484話 懐かしき故郷
旧サイーシ子爵領は数ある事件の黒幕であった事になっているサイーシ子爵が自首して騎士団に逮捕された後、自決した事で事件は集結、サイーシ子爵家はお取り潰しになり、その領地は現在も王家預かりとなっている。
この旧サイーシ子爵領は、貴重なミスリル鉱石が算出する採掘場を領内に持っており、各派閥の貴族達はその支配権を欲して揉めに揉めていた。
生前のサイーシ子爵はハラグーラ侯爵派閥であった事から、ハラグーラ侯爵派閥はサイーシ子爵の子息に爵位と領地を継がせるべきと訴えていたし、他の派閥は当然それに対して反対していた。
ハラグーラ侯爵派閥にとって派閥の資金源のひとつであったからだ。
だが王家も生前のサイーシ子爵の行った暴挙の数々を許すわけもなく、旧サイーシ子爵一族に領地を引き継がせるつもりはない。
その為、領地は王家預かりになったままなのだが、ハラグーラ侯爵家は隣接している事を良い事に、周辺貴族同士で旧サイーシ子爵領を分ける方向に持って行く様に王家に働きかけていた。
その筆頭が王太子である。
王太子は、周辺貴族の功績に比例して分配しても良いのではないかと父である国王やその周囲の説得に動いていた。
肝心のミスリル鉱石の採掘場はもちろん、ハラグーラ侯爵のものになる様に謀ってである。
そんなわけで、旧サイーシ子爵領はいろんな意味で貴族の注目の的になっているのであった。
「──という事らしいよ」
タウロは自分の故郷である旧サイーシ子爵の現状を馬車に揺られながらエアリス達に簡単に説明した。
「リーダーの故郷、大変な事になってるな……」
アンクが呆れる様な言葉を漏らす。
「久しぶりの故郷なのに、それは残念な話ね」
エアリスも本当に残念そうに溜息を吐いた。
「まぁ、僕を暗殺しようとした領主の領地だから仕方がないよね。領民にしたら災難だけど……。でも、今は王家預かりの領地だから以前よりはマシなのかなとも思うけど」
「統治者が誰になるにしても、タウロと関わった人達は変わらないのだろう?もうすぐサイーシの街に到着するが、会いたい人はいないのか?」
ラグーネが三年ぶりの故郷に到着するタウロの心境を確認するのであった。
「いっぱいいるけどね。ほとんどは冒険者ギルド関係者だから、立ち寄りたいなぁ」
タウロは懐かしそうにした。
「タウロ様の育った街、楽しみです!」
シオンが、楽しみが止まらないとばかりに興奮している。
「本当に楽しみね。それに、タウロが街を飛び出す原因になった子爵も今はもういないわけだから、ゆっくりしたいところよね」
エアリスもシオンに賛同していたが、今回は聖女一行の付き添いであるから滞在時間は短いだろう。
その間にタウロが故郷を満喫するのは実際には難しいのだった。
サイーシの街に到着した聖女一行は、王家から派遣され統治を任されている代官に街の出入り口で歓迎されると、旧サイーシ子爵邸まで案内される事になった。
タウロ達もそれに従う。
本当なら途中の冒険者ギルド前で馬車を降りたいところであったが、さすがにそうはいかない。
通過する際、馬車内から外を眺めていたタウロは、知った住民や冒険者が聖女一行に手を振っている気がしたが、はっきりとはわからないのであった。
「みんな元気かな……」
外を眺めながら三年の間に変わった街の様子に驚くでのあった。
建物はほとんどが新しいものに変わっていた。
やはり、ミスリル鉱石産出の影響で直接的、間接的に恩恵に預かった者は多いのだろうか?
その中で、変わらない建物があった。
それはタウロがオーナーを務めるカレー屋であった。
三年前、タウロが酒場の跡地をリニューアルして自分でお金を出したカレー屋一号店は、変わらずそこにあった。
残念な事に冒険者ギルドやその隣で運営している酒場兼食堂の『安らぎ亭』は、新しい建物に代わっていた。
ただし、看板だけは一緒だったから、場所を移動したわけではないようだ。
「三年でこんなに変わるのか……」
タウロは馬車内の左右の窓を往復して覗きながら何とも言えない溜息を漏らす。
「そんなに変わってるの?きっと、ミスリル景気で家の建て替えするタイミングだったんでしょうね。でも、人はきっと変わってないわよ」
エアリスはタウロの溜息を察して励ますように指摘した。
「そうだね。でも、今回は冒険者ギルドに寄る余裕はなさそうだから、我慢するよ」
タウロは懐かしの帰郷は、通過するだけのものになるのであった。
旧サイーシ子爵邸は、タウロが知る建物ではなかった。
こちらも、建て直した後であり、その大きさや規模は大貴族並みになっていた。
それくらいミスリル鉱石での利益が大きかったという事だろう。
その城館には旧サイーシ子爵領の各ギルドのギルド長や商会関係者など偉い人物が一堂に会していた。
聖女一行の馬車が次々とその城館前で止まり、城館に入っていく。
タウロ達は一行の先頭集団にいたので早々に到着すると、近衛騎士達と一緒に聖女一行の出迎えに加わった。
これも仕事である。
一応『気配察知』で周囲も警戒した。
すると背後で人混みをかき分けてこちらに向かってくる人物がいた。
タウロが振り返ると、近衛騎士達もそれにいち早く気づいてこちらに向かってくる人物の前に立ち塞がる。
「ちょっと待ってくれ!俺はこのサイーシの街の冒険者ギルドの支部長だ。そこの少年に用事があるだけだから落ち着いてくれ!」
取り押さえようとする近衛騎士達をいとも簡単にかわしながら、冒険者ギルドの支部長を名乗るオレンジ色の獅子を思わせる髪型に眼帯の男はタウロの方を指差した。
「あ!」
タウロは沢山お世話になった、あまりに懐かしい顔に、思わず言葉を失った。
そこにいたのは、浮浪者だった自分をギルドで雇い住むところを提供し、冒険者として大成させてくれた支部長レオの姿であった。




