③
私の下には、タイム王子とセージ姫の2人しかいない。
けれども、この2人は幼い頃から自立していた。実質私が末姫扱いをされてきた。
真面目一徹のタイムは、自由気ままな天才肌の婚約者キョールさんの面倒までみている。
神龍の巫女様から不適切なアプローチを受けていた時も、隙を見せずに対処していた。
末っ子らしく我が儘なセージは、気づくと姿が見えなくなっている。その為か、影が薄いオマケ姫だなんて噂されている。
そのくせ、目が離せないとは思われていないのだ。自分のしたいようにさせてもらっている。
悪口は言われているけれども、罰を受けたとは聞かない。
だけれど私は、いつでも指示通りに動かなければいけなかった。
目が離せない、信用出来ない、と、大きくなった今でも末っ子の味噌っかす扱いだった。
私だって、下の2人みたいに自分の意思で動きたい。
気ままな町歩きだってしてみたい。
そう思ったある日、私は城を抜け出した。
わが王家には、お忍びで町の視察をする授業がある。その時使った衣裳を何とか手に入れて、こっそり着用した。
そうして私は授業の振りをして、堂々と城門から外に出た。
私だって、やれば出来るのだ。
他の兄弟達と違って、私は、赤毛青目の凡庸な姿だ。偉大な祖先である『魔法王ナスタチウム』の先祖返りだと言うけれど。魔法は苦手だ。
縮れた赤毛は絡まりやすく、また広がりやすくもある。婚約者がしょっちゅう手を伸ばして私の赤毛を撫で付けてくるので、嫌みったらしいったら無い。
そんな見た目が幸いして、私は町に溶け込んでいた。
誰も私をジロジロ視ない。
誰も私に指図しない。
なんて自由な事であろうか。
町の広場に差し掛かる。人通りが多くなった。
授業で来たときには無かった店が出来ていた。授業の時にはあった店が、何軒か無くなっていた。
そんなことさえ目新しくて楽しい。もっと早く抜け出せばよかった。
お小遣いは、授業の残りを持ってきている。
下2人のしていたように、『視察経費』の申請も抜かりなくしておいた。
あら?これ、抜け出したって言えないのでは。経費申請で見抜かれているに違いない。
今まさに、私のスケジュール管理担当官へ確認が行われている可能性が高い。
王家が誇る『鉄壁護衛』も、着いて来ているだろうし。いつも通り何処にいるのか解らないけれど。
王家の者に何かあったとき、間に合わなかった事なんて、王国史上一度だって無いのですもの。
必ず着いてきているはず。
そう気が付いて、がっかりしたような、ほっとしたような、へんな気分になってしまった。
気を取り直して、飲み物でもいただくべく近頃兄妹達が良く訪れると聞く裏町のカフェを目指す。
カフェへと続く細道は直ぐに見つかった。
でも、私の足は、そこへ曲がっていく前に止まってしまった。
(いつもの事ですね)
大通りから1本それた裏通りにある、そのこじゃれた小店は、大きな窓で中が丸見えだった。
しかも、私の婚約者は、窓際の席に人目も憚らずに座っていた。
彼の席には、向かい合って座る女性がいた。
昼間から随分とお酒を召しているらしい。テーブルには、お酒の瓶が沢山並んでいた。
女性はお酒もてつだってか、かなり楽しそうだ。
彼の回りでは良く見かける風景だ。
何時もと違うのは、彼が女性と2人きりだと言うことだ。他に連れは見当たらなかった。
バカバカしくなってしまって、私はカフェには行かずに町を後にした。
それから何度か町へ行ったが、行く度に彼はその店に居た。
何時も女性を連れていた。毎回違う女性だった。どの女性も、酷くお酒に酔っているようだった。
(なんて趣味の悪い)
何人目かを見掛けたときに、思わずジロジロ見詰めてしまった。
(でも、スカハン様は、そんなに楽しそうじゃないみたい?)
思い出してみれば、楽しそうなのもお酒を呑んでいるのも、何時も女性の方だけだった。
(もしかして、情報屋って人種なのでは?)
そう考えると納得が行く。
色々な女性から聞き出した、好ましい仕草や町の流行りを全部試すから、チグハグなのだ。
きっと彼女達は彼にとって先生で、お礼にお酒をご馳走しているのだろう。
彼だって多少は外聞を気にして、1人当たりにつき1つの事を1回だけ教わることにしているに違いない。
でも。それでは彼が、浮気者みたいに見えてしまうではないか。
1国の王女と婚約している自覚が足りない。
そんなことすら気がつかないとは、やはり何処か抜けている。
気が利かないのは、演技ではなかった。
心がすっと軽くなる。これは大きな収穫だ。
私は、うきうき城へと帰る。
覚え書き
スカハン=鏡
ナスタチウム=キンレンカ。食用ハーブ、シンボルとなるのは戦勝