478話 亀裂を防ぐ
予定から大幅に遅れたが聖女一行はバリエーラ公爵領から次の目的地に移動する事になった。
その際、サート王国側の責任者である王太子がタウロ達を同行させない決定をした。
理由はバリエーラ公爵領において多大な被害を出した作戦の中心にいた事が原因とした。
サート王国側貴族の取り巻きの中心であるハラグーラ侯爵の孫スグローがそれを支持したからその周囲もそれを支持する形になった。
「我が弟のフルーエが推薦した者達だから気が引けるが、多数の死傷者を出す様な失態を犯したとあっては私も見過ごす事は出来ない。よって、聖女一行の付き添いから外れてもらう」
王太子は出発の日の朝一番、取り巻き連中を集めるとそう宣言した。
「王太子殿下の判断を支持します。これ以上はヴァンダイン侯爵家やグラウニュート伯爵家の恥にもなるでしょうから、外された方がよろしいでしょう」
とスグローも王太子に賛同した。
そこにはもちろん当事者であるタウロとエアリス、シオンもいたが、三人としてはそれはそれでありがたいと思って反論しなかった。
だがしかし、そこへルワン王国側の責任者であるドナイスン侯爵がやってきた。
「今、タウロ殿達をお外しになると聞こえてきたのですが?」
「これはドナイスン侯爵。ええ、先日の作戦失敗を鑑みてこれ以上は彼らを聖女様の傍に留めおくのはよろしくないと判断しました。ルワン王国側には多大なご迷惑をお掛けしました。申し訳ない」
王太子は深々と頭を下げて謝罪する。
「何をおっしゃっておられるのかわかりませんが……。我々、特に聖女様はエアリス嬢やタウロ殿をいたく気に入っておられます。サート王国側がその方々をお外しになるのであれば仕方がありません。ルワン王国側が賓客として迎えて今後の旅にご同行頂くのがよろしいようだ」
「え?ど、ドナイスン侯爵?彼らは聖女様の囮と称してバリエーラ公爵領内で多数の死傷者を出す結果を生み出したのですよ?なぜ、庇いだてするのですか!?」
王太子は理解出来ないとばかりに、スグロー以下取り巻きに賛同する様に視線を向ける。
スグロー達上級貴族の子息達はもちろん賛同するが、平民出の者達は沈黙する。
「どうやら、我々と王太子殿下との間には大きな認識の隔たりがあるようだ。作戦が実行された日の事を私の部下から報告で聞いていますが、エアリス嬢やタウロ殿は命を掛けて聖女様を狙う敵を悉く討伐してくれたというのが我々の認識です」
「いや、しかし!」
王太子は反論しようとするが、それを無視してドナイスン侯爵は続ける。
「もし彼らが囮を買って出てくれなければ聖女様が直接襲撃を受け、もっと大きな被害が出ていた可能性が高かったくらい敵は強力だったそうです。ですから我々は彼らに感謝こそすれ、責任を追及するような恩知らずの様な事は致しません」
ドナイスン侯爵はこれまで王太子側とは波風を立てない様にして来ていたのだが、聖女自身に火の粉が降りかかりそうな事態が起きたから、その気遣いも必要ないように思い、はっきりとそう告げるのであった。
「──!わ、私が恩知らずと!?」
「いえ、あくまでも我々ルワン王国側の認識の問題ですよ。聖女様も今回の事でエアリス嬢方への認識が大きく変わりましてな」
ドナイスン侯爵はそう答えると、背後を振り向く。
そこには聖女マチルダが立っていた。
「エアリス嬢やタウロ殿、シオン嬢には私からも今後もご同行を願いたいと思っていましたから、王太子殿下のご判断は残念です」
聖女マチルダはわざとらしく溜息を吐いて見せた。
「そ、それは……」
王太子は先日まではこちら側の味方だと思っていた聖女の手の平返しに戸惑う。
王太子としてはあわよくば聖女を側室にするという狙いもあったから、咄嗟に言葉が続かない。
「そういう事ですので、そちらからエアリス嬢、タウロ殿、シオン殿を追放されるのであれば、こちら側の付き添いとして招きます。よろしいですかな?」
「……ご、ご自由に……」
王太子は一言そう答える事しかできない。
取り巻きのスグロー達もこのような展開になると思っていなかったから、困惑して反論できないのであった。
「(……結局、聖女様に同行しないと駄目なのか……!)」
タウロはエアリスに小さい声で耳打ちすると大きく溜息を吐くのであった。
「(仕方ないわよ。こんなやり取りを見せられて、『いえ、同行したくないのでここでお別れします』なんて言えないでしょ……?)」
エアリスもそう答えると大きく溜息を吐くのであった。
「お待ち下さい。このままではサート王国、ルワン王国両者の間に溝を作る事になりかねません。それでは僕達もいたたまれないのでご提案ですが……、僕達は同行者扱いから冒険者の護衛として次の目的地まで同行してから外れる形に変更してもらえないでしょうか?僕達からの申し出で外れる形ならサート王国側の言い分も一部守られますし、冒険者として同行する事でルワン王国側の言い分も一部守られます。そして、僕達の名誉も。これなら外聞も良いと思うのですが?」
タウロは咄嗟に両者の悪い雰囲気に一石を投じた。
タウロとしては自分達が理由で二国間の雰囲気が悪くなることはヴァンダイン侯爵家、グラウニュート伯爵家の子息令嬢の立場として最悪な展開であったから、それを避ける為に絞り出した案であった。
「何も次までで外れる事はないじゃない!」
聖女マチルダはようやくエアリスと仲良くできると思っていたので、言い返した。
「聖女様。彼らは我々国家間の問題を上手く収めてくれる提案をしてくれているのです。それに彼らはサート王国の貴族。これ以上、問題の渦中にいるわけにはいかないのですよ」
ドナイスン侯爵がタウロ達の事情を察して聖女マチルダに助言する。
「……わかったわ。無理を言ったわね……」
聖女マチルダは残念そうに大きな溜息を吐く。
「……こちらもそれで承諾しよう」
王太子としては、バリエーラ公爵やフルーエ王子の人気を下げたいという思いが強かったからこの提案は不本意であったが、その為にルワン王国との間に亀裂を生むわけにもいかず、首を縦に振るのであった。
よし!これで次の目的地まで同行したらその後はみんなでゆっくり冒険の旅に戻れる!
タウロはエアリス、シオンと視線を交わすと小さくガッツポーズをするのであった。




