488話 さらば懐かしき街
懐かしいサイーシの街の夜の散策を終えたタウロはそのまま宿泊先である旧サイーシ子爵邸に戻った。
「リーダーお帰り。どうだった、故郷は?」
同室のアンクが疲れた表情のタウロに気を遣って声を掛けた。
「三年って大きいね。いろんなものが変わっていたよ。知っている人には会えなかったけど、色々と聞けたから良かったかな。……なんだか思い出を振り返っていると疲れたからさっさと『浄化』で身綺麗にしたら寝るよ」
タウロはそう言うと魔法を自分に唱えた。
「三年か、確かにそれだけあれば、変わるものも多いか……。──と言っても当時の周囲の人間からしたらリーダーが一番変わっているんじゃないか?成長期の三年間って下手したら別人だと思うくらい全然違うだろ?」
アンクがもっともな事を指摘した。
「そうなのかな?僕は成長遅かったからあんまり変わっていない気もするけど……。確かに言われると三年前に比べたら結構身長伸びたと思うけど」
タウロはアンクの指摘で三年前の自分を思い出し背丈を比べるように手で計る素振りを見せた。
「それにこう言っちゃなんだが、リーダーの年齢でDランク帯冒険者なんていないだろう?最終的にはGランクでこの街を去った子供がたった三年でD+冒険者は大人じゃなくても十分な成長さ。リーダーを知っている人間でもそうそう気づく奴がいないくらいには成長していると思うぜ」
アンクはタウロの凄さに普段慣れて感覚が麻痺している事に気づきつつ、そう指摘するのであった。
「それを言ったら、エアリスやシオンも相当凄いでしょ。あの二人は竜人族に訓練受けてちょっと非常識な成長していると思うよ?」
タウロはアンクの指摘にクスクスと笑って答える。
「確かにな。そう考えるとラグーネもあの歳であのレベルはあり得ない事考えると、『黒金の翼』でまともなのは俺だけだな」
アンクが、最年長メンバーとして常識人かのように答えた。
いや、アンク。傭兵時代のエピソード化物じゃん。父上からその辺色々聞いているからね!?
タウロは内心ツッコミを入れるのであったが、父グラウニュート伯爵からは内緒話として聞いていたので、口にはしないのであった。
だから、言いたい言葉は飲み込んでアンクには、
「はい、はい。アンクが常識人なのはわかったから今日はもう寝ようか。明日も早いし」
と雑な対応をするのであった。
翌朝。
タウロの過去を詳しく聞いているエアリスは、一人で思い出の地を散策して来た本人にとってどんな気持ちかわからなかったので聞いて良いものか迷っていた。
タウロは領主とのトラブルでサイーシの街を去った経緯があるからである。
「おはよう、エアリス。……?──もしかして、僕に何か気を遣ってくれてる?」
タウロはエアリスが自分を見て何か言いたそうな表情を浮かべているのに、何も聞いて来ないのでこちらから話を振った。
「──もう。そんな聞き方する?──でも、いいわ。それでサイーシの街の散策はどうだった?良い思い出ばかりじゃないんでしょ?大丈夫?」
「あ、そっか。あの事を気を遣ってくれたのか!全然大丈夫だよ。領主はすでにいないし、あの時の事は自分の中でけりが付いているからね。まぁ、三か月に及んだ拷問はさすがに少しは心の傷であるけれど、それだけだよ」
「そう……。なら良かった。お世話になった人には会えたの?支部長さん以外で」
エアリスはホッとした表情をすると、改めて聞いた。
「夜だったからね。お世話になった人には誰とも会えなかったよ。支部長レオさんに会えただけでも良かったかな。エアリス、心配してくれてありがとう」
タウロはエアリスの優しい心遣いに笑顔で答えるのであった。
「これから向かうハラグーラ侯爵領での聖女の祝福の儀が済んだら、私達は一行から外れるんだし、また、こちらに改めて訪問すれば良いわよ」
エアリスは、もっともな提案をする。
「そうだな。私達は冒険者。急ぐ旅でもないから、改めて来よう。その時は私達にもこの街を案内してもらおうかな」
ラグーネがエアリスに同調するとタウロにそう答えた。
「ボクもタウロ様の育ったこの街を案内してもらいたいです!」
シオンもノリノリだ。
「という事だから、また、この街に寄るのは決定だな」
アンクも笑って答える。
「案内も何も、三年の間にすっかり風景が変わってしまって僕が聞きたいくらいなんだけど?」
タウロは苦笑して答えるとその時がまた楽しみだと思うのであった。
聖女一行は馬車に乗り込み、次々と出発する。
タウロ達は一行の先頭集団だから、かなり早く出発した。
サイーシの街の北口にさしかかると、見送りの住民達が手を振っている。
聖女一行に後利益があると思っているのか拝んでいる人もいた。
「改めて聖女という名には力があるんだね」
馬車の窓からタウロが外を眺めながらそう漏らしていると、見送る住民の中に見た事がある人影を確認した。
その人物は通り過ぎる馬車の一つ一つを確認しては、進む近衛騎士に何やら声を掛けている。
「あれって……」
タウロはその懐かしい姿に少し、目頭が熱くなった。
それは受付嬢ネイの姿だったのだ。
ネイは近衛騎士と何か話して指差された方向を見ている。
その方向とは自分達の馬車であった。
タウロは馬車の扉を開けて身を乗り出した。
「ネイさん!」
タウロがこちらを凝視するネイに手を振る。
「タウロ君!?」
ネイは、成長して立派になっているタウロの姿を確認すると、懐かしさと嬉しさとで笑顔になるが、すぐにそれも泣き顔になった。
「ネイさん、モーブさんとのご結婚おめでとうございます!」
タウロは今、一番言いたかった大切な祝福の言葉を送る。
「ありがとう……!タウロ君、元気そうで良かったわ。聞きたい事もいっぱいあるけど立派になっててびっくりよ!」
ネイは通り過ぎるタウロの乗った馬車に小走りで並行して進み、そう声を掛けた。
「いつかまた、こちらに来るので、その時に!」
「うん!元気でね!無理しちゃ駄目よ!」
去っていく馬車にネイはくしゃくしゃにした泣き顔でかつての保護対象であった少年に、三年の時を経てようやく見送る言葉を掛ける事が出来たのであった。




