13話 主食改革
前世の記憶が戻ってから半年がたった。
前世の記憶はあくまで知識を入手したという形であり、タウロは物知りな頭でっかちの8歳の子供でしかない。
だが、その知識が大きいのも確かだった。
異世界ファンタジーものでよくある現代知識で無双する事も可能だろう。
だが、少し調べるとその知識が諸刃の剣である事も知った。
聞いた話だが、頭の良い浮浪者が商業ギルドにアイディアを持ち込みお金にしようとした。
特許を取ろうとしたのだ。
この世界では、個人のお金になるアイディアを守る為に商業ギルドに登録して保護し盗作されない様にしている。
だが、これは国や貴族、商人達の間で作られたものだった。
この浮浪者のアイディアはとある貴族のものとして登録され、浮浪者自身は翌日には街外れの森で死体で発見された。魔物に襲われた”らしい”。
この話の信憑性はわからなかったが、聞いてみてそれが自分だったらと思うとゾッとした。
自分も元浮浪者で、まして8歳の子供だ、どうにでもなる存在だった。
いや、貴族や商人にしたら存在しないものとして処理するのも容易だろう。
最初に駆け込んだのが冒険者ギルドで良かったと思うタウロだった。
「落ち着いたら現代知識を活用しようかと思ったけど不用意には出来なくなったなぁ。」
タウロは考え込んだ。
「となると、技術的に人にマネされにくい地味なものでいくか!」
タウロには今の自分の強みである浄化を使った裏技を思いついていた。
それは酵母菌の発酵だ。
酵母菌の発酵には雑菌をどうにかしないといけない。
それを浄化で処理するのだ。
そもそも、この世界は不衛生極まりなかった。
上下水道なんて整備されておらず、糞尿の処分は業者が各所を回って回収し街外れに廃棄する。
それも、廃棄場所は適当らしい。
手を洗うという習慣もほとんど無く、酵母菌を使ってパンを作るという事も中々ハードルが高いのだ。
だがこれが成功すれば、フワフワのパンが作れる。
というか食べれる。
タウロは、この世界の主流であるライ麦で黒パンが異様に固い事に不満だった。
黒パンは、スープに付けて柔らかくして食べるのが常識でパン単体で食べるには本当に固すぎた。
前世ではパン好きだっただけに柔らかいパンを知識として知っているタウロは記憶上のパンは憧れになっていた。
という事で…
「1週間かけて、果実を浄化で殺菌しつつ、酵母菌を作りました!」
冒険者ギルドにある台所の一角を借りて1人盛り上がるタウロ。
それを不思議そうに覗き見る受付嬢のネイ。
「この砂糖水に浸したリゴーの実をどうするの?」
貴重な砂糖を使った果実に興味をそそられたのか聞いてきた。
「これからパンを作ります!」
「パン?デザートじゃなく??」
「はい!これを使って小麦から柔らかい白パンを作ります。」
「白パンってお金持ちが食べる高級なあれ!?」
デザートじゃないとわかってがっかりしていたネイの瞳が輝きだした。
ネイの食いつきにちょっとびっくりしながらも
「これまでにないパンを作ります。」
というと、生地を捏ねる作業を続けた。
「じゃあ、寝かせたパン生地を焼きます。」
パン窯が無いのでフライパンで生地を焼いていく。
「あ、膨らんで、ほのかにリゴーの実のいい香りがする!」
ネイの食いつきが半端なかった。
「パン窯じゃないのであんまりふっくら焼けなかったけど完成です。」
タウロがナイフでパンを切り分ける。
ネイはもう、食べる気満々だ。
そこに香りを嗅ぎつけたのかギルドの支部長レオが台所に入ってきた。
「なんだこのいい香りは?うん?パンか。」
お世話になっている二人だ、タウロはレオの分も切り分けると勧めた。
「ふっくら柔らかい白パンです、どうぞ、召し上がって下さい。」
ネイは生地を触ると
「表面はカリカリだけど中身が凄く柔らかい!」
と感動し、
レオは、
「なんじゃこりゃ!?」
と驚き、
二人ともすぐ完食したのだった。
「こんなに柔らかい白パン初めて食べたわ…。」
「貴族の家で食べたものより、美味しかったぞ!」
二人の評価は高く、冒険者ギルドが運営するお店で売り出そうという案がすぐに持ち上がる事になったのだった。