163話 侯爵夫人登場
朝になり、衛兵が駆けつけると死体の検分が行われた。
そこには、この寄せ集めの刺客を指揮していたウワーキンのものもあった。
「この男は確かヴァンダイン侯爵夫人と醜聞の噂があったウワーキンですな。この男が死んだのはまずいです。捕らえた者達の話では、雇い主は一応、このウワーキンだったようですから。ウワーキンの証言無しでは、ヴァンダイン侯爵夫人の関与を証明できない。」
衛兵の責任者が、現実的な問題を上げた。
「誘拐未遂で捕らえた犯人の証言がありますよね?」
検分に立ち会っていたタウロが指摘した。
「それについてですが、昨晩、何者かによって、牢屋で殺されていました。それに、物的証拠がないと下賤な輩の証言のみでは、あちらにとぼけられると上級貴族を告発するのは難しいのですよ。なのでせめて情夫であり没落貴族とはいえウワーキンに証言させる事ができれば、良かったのですが…。」
「状況証拠では、罪を問えないという事ですか?」
「我々も王家から密命を受けております。物的証拠をみつけようとヴァンダイン侯爵夫人と、暗殺ギルドの繋がりを探っています。この両者は今回の事からみても、何度も契約を交わしてるはずです。その証拠となる書類の一つくらい残っていてもおかしくないですから。」
「書類ですか…。」
「それがあれば、動かぬ証拠となり一発でしょうな。」
「…わかりました。こちらでも探してみます。」
タウロは答えるとどうするべきか頭を悩ますのであった。
一軒家で少しながら眠っていたエアリスが起きてきた。
背後には非番ではない豪奢な板金鎧を身に付けた近衛兵が付いている。
これだけ大事となる暗殺未遂が起きたので、後見人たる王家から直接エアリスの身の安全を守る様、朝一で指示があったのだ。
「タウロどうしたの。怖い顔してるわよ。」
「あ、エアリスおはよう。そう?…そうだ、エアリス。君、王都のヴァンダイン侯爵邸の屋敷内の見取り図や金庫の場所とかわかる?」
「もちろんわかるけど、何する気?」
「もちろん、ルパン的な事。」
「ルパン?」
「えーっと、泥棒だね。」
「ちょっと。仮にもうちは中立派の重鎮であるヴァンダイン侯爵家よ?屋敷内に入るだけでも大変…、でも、ないか。」
「ないの?」
「私と一緒に行けばいいのよ。屋敷内はあの人が見張りは美観を損ねて目障りって言って嫌がってたから外は厳重でも中は、ゆるゆるだから入ればこっちのものよ。」
「いやいやエアリス!相手は君を暗殺しようとしたんだよ!?そこに飛びこんだら危険だって!」
「もちろん、近衛兵の方にも付いて来て貰うわよ。」
「でも、それじゃ、あっちが会わないんじゃないの?」
「大丈夫よ、あの人は今のままじゃ、私に後見人が付いた瞬間から自分の立場が無くなる事わかってるもの。このままでは後見人に全て管理されるだろうからそんな屈辱的な事、許せないはず。だから、私が助け舟を出すと言ったら、きっと食いついてくるわよ。で、何を盗むの?」
「暗殺ギルドとの繋がりを示す書類かな?」
「…そっか、私を殺そうとしたんだものね。その証拠があれば、あの人も終わりということか…。」
「…止めようか?」
「いえ、これだけの事をしておいて、無実で済まされないわ。多くの人を巻き込んだ以上、ちゃんと決着をつけましょ。」
「…わかった。それじゃあ、早速、ヴァンダイン侯爵邸に向かおう。」
先触れは出さず、タウロとエアリスは近衛兵を引き連れて、ヴァンダイン侯爵邸を訪れた。
侯爵夫人は、娘が近衛兵を引き連れて訪れた事に、慌てて逃げる事も考えたが証拠となる捕まった使用人は暗殺ギルドの手の者から口封じしたと報告を受けている。
自分は知らぬ存ぜぬを貫き通せばいいはずだ。
相手はウワーキンを殺した相手だ、憎くて仕方がないがここは我慢して会って自分は犠牲者だと同情を誘わなければならない。
そうだ、生まれた子を抱いて迎えよう。
乳母に任せたままで、まだろくに顔も見ていないけど早く連れてこさせなければ。
「我が子をここに連れてきて。エアリス達は貴賓室に案内しなさい!私が抱っこして行くから準備するのよ!早くしなさいこの役立たず!」
エアリスの来訪を伝えたメイドは、「はい!ただいま!」と、答えると慌てて退室する。
隣室の乳母にその事を伝えると乳母はベビーベッドで眠っている赤子を抱きかかえて夫人の元に連れて行く。
寝息を立てていた赤子であったが、いざ、夫人に抱かれると目が覚め泣き始めるのだった。