477話 誤解が解ける時
聖女マチルダは判断に迷い不機嫌であった。
ルワン王国側の責任者であり、自分の管理を任されているドナイスン侯爵が恋敵であるエアリスを称賛したからだ。
エアリスが誰も頼んでもいない自分の身代わり役を買って出て、地元の領兵に多大な被害を出したと王太子から聞いていたから、この失敗は大きな減点でフルーエ王子との恋にも差が付くと思っていたのに、一番の味方であるはずのドナイスン侯爵やルワン王国側の取り巻きがエアリス嬢達を称賛しているのだ。
サート王国側の上級貴族だけが恋敵を責める状態だったから聖女マチルダは状況があまり飲み込めていなかった。
「王太子側からのお話では、エアリス嬢とその取り巻きが大きな失態を犯したと聞いたわ。なぜ、あなた達はそれを称賛するの?」
聖女マチルダはこれまで一番の自分の味方であったはずのルワン王国側の取り巻きに当然な疑問をぶつけた。
「聖女様?それはかなり事実とは異なる歪曲された情報としか言えません」
「歪曲された情報?」
「はい。その囮役を務めたエアリス嬢とタウロ殿の作戦には我が方の護衛騎士も五名程参加していましたから、現場で起きた正確な情報をこちらも耳にしています。エアリス嬢方は敵の想像以上の強さに危機的な状況に陥りましたが、その奮闘により敵のリーダー格を打ち取り、敗走させました。そのほとんどは捕縛時に自決しましたが、中には意識不明の重傷ながら捕らえた者もいる程の戦果です。これを大失態と言ってしまっては我々はただの恩知らずです。戦死した彼らは聖女様に危害を加える企みを阻止する為に犠牲になったのですから……」
いつも聖女に対し誠実な取り巻きの一人がマチルダにそう諭した。
王太子側から聞いた話とは全く違う内容にマチルダは戸惑った。
エアリスは自分の恋焦がれるフルーエ王子との仲を邪魔する相手だ。
そんな相手が自分の代わりに体を張る理由がわからない。
そういう意味でも王太子側の言っていた事の方が正しいと思えるのだが、目の前の彼らはそうではないと言う。
それも、現場に居合わせたこちら側の騎士から聞いたというのだから一層、わからなくなるマチルダであった。
「聖女様。一度、エアリス嬢にお会いになり、お話をされてはいかがでしょうか?敵の強さは想像を絶するものだったと騎士から話を聞いていますから、そのような敵を相手に命を掛けて戦ったエアリス嬢をはじめ、タウロ殿などには感謝の言葉を送られる事は大切な事かと」
「そうですぞ、聖女殿。それにこの地を離れる前に亡くなった領兵達にも手向けの言葉を述べて謝意を示さなければ、聖女殿は恩知らずとのそしりを免れますまい」
取り巻きやドナイスン侯爵の助言に聖女マチルダはまだ、迷うのであったが、確かに恩知らずと思われるのは癪である。
最低限の事はして、自分が誤解される事は避けておこうと考える聖女マチルダであった。
こうして、数時間後にはタウロとエアリス、ラグーネにアンク、シオンの五人は聖女マチルダとムーサイ子爵が用意してくれた広い応接室で面会する事になった。
「(なんで俺達も呼ばれているんだ?)」
アンクが、席に着くタウロとエアリスの後ろで一緒に待機する横のラグーネに耳打ちした。
「(ドナイスン侯爵の話では聖女が私達の活躍に感謝を述べたいらしい)」
ラグーネがアンクとシオンに耳打ちする。
「(聖女はエアリスさんの事嫌っていると聞きましたよ?いまさら何の用でしょうか?)」
シオンは、仲間を嫌う聖女に好意的ではないから、鼻息荒く二人に漏らした。
「三人ともあちら側の護衛の方々に聞こえるから、静かにね?」
タウロがラグーネ達の会話が聞こえていたから注意した。
そこへ応接室の扉が開き、聖女マチルダとドナイスン侯爵が入って来た。
「お待たせしたのう。今日は聖女殿がみなさんに感謝の意を示したいとおっしゃられてな。その席を設けさせてもらった」
ドナイスン侯爵は聖女マチルダが余計な事を言う前にそう言って今回の目的を簡潔に説明するように言うのであった。
聖女マチルダはその説明にちょっと不満な表情を一瞬浮かべていたが、気を取り直して席に着く。
ドナイスン侯爵も続いて席に着いた。
「それでだ。改めてエアリス嬢をはじめ、タウロ殿とその部下達の活躍がなければ聖女誘拐を企む『敵』の計画を未然に防ぐ事が出来なかった。本当に感謝する!」
ドナイスン侯爵がまず、そう言ってから、聖女マチルダの背中を少し押して続くように促した。
「……私の身代わりとなって敵をおびき寄せ、退治してくれたらしいわね。感謝するわ」
聖女マチルダはエアリスを直視せず、目を逸らした状態でそう告げる。
「……マチルダ嬢。その気のない感謝をする為に私達を呼んだの?」
エアリスは聖女マチルダの態度に、貴族としての遠回しの言い方をせず、直接的に答えた。
「なっ!?」
聖女マチルダはエアリスの言葉にかっとなってエアリスを睨みつけた。
「こちらから感謝を要求するつもりは無いわ。でもね、自分がおかれた立場を理解せず、都合のいい言葉のみに耳を傾け、一方的に敵視されるのは不快なの」
エアリスは睨みつける聖女マチルダの視線を受け止めて答えた。
そして続ける。
「あなたが誰を好きになろうが私には興味が無いわ。だってそれはあなたの勝手だもの。だけど私がフルーエ王子を好きという嘘を真に受けて暴走しないで。そんな人の為に命を失った領兵が今回どれだけいると思っているの?あなたはルワン王国を代表してこの国を訪れた聖女でしょ?もっと自覚を持って!」
エアリスはマチルダを真っすぐ見つめると、叱責した。
その言葉に聖女マチルダは反射的に何か言い返そうとする素振りは見せるが、言葉が出てこなかった。
「エアリス嬢、その辺で許してやって欲しい。聖女殿はまだ、よく理解されておられないのだ。それは今回の責任者である私にも責任がある。大変申し訳なかった」
ドナイスン侯爵は聖女マチルダに代わって頭を下げた。
「侯爵……!?──……わ、私も悪かったわ。エアリス嬢、そして、その従者のみなさん、ご迷惑をお掛けしました。そして身代わりになってくれて感謝するわ……。ところで、フルーエ王子の事は好きじゃな──」
「違うわ」
「本当に好きじゃ──」
「ありえないわ」
エアリスは聖女マチルダに最後まで言わせずに否定した。
「……もしかして、その隣の取り巻き君が、好──」
「……わ、私の事はいいのよ!」
エアリスは聖女マチルダが何を言うかわかって、不機嫌そうに頬を赤らめながら慌てて否定する。
「……そういう事ね?じゃあ、問題無いわ。あなたとはやっぱり仲良くなれそう」
聖女マチルダは、いたずらっ子っぽい表情を浮かべると納得した。
「……どういう事でもいいのよ!──タウロ、話も聞いたし帰りましょう!」
「ええ!?」
タウロは二人のやり取りから自分の事で意味深なやり取りがなされた事はわかったが、肝心の部分がよく理解出来ないままエアリスに引っ張られて部屋を後にするのであった。




