340話 三文芝居
街長邸潜入した翌日の朝──
タウロ達が冒険者ギルドでいつも通り火焔蟹討伐クエストを受注していると、そこにカクザートの街最強チームであるC+チーム『灰色禿鷹』が入って来た。
「早速お出でなすったぜリーダー」
アンクがタウロの耳元で囁いて知らせた。
もちろん、タウロは昨日の今日なので、その気配は覚えており、すぐに気が付いていた。
「ここに他所から来たばかりのD+冒険者チームがいるだろ?どいつだ?」
スキンヘッドのリーダーが、ギルド内を眺めて確認する。
「ハーゲンさん。トラブルは困りますよ」
受付嬢のアーマインが釘を刺した。
「受付嬢は自分の仕事をしてな。──おい、ここにいるんだろ?出て来い」
ハーゲンと呼ばれた『灰色禿鷹』のリーダーは、今度は凄みを利かせた声で言う。
「僕達の事ですか?あなたとは面識がないと思いますが何か御用ですか?」
と、タウロは怯えることなく前に出た。
「まだ、子供じゃねぇか。ふん!お前ら、ちっとばかり顔を貸せ。ここじゃ問題になるからな」
ハーゲンは意味ありげに答えると外に出る様に促した。
「ハーゲンさん!本当にトラブルは困ります!」
受付嬢のアーマインがハーゲンの発言から察してまた、釘を刺した。
「まぁまぁ、アーマインさん。僕達は大丈夫なので」
タウロは受付嬢のアーマインを宥めるとハーゲン達『灰色禿鷹』の後について外に出るのであった。
タウロ達はしばらく後をついて行くと人通りの少ない裏道に入っていった。
「お前ら俺達に挨拶がないっていうのはどういう了見だ?」
立ち止まるとタウロ達を囲む様に『灰色禿鷹』は展開して、リーダーのハーゲンが詰問した。
「冒険者ギルドにそんな規約は無かったと思いますが?」
タウロが当然の反論をする。
「この街では俺達にまずは挨拶するのが筋なんだよ!」
ハーゲンが一瞬でタウロとの距離を詰めると、胸倉を掴んで息巻いた。
タウロはそのハーゲンの腕を掴むと、ゆっくり引き剝がした。
もちろん、ハーゲンは力一杯握っているのでびくとも動かない、……つもりであったが、少年の見た目と違い、タウロのその膂力に抵抗できずに掴んでいた手が引き剥がされた。
ハーゲンは驚きのあまりタウロを呆然と見つめる。
「冒険者ギルドではこういうの、ご法度ではないんですか?そちらの為にも止めておいた方がいいですよ?」
タウロは涼しい顔で答えると、武器に手を掛けるアンクとラグーネを宥めてその場を去るのであった。
「ハーゲン!行かせていいのか?」
『灰色禿鷹』のメンバーの剣士が、ハーゲンに声を掛ける。
「そうよ、ハーゲン!ここで舐められたら『灰色禿鷹』の名折れよ?」
と、魔法使いの女が続く。
「代わりに俺が奴らを力でねじ伏せてやろう」
戦士の男が、タウロ達の後を追おうとした。
「待て。あのガキ、只者じゃない。少なくとも、その膂力は俺より上だった。ここは俺達が直接手を出さず、チンピラ達を使って今晩にでも襲わせ、痛い目に遭わせる方が得策だろう」
ハーゲンはそう言って仲間を止めるともっともらしい事を告げた。
「いつものやつか。今回はその手を使うのが早いな」
戦士の男が悪そうな笑みを浮かべた。
「いくらD+と言っても、街中で急に襲われるなんて事はそうそうないからな。脅しには持って来いだ。少し金がかかるのが問題だがな」
ハーゲンも口元に歪んだ笑みを浮かべると荷物運びの小さい男にチンピラに声を掛ける様に命令するのであった。
塩湖の周辺、火焔蟹の討伐クエストの最中──
「リーダー、奴らの雰囲気からしてまた、来るぜ?」
アンクが火焔蟹を仕留めながら背後のタウロに声を掛けた。
「私もそう思う。タウロの言った通りなら、今晩辺り、早速来ると思うぞ?」
ラグーネが嬉々として火焔蟹を倒しながら、アンクの言葉に賛同した。
「だろうね。あっちのリーダーには僕が実力を少し見せておいたから、次の手段に移ると思う。ぺらもよく反応しなかったね、偉いよ」
タウロが計算ずくの行動だったので、胸倉を掴まれても、ぺらはそれを察して反応しなかったようだ。
ぺらを褒めると革鎧の表面に擬態しているぺらがプルンと震えた。
「……そうだ。それよりも横領の証拠を早く掴まないとね。こうなったら街長の経理担当を買収した方が早そうだ」
タウロは厭らしい話、お金がある。
普段、使う場面は無いが、こういう時にこそ使うべきだろうと判断するのであった。
タウロ達は火焔蟹討伐はノルマを達成したら早々に切り上げ、アンクにはお金を持たせて経理の買収をお願いした。
「二人だけだと、危険じゃないか?」
ラグーネが慎重論を唱えた。
「そうなんだけどね。一番強そうなアンクがいない方が、あちらも襲い易そうかなって」
タウロは敵の喜びそうな状況をお膳立てしたのだ。
「そういう事か。では街中より、郊外に移動した方がもっと喜ぶかもしれないぞ?」
ラグーネが提案する。
「それは、通行人の目撃者がいなくなるから却下かな。あくまでも女子供が襲われている状況の方が、周囲も助けようと動いてくれると思うんだ。僕達は上手に立ち回って相手に襲われてるという状況を演出しよう」
タウロは相手の思惑に乗って見せつつ、こちらに不利な状況を作らない様に立ち回る算段を立てるのであった。
「なるほど。タウロが言っていた様に、チンピラを撃退したら負傷させた事を口実に領兵が動くし、こちらがやられたらそれまでだからその間を取るのだな?」
ラグーネもタウロの考えに納得するのであった。
案の定、まだ夜も深くならないうちにチンピラ達は堂々と、夕食後のタウロとラグーネの前に、人の目も憚らず現れた。
二人だけなら命令通りではなくても自分達でやれるとチンピラ達は判断したのだろう。
「何だいあんた達!キャー、誰か助けて~」
棒読みで助けを周囲に求めるラグーネ。
「君達何なんだ~」
同じく演技が下手なタウロ。
チンピラ達は二人の演技にも気にかける事無く、襲い掛かってきた。
二人はひらり、ひらりとチンピラ達の攻撃をかわしながら、棒な演技をしつつ、周囲に助けを求め続ける。
「──おい。子供と女がチンピラに襲われてるぞ!」
通行人の一人が、勇気を振り絞って他の通行人に知らせると、徐々に静観していた通行人も正義感を刺激されたのか集まって来た。
「お前ら女子供相手に恥ずかしくないのか!」
「そうだそうだ!」
「おい、誰か、領兵を呼んで来い!」
「今、うちの夫が呼びに行ったよ!」
通行人達はそう声を掛けるとチンピラ達を遠巻きに囲み始めた。
その状況に、流石にマズいと感じたのかチンピラ達も顔を見合わせると、タウロ達に怪我一つ負わせる事が出来ずに、通行人をかき分けて逃げていく。
「思った以上にここの街民は正義感が強かったね」
タウロはラグーネと笑顔で頷くと無傷でチンピラを退散させたのであった。




