久しぶり、憧れの人
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古びた木造建築のアパート
歩く度にギシギシとなる床に胡座をかいて、卓袱台の上を見つめる
親の仇を見るかの如く鋭いその目は彼の全財産、1251円を見据えていた
……………やってしまった…
長い身体を折り曲げ、机に突っ伏す男
実は先月まで刑事として数々の事件の捜査に当たっていたのだが、これがまた厄介なほどの正直者でお人好し
取り調べでは犯人に感情移入して役立たず、
殺人事件で近隣の住民に聴取をする時は、捜査内容を全て洗いざらい吐いてしまい、犯人に逃げられそうになる始末、
最後の一撃とばかりに、上司がズラだと言うのをこれまた馬鹿正直に言ってしまったが最後、警察をクビになったのだ
「………一日一食、二百円で押さえたとして……人間は水は四、五日、食事は三週間なくても生きられるから…」
どうやら残りの全財産1251円で生き延びられるギリギリを計っているようだ
もって1ヶ月………ダメだ、死んだ
いっそのこと最後の贅沢にパーッとラーメンでも……
……ここでステーキと浮かばないのが虚しい
男は重い腰を上げ、フラフラと立ち上がった
背丈は控えめに見ても180cmはあるだろう
十分な栄養が取れていなそうな痩せたその姿はカマキリのようだ
モジャモジャ頭に丸眼鏡
まるで浮浪者の様な出で立ちだ
……といっても、まだ二十代と若く、おかしな髪と眼鏡によって判りにくいが、鼻筋の通った綺麗な顔をしていた
………新しい仕事を探せって?
それが以外に難しいのだ
今日だって、勤務先のコンビニをクビになったばかりである
店長がズラだと気付いて、またも馬鹿正直に伝えてしまったとらしい
もちろん店長は激怒
正直者は馬鹿を見る
まさに彼の為にある言葉だ
自分は薄毛とは相性が悪いらしい
そう割りきって彼は店長に頭を下げるも、即刻クビを言い渡されたそうな
「……………仕事……………」
もう上の人間のヅラでクビになりたくない
たが、仕事しないと飢え死にだ
でも、やっぱりハゲは嫌いだ
………………あぁ!!もう無理だ!
ドタンッと床に倒れ混み、大の字で寝そべった
アパートイチの大男が倒れた衝撃でボロアパートはグラリと揺れた
そのせいか立て付けの悪い本棚から古いハードカバーの本が落下した
直撃すれば暫くは痛みで動けないだろう
だが、腐っていようが元刑事
瞬時に軌道を予測し、訓練で鍛え上げた動体視力でギリギリ本を受け止めた
「…………シャーロック・ホームズ」
懐かしい……
小学生から高校生まで、何百回と読んだ作品だ
読書感想文は当たり前のようにホームズの活躍する話だったし、高校の卒業旅行では奮発してロンドンに出向いた
自分は紛れもないシャーロキアンだった
………そう、だったのだ
高校卒業後、警察学校に入学
その後は訓練やら、勉強やらで小説を読む暇などなく
二十二歳で刑事に、その後三年間現場を駆け回り、帰ったら飯も食べず、風呂にも入らず眠ることも多かった
………今なら、読める
情けなく音をたてる腹を擦りながら、本を開いた
…………ホームズ………やっぱり天才だぁ…
ありがとう、コナン・ドイル先生
グーを通り越して、ゴロゴロと鳴り始めた腹の音も聞き流し、本を読み進めた
そういえば小学生の時、名字の土居を土居て読んでた時もあったなぁぁ……
そういえば、「空き家の冒険」を読んで武術を初めてのめり込んでいって、それを警察になればいかせると思って……
その瞬間ピカンッと頭の中に光が灯った
探偵………いいかもしれん
刑事時代の経験も生かせるし、組織も関係ない
……いい………凄くいい!!
気分が高揚し、勢いよく跳ね起きた
さっき以上の揺れに下の階から怒鳴り声が聞こえる
何時もは謝りにすっ飛ぶのだが、今はそんな礼儀など記憶の彼方に消え去っていた
まずは資金集めだぁぁ!!
目標を見つけた事で気合いが入り、早速埃を被ったパソコンを開き、稼げるバイトを探しだした
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