270話 前日の準備
タウロは、サイーシの街の鍛冶師アンガスの弟である防具職人ランガスのお店に革鎧を改めて買いに行く事になった。
それは、翌日には攻略組の送迎が始まるからだ。
送迎だけだから安全な転移室のみの移動とはいえ、ぺらとの遭遇戦があった様な深層である。
何が起きるかわからないから準備を怠るわけにはいかない。
前回は買い物もできないままお店から追い出される事になったが、今回はすぐ用件を言って買いたい物だけ買ってしまおうというのが、タウロの目標であった。
「……ごめん下さい。買い物しに来ました」
タウロは前回の轍を踏まない為に用件を先に言った。
「お!師匠!待ってたぜ!前回のアドバイスのおかげで──」
「ちょ、ちょっと待って下さい!僕は今日、前回買えなかった革鎧を買いに来たんです。明日から必要になるのでまず買い物させて下さい!」
タウロはランガスの言葉を遮ると改めて用件を先に言うのであった。
「いや、俺の話も聞いてくれ師匠!あの後、良いものが作れてな!それを見て欲しいんだが──」
タウロの言葉を上書きする様にランガスが言う。
「だ、か、ら!まず先に買い物をさせて下さい!」
タウロも負けじと、ランガスの言葉を押し戻した。
「いや、師匠。買い物はしなくていいんだって!」
ランガスが、今度はタウロの目的を否定しだした。
「買い物はしないと明日からダンジョンに潜るので買わないと駄目なんですって!」
タウロは一歩も引かない。
前回の様に押し通されたらまた、革鎧が買えないまま明日を迎える事になる、それは避けたかった。
「そうじゃないんだって師匠。あんたの為に革鎧を作ったからそれを受け取って欲しいんだよ」
「何度も言わせないで下さい!僕は革鎧が買いた──、…え?」
タウロはランガスの勢いに負けじとしたが、ランガスの言葉にタウロは止まった。
「師匠のアドバイスで基本に戻って師匠用の革鎧を製作したんだ。これが会心の出来でな。俺は鑑定持ちじゃないからわからないが、何か付与出来た気がするんだよ。受け取ってくれ!」
ランガスは
そう言うと奥から一着の革鎧を出してきた。
タウロは『真眼』でその革鎧を見てみる。
『ベヒーモス製革鎧』
・『各種能力上昇』付与。
と、表示されている。
ベヒーモスって、この世界の神話に登場する魔物だった様な…。
タウロは素材がやばい物である事に内心たじろいた。
「これはちょっと僕が受け取るには不味い代物では……」
流石にタダで受け取れるレベルの代物ではないのは『真眼』に表示される価値でもわかった。
「この素材はいつか自分の力が確信できた時の為に取って置いた物なんだが、師匠の言葉で自信が持てて、使う事にしたんだ。安心してくれ、この革鎧はベヒーモスの一番安くで買い取れた右前脚の部分だからそんなに高い物じゃない。がはは!」
ランガスはそう言うが、タウロの『真眼』には安くは映っていない。
何しろ白金貨9枚の評価だ。
素材は安く入手できたのかもしれないが、革鎧の価値自体はとんでもないものだ、これはただでは受け取れない。
そこで、タウロはランガスの前で、この革鎧を改造するところを見せる事にした。
「ランガスさん、あなたの好意に、お礼の代わりと言っては何ですが、僕の奥の手をお見せしたいと思います」
そう言うと、超高級だがデザインは地味な作りのベヒーモス製革鎧を受け取ると、タウロはマジック収納から魔法陣が描かれた革と魔石を取り出した。
「……そりゃあ、失われた古代の魔法陣かい?それにまだ、加工されていない高級な魔石だな……」
ランガスが興味津々という感じでタウロの手元を覗き込む。
「はい。これは魔石の能力と、その魔力によって素材の能力をも引き出す為の魔法陣が組まれています。」
「なんだって!?そんな事が出来たら凄いが加工前の魔石でそんな事ができるのかい!?」
ランガスは、驚くとまじまじと魔法陣を見る。
「これをお礼に3枚分差し上げます。とは言え、この魔法陣は僕としては門外不出なもの。なのでこの描かれた魔法陣にもう一つの革に描かれた魔法陣を重ねて初めて発動する様にしています。これは剥がすとその魔法陣は消失する仕組みになっていますので気を付けて下さい」
「そんな凄い仕組みのものを3枚も!?」
「はい。ランガスさんが傑作が出来たと思ったらそれに使用して下さい、そうすれば今回のこの革鎧の元は十分取れると思います」
タウロはそう言うと、革鎧の裏側に『創造魔法(弱)』で、魔法陣の描かれた革を張り付け、ついでに表面には魔石を取り付けた。
ランガスがその手法にも驚き、一言、
「やはりあんたは俺達兄弟の大師匠だ!」
ランガスがタウロを羨望の眼差しでそう告げた時、タウロの脳裏で声がした。
「特殊スキル【&%$#】の発動条件の1つ<一流が崇拝する本物を知る者>を確認。[アンチ阻害]を取得しました。」
タウロは求めていた能力が取得出来たっぽい事に内心喜ぶのであった。




