166話 解決
執務室を出てメイド長と別れると、タウロは貴賓室に戻る事にした。
するとその途中に、このヴァンダイン家の執事と遭遇した。
執事はじろっと睨みつけると、
「なぜこんなところを平民の子供が歩いてるんだ?まだ、何も盗んでない様だが。」
とタウロの全身を見て確認した。
「どうでしょうか?貴賓室に戻る間に、盗みを働くかもしれませんよ?ついて来ますか?」
この初老の執事に皮肉を返した。
「口の利き方も知らないのか平民は!私はこのヴァンダイン侯爵家の筆頭執事だぞ!」
「《《今は》》、でしょ?」
「何だと!?」
執事が逆上して掴みかかろうとしたがタウロは軽やかにそれをかわした。
そこに、メイド長に案内されて近衛兵達が入ってきた。
「メイ、なんだこれは!どういう事だ、外の兵を中に勝手に入れるとは!また、夫人に言いつけるぞ、そうなれば、今度はただでは済まんぞ!?」
執事がメイド長メイに悪態をつきながら迫った。
「邪魔なので退いて下さい。もう、ただで済まなくても構いません。」
メイド長は、執事を鋭く睨み返した。
すると背後の近衛兵がメイド長との間に入って執事を脇に押すと、
「急ぎましょう、君もほら。」
と、タウロにも貴賓室に向かう様、促した。
執事が食い下がろうとしたが、近衛兵の1人に動きを抑えられた。
メイド長とタウロは二人並ぶと貴賓室に向かうのだった。
「──だから、あのウワーキンが勝手にやった事なので、私は関係ないわ。それに実の娘を殺そうなんてするわけないじゃない、そんな恐ろしい…。エアリスは証拠も無く親である私を責めるの?なんてかわいそうな私と生まれて来たばかりの赤ちゃん…。」
貴賓室では侯爵夫人とエアリスの言い合いが続いていた。
侯爵夫人は大袈裟な演技で同情を誘おうとし、否定すると誰かに責任転嫁し、次にすぐ証拠は?と言う。
エアリスは改めてこの実の母の自分に対する愛情の無さを痛感していた。
この人の愛情はずっと夫人自身にしか向けられていなかったのだ。
不倫相手のウワーキンさえ、死んでしまったら用無しなのか、殺した相手の事は責めるのだが、ウワーキン自身の事については触れる素振りも見せない。
「証拠はあるんでしょ?《《お母上》》。」
エアリスは、冷たく言い放った。
「何を言っているのかしらこの子は。」
侯爵夫人は当然の様にとぼけてみせた。
「度重なる私の誘拐と暗殺の失敗。相手の暗殺ギルドに支払った契約金の返却を求めて契約書を処分するわけがないもの。」
「さっきから何を証拠にそんな事をいうのかしら。あの人が亡くなってからすぐ私を責める様になって…。」
「あんたがお父様の失踪が告げられた翌日からうちに堂々と、隠れて浮気していた男を連れ込みだしたからでしょ!」
「あら、酷い言いがかり。それに親にあんたなんて…。ウワーキンは傷心の私を慰めてくれただけよ。連れ込むなんて人聞きが悪い。」
「とぼけないで!長年仕えてくれてた執事のシープスをクビにしたのも、それを指摘されたから邪魔になったんでしょ!」
エアリスが立ち上がり、目の前の悪女に怒りが頂点になった時だった。
貴賓室にタウロとメイド長のメイ、そして、それに連れられて近衛兵達が入ってきた。
「これは何事なの、メイド長!誰が、部屋に入れていいと──」
「ヴァンダイン侯爵夫人、エアリスの誘拐、暗殺未遂、あと僕の暗殺未遂も含めてここにそれを示す暗殺ギルドとの契約書が出てきました。神妙にお縄に付いて下さい。」
タウロはそう言うと、マジック収納からその書類を出して見せた。
「そんな…まさか…。…それは偽物だわ!本物は金庫に入ってるのよ?鍵もここにある!」
ドレスの隠しポケットから鍵を出して見せた。
「その発言も、証拠を裏付けますよ。その金庫から、出てきた書類なので本物です。…みなさんお願いします。」
近衛兵達は頷くと夫人の両方から腕を掴むと部屋から連れて行った。
「エアリス、助けて!ほんのちょっと魔が差しただけなのよ!お願い──」
遠ざかる声が虚しくヴァンダイン家の屋敷の廊下に響くのであった。
「…これで終わりなのね。」
怒りが頂点だったエアリスは空気が抜けた様に、椅子にへたり込んだ。
「…うん。これで、エアリスはヴァンダイン家を取り戻したんだ。」
「そうです、エアリスお嬢様。お帰りをずっと待っておりました。」
メイド長のメイが今まで我慢し続けていた涙を流すとエアリスに歩み寄った。
「苦労をかけてごめんね、メイ!」
二人は抱き合うと声を上げて泣くのであった。