169話 侯爵家の屋敷にて
王都のヴァンダイン侯爵家の屋敷。
改めて見ても、やはり、上級貴族の中でも上位だけありその大きさ、敷地面積、豪勢さは本領ではない王都屋敷にもかかわらず規模が凄かった。
エアリスに直接案内されてその屋敷の一室に案内されたが、そこはあまりに広く、落ち着かない事この上なかった。
「私の部屋の側だから何かあったら直接来ていいからね。」
エアリスはそれなりに忙しい様で、待機していたメイド長のメイが書類を持ってエアリスに話しかけ、それを受け取りながら自室に戻って行く後姿をタウロは見送るのだった。
タウロは大きいベッドの机に着替えや日用品のみマジック収納から出して広げた。
「ベッドの周囲以外、他のスペースをどう使えと…。」
前世でも今の世界でも広い部屋に慣れていないタウロにとって、この広い空間を持て余すのだった。
その日の深夜。
タウロの部屋のドアからノックする音が聞こえた。
「はい?」
豪華なベッドにまだ寝つけず起きていたタウロは、返事をする。
「入るわね?」
エアリスの声がした。
「うん、どうぞ。」
タウロが応じると、エアリスは入ってきた。
「話があるのだけど、いい?」
「うん、いいよ。まあ、座って。」
今日、初めてベッド周辺以外のスペースにある椅子とテーブルを使う事になるタウロだったがそれは口にせず、エアリスに座る様に促すと自分も向かいの席に座った。
「…この部屋は慣れた?」
エアリスは本題とは思えない話をしてきた。
「まだ慣れないね。僕には広すぎて落ち着かないかな。ははは。」
この場の雰囲気を和まそうとタウロは笑ってみたが、不発に終わった。
「…タウロはこの後はどうするの?」
「うーん、そうだなぁ。ガーフィッシュ商会のマーダイさんと商談の続きと商品開発についての打ち合わせとかかな?その後、君と一緒にダンジョンに行くのが今のところの予定だよ。」
「…じゃあ、その後は?」
「その後?予定が入らなければダンサスの村に戻って──」
「ここに残ってタウロ!」
エアリスはタウロの言葉を遮ってお願いした。
「…エアリス。」
「私もダンサスの村に帰りたいけど、私が今行けば、このヴァンダイン家は無くなってしまうから行けないの。後見人になってくれた王家の人とも話したけどそれは駄目だって…。だから、タウロ。王都に残ってここで冒険者を続けてくれない?それなら、私も一緒にいれるし、シンとルメヤもこっちに呼べばいいと思うの!」
「…すぐには答えられないけど、とりあえず、シンとルメヤには手紙を出しておくよ。その話はそれからでいいかな?」
「…そうよね。ごめんなさい、先走り過ぎたわ。シンとルメヤにもちゃんと話さないと駄目だものね。」
「うん。でも、今言える事は、僕とエアリス、シンとルメヤ、四人で『黒金の翼』である事は変わりないからね。」
「うん、ありがとうタウロ!」
エアリスはそう言うと涙をぼろぼろと流し始めた。
我慢していたものが流れだした様だった。
タウロはエアリスの側に行くと抱きしめ、背中をポンポンと優しく叩いて落ち着かせるのであった。
翌日からタウロは予定が空いてる時間にヴァンダイン侯爵家のトイレとお風呂をダンサスの村の自宅仕様に変える事にした。
エアリスに頼まれたのだ。
便器は創造魔法で作成して設置。
そこに、新たにタウロが考えた下水処理システムを付ける事にした。
それは、魔法陣を描いたスライムの体液で加工された石板を下水タンクの底に敷いただけのものだが、その上に糞尿が落ちると時間をかけて溶かしてしまうという仕組みだった。
魔法陣にはスライムの体液の力、消化力を発揮できる様にしてある。
消化力は強力ではないので糞尿程度しか溶かせないが、これで汲み取りの手間は省ける事になる。
それに衛生的だろう。
もちろん、作業は浄化してからやってるのでそこの君、汚いとか言わない。
お風呂の方は簡単だった。
流石貴族、浴槽は特注で作らせた立派なものだったのでそこに金貨を材料にお湯を沸かす為の魔法陣を表面に創造魔法で描けば終了だった。
あとは、お湯を沸かす時にクズ魔石を入れればOKだ。
これで、エアリスがダンサスの村と同じ便利さでお風呂に入れるはずだ。
だが、しかし…
「この屋敷、トイレとお風呂の数が半端ないんだけどね!?」
この屋敷にいる間、ゆっくりできないと思うタウロであった。




