360話 殲滅作戦開始
暗殺ギルド殲滅作戦までの3日間、細かい情報収集とあらゆる可能性が夜、議論された。
もちろん、場所はラグーネの『次元回廊』とタウロの『空間転移』を使って、竜人族の討伐組が待機するカクザートの街である。
そして、当日の夜は、飲み屋が貸し切られ、竜人族の面々が一堂に会していた。
「──というわけで、現時点で調べられる情報はこのくらいです」
赤髪のマラクが、一同を前に報告を終えた。
「襲撃場所は少し絞れましたね。三件減らせたので浮いた人員はヒッター商会襲撃に回しましょう」
大勇者のスキルを持つ英雄が、地図を前に駒を移動する。
「大幅な変更はなさそうですね。でも、やはり、一番の問題は領主邸の情報不足です」
タウロが領主邸の見取り図を広げて見せた。
「おお!タウロ殿、入手できたのですね?」
英雄がタウロが拡げた見取り図を確認する。
「この見取り図は、領主邸が建設された当初のもので、その後の改築で全く形が違う場所もあります。どこまで参考になるかわかりません」
「いえ、これは大きいです。地下室はもちろんですが、この下水道の位置などはその後、多少は弄る事も可能でしょうが、隠し通路などが作られていたとしてもこれに即したものになるでしょうから、大体の予測がつきます。今晩の襲撃の際は、うちの結界師系のスキルを持つ者に結界を解いて貰いますので、すぐにその後、別の者の能力で隠し通路を調べさせ、塞ぐなどの処置をしておきましょう」
英雄の一人が、見取り図を指し示すと、頷いた。
そんな事も出来るんだ……。
多分、盗賊系の能力なのだろうが、そんな簡単にみつけられるのだろうかと、竜人族の英雄達の多様な能力に舌を巻きながら、タウロは感心するのであった。
「それでは、そろそろあちらに向かいましょう。──ラグーネ、『次元回廊』を」
タウロは、ラグーネに『次元回廊』を開いて貰うと、竜人族の面々の手を握り『空間転移』でボーメン領都まで一瞬で移動する。
ダンジョンの様に、沢山の人数を一度に移動は出来ないし、魔力も沢山消費するので、ここがタウロの一番の見せ場かもしれない。
何度目かの往復で、魔力回復ポーションを飲む為に休憩を挟んで、また、送り届けるという作業を繰り返した。
「……ふぅ。久しぶりにお腹がたぷんたぷんだ……」
タウロは、お腹を擦る。
「大丈夫かタウロ?これで最後だから頑張るのだ」
ラグーネも、何度も『次元回廊』を開いては移動して戻って来る、を繰り返しているので同じ様に魔力回復ポーションを飲み過ぎていた。
二人とも、この状況に苦笑いするのであったが、最後の竜人族の者達を送り届け、ラグーネが最後にボーメンの街の外れにある廃墟に現れると、『次元回廊』を閉じた。
「これで、全員ですね。それではみなさん、持ち場に散って下さい。襲撃はきっかり1時間後。僕達も領主邸襲撃の後詰として、移動します」
竜人族の面々はタウロの言葉に頷くと、廃墟を出て領都の各所に散っていく。
みんな地図が頭に入っているのか迷いがない。
「ラグーネ、アンク。僕達も行こう」
タウロは二人に声を掛けると、領主邸襲撃担当である大勇者の英雄達と一緒に、領主邸に向かうのであった。
「張られた結界を解きます……」
竜人族の一人が、そう言うと、何やら詠唱する。
そして、解けたのか確認する事無く、領主邸にすぐさま竜人族のみんなが突入する。
タウロ達は領主邸の裏手の林に身を隠して様子を窺っていたので、竜人族の全員が動き出したのを確認して緊張状態に入った時であった。
領都の各所から爆炎と共に火の手が上がった。
どうやらみな、時間通りに襲撃を開始した様だ。
そこに領主邸でも小さい爆発が数か所で上がった。
それは、各所で戦闘が始まった事を意味するものであった。
「な、何事だ!?まさかこんな夜中に研究を失敗したのか!?」
領主であるボーメン子爵は、突然の爆発音に他の事態を想定した様で、使用人に確認を取る。
「お館様、避難を!何者かが、屋敷に侵入したようです!」
使用人が一人、急いて子爵の寝室に飛び込んで来た。
「狼狽えるな!この屋敷に無断で侵入して生きて出られる者がいようか。ましてや今、暗殺ギルドの四天王に、北から派遣された強者達までもがこの屋敷には常駐しておるのだぞ。すぐに静かになる」
ボーメン子爵は自信に満ちた確信を持って使用人を落ち着かせるのであった。
「私は、暗殺ギルドの四天王の一人、幻惑士のマヌー。私を目にした瞬間、貴様達はもう私の幻惑スキルに精神を侵食されて私の思うがまま。──さあ、愚かな侵入者よ、何が目的だ、言うがよい」
屋敷の玄関前で、娼婦の様な出立の艶やかな女、幻惑士のマヌーは、目の前の侵入者達3人を相手に勝利を確信して、尋問した。
「……幻惑士か。大勇者の私には幻惑、魅了系は全く通じないぞ。他のメンバーも耐性持ちだ。この程度では動きを封じる事も出来ない」
幻惑士のマヌーを前に、英雄達は微動だにせず、そう答えた。
「そ、そんな馬鹿な!私の能力が通じないのは四天王でも一人だけ。あとは北からやって来た客人達だけのはず!?」
マヌーが驚きに顔を引きつらせていると、英雄はもう続きがない事を確認して、そのままマヌーを切り捨てた。
「……そんな……!……でも、私は四天王最弱……、他の者には勝てない……ぐはっ!」
マヌーはそう捨て台詞を言い残すと死に絶えた。
「みんな、この者はどうやら最弱の兵らしい。油断せずに殲滅するぞ」
大勇者の英雄は、そう仲間達に念を押すと屋敷に侵入するのであった。




