治療し続ける。
タウロもそれはわかっていたが、こちらもアンクの治療が最優先だ。
動くに動けない。
「お前はここで僕が仕留める。エアリス達の元には行かせないよ」
「ふっ。勝負は一瞬で着くさ」
勇者アレクサがそう告げた瞬間、その姿が消えた。
そして、次の瞬間にはタウロの背後に立ち、その腰の辺りに剣を突き刺す。
だが、タウロはそれに反応し『空間転移』で勇者アレクサの背後に移動していた。
一瞬、タウロの姿を見失った勇者アレクサは驚きに目を見開き、背後を振り返る。
しかし、タウロはそこでまた、『空間転移』を使ってアンクの傍に戻ると、アンクを掴んで広場の角まで、『空間転移』で何度か移動して運ぶとそこに寝かせた。
「私と同じ『瞬間移動』ではないようだが、そんな芸当を出来る奴が他にもいるとはな」
勇者アレクサはタウロの能力に油断できないと判断して剣を構える。
タウロは広場の角でアンクと壁を背にしている。
これなら『瞬間移動』で背中を取られる心配がないと判断したのだ。
「それで、勝てると思っているのか?所詮は子供、優秀なスキルを持っていても、身体的有利は覆せない」
勇者アレクサはそう宣言すると、アンクも防戦一方であった斬撃を容赦なくタウロに振るう。
タウロはマジック収納からとっさに、自慢の『守護人形製円盾』を出してその斬撃を難なく跳ね返した。
竜人族の村の『始まりのダンジョン』では、力自慢であるミノタウロスの攻撃を防ぎきった程の盾だ。
それにこの盾には『腕力上昇(強)』が付与されている。
勇者アレクサの強靭な攻撃にも十分対応できるのだった。
それと同時に、勇者アレクサの風魔法による『鎌鼬』による斬撃も襲うが、タウロは太ももを斬られても意に介さない。
能力『超回復再生』で多少の傷は軽度に抑えられるからだ。
その並外れた膂力と、異常なまでの回復力に勇者アレクサも目を剥く。
信じられないという目だ。
「お前は一体何者だ……?」
「僕はタウロ、冒険者タウロ。チーム『黒金の翼』のリーダーさ!」
タウロは小剣『タウロ改』でアレクサに斬りかかった。
勇者アレクサはそれに反応して剣で防ごうとした。
しかし、その剣は真っ二つに切られた。
切れ味鋭い小剣『タウロ改』の先端から光の刃が伸びて剣と一緒に勇者アレクサの体を切り裂く。
袈裟切りにしたその光の刃先は勇者アレクサの纏った服を切り裂き、その後に血飛沫が舞う。
「ぐはっ!そんな馬鹿な……!」
勇者アレクサは、自分が斬られた事が信じられないという表情であったが、このままではやられると思ったのだろう。
『瞬間移動』で逃げ去ろうとした。
しかし、タウロは逃がさない。
そのタイミングに合わせて、能力『スキル殺し(弱)』を発動させた。
勇者アレクサの『瞬間移動』は一時的に封じられ、使えない。
「なっ!?」
「終わりです……」
タウロはそう答えると、小剣『タウロ改』の光の刃を勇者アレクサの胸に突き刺すのであった。
シオンの元に馬で駆け付けたエアリスはすぐに飛び降りると、瀕死の状態で倒れている事に慌てる事無く駆け寄り、治療にあたった。
それこそ、エアリスは真聖女の下で学んだ全てを出し切るつもりで治療にあたった。
心臓辺りにある傷を塞ぐ事から始める。
そこが一番問題の致命傷になっている傷だからだ。
「シオン……、とっさに自分で治療したのね?──大丈夫、私が助けるわ」
エアリスは仮死状態でほとんど心臓が動いていないシオンに話しかけながら、冷静に治療を続ける。
一つ一つ内部から傷を塞いでいく。
出血も多いが、その治療魔法は後だ。
全ての大きな傷を塞いだところで、シオンの魔力が感じられなくなった。
「!?待って、シオン!逝っちゃ駄目!私達の冒険はこれからなのよ!」
エアリスは、個々でやっと真聖女から学んだ増血魔法を使い、出血で失った分の血を体内に作った。
だが、シオンの心臓はぴたりと止まる。
「逝かないでシオン!」
エアリスは急いで、雷魔法で心臓にショックを与える。
そして、心臓マッサージを行う。
「動いて、シオン!」
エアリスはそう願いながら必死で心臓マッサージを続ける。
そこへ複数の人影が現れた。
どうやら、味方では無いようだ。
その手には剣が各々握られている。
エアリスはその連中の相手をしている暇はない。
ひたすら心臓マッサージを行う。
一度、手を離し心臓が動いているか確認する。
「動いてない……」
また、雷魔法で心臓にショックを与え、また、心臓マッサージを行う。
「お仲間のところに行きな、お嬢ちゃん」
男達はそう言うと、一斉にエアリスに襲い掛かった。
しかし、男達は振りかぶった武器をエアリスに振り下ろさなかった。
いや、振るい落とせなかった。
ぺらが目にも止まらぬ、攻撃で男達を串刺しにしていたのだ。
男達がその場に、絶命する。
だが、エアリスはそんな事は気にしていられない。
必死で、心臓マッサージを繰り返していた。
「シオン、戻って来て!」
そう言って、シオンの胸に耳を当てる。
ゆっくりとした鼓動が戻ってきた。
「……!戻って来た……」
エアリスはシオンの鼓動を感じた瞬間、脱力して傍に崩れ込むのであった。
瀕死であったラグーネは『次元回廊』でヴァンダイン侯爵領に移動していた。
そこですぐに、真聖女マリアがその気配に気づき、ラグーネの元に駆け付け、治療を行ったのである。
こうして、過去最大の危機であった『黒金の翼』は無事、誰一人欠ける事無く生き残ったのであった。




