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08話 ランク評価

 明るい日の光が差し込み、慣れないベットの上で目を開く。

 疲れていたはずなのにあまり眠れた気がしない。


 着替えて眠い目をこすりつつ部屋を出ると、すでにサラーサが待っていた。

「おはよう、エリル!」

 すごく気合が入っているように見える。


 今日が今後を左右するランク評価の日だ。

 評価結果が悪いとほとんどの講義を受けられなくなるとか、国を代表して留学してきた僕らに許されることではない。


 部屋を出ると既にサラーサが待っていた。

「おはよう、サラーサ。待った?」

「いいえ、私も今さっき部屋から出てきたところよ」

 そう言うサラーサの手元には栞から随分進んだところを開いた本がある。

 魔術師は朝に弱いと聞いていたけど、サラーサは違うみたいだ。

「ならいいけど・・・カナミはまだかな?」

「ランク評価は午前中に行けば間に合うから、来ないようなら起こしに行きましょ」

「そうだね」

 ランク評価の試験についてサラーサと雑談をしつつカナミを待つ。


 約束の時間を過ぎてそろそろ起こしに行こうかと思いだしたころ、ようやく上の階からカナミが降りてきた。

「ふぁーあ。二人とも朝早くから元気だな」

 かなり眠そうだ。寝癖で髪の毛が跳ねている。


「カナミ、寝癖で髪の毛が立ってるわよ。ブラシ使う?」

 言うが早いかサラーサはブラシを持ってカナミに駆け寄る。

「いいよブラシなんて! 多少髪が乱れてたところで魔力が減るわけじゃないし」

「そう言わない。身だしなみも魔術師の嗜みだと思うわ!」


 カナミは抵抗するが、サラーサは手際よくブラシで髪を整えていく。

「これで良しと」

 あっという間に髪が整った。


「もー、親じゃねぇんだからそういうのはやめろよなー」

 カナミは悪態を着くが、そこまで嫌がっている感じでもない。

「それじゃあ行こうか」


 身だしなみについて文句を言いあう二人を仲裁しつつ、

 学生寮から少し歩いたところにあるグラウンドへと移動した。


 グラウンドには大きなテントが幾つも建っていて、眠そうな学生たちが並んでいる。

 見回すと大きな白いひげの魔術師が僕らの方を見て手招きしている。


「おはようございます! 新入生のノエイン・エリルです。ランク評価を受けに来ました!」

 僕の挨拶に二人も続く。

「おはようございます。ラムレス・サラーサです!」

「ゴナシ・カナミだ」


「朝から元気じゃの。おはよう、ワシはダン・アニルじゃ。このテントでは魔力マナの評価を行っておる」

 アニル先生がテントに入るよう促す。

 緊張しているのか後ろでサラーサが息を飲む音が聞こえた。


 テントの中に入ると一抱え以上ある大きな水晶が置いてあった。

 入り口が閉じられて中が暗くなると、それは淡く光って辺りを照らし出した。


「この水晶は魔力感知球と言ってな、魔力マナの量と質を測ることができるのじゃ! しかも、この大水晶は特注品でな、魔術師の力をより詳しく調べることができる」

 説明するアニル先生は得意満面だ。


「さぁ水晶に触れて魔力マナを込めるがよい!」

 アニル先生の掛け声に、カナミが戸惑うことなく水晶に触れた。


 その途端、水晶は白く輝いて目を開けていられないほどにテントの中を照らした。

「おおぉ! 素晴らしい魔力量じゃ!」

 アニル先生は感嘆の声を上げた。


「もう手を放してよいぞ!」

 カナミが手を放すと再びテントの中は暗くなった。

「はっ、どんなもんよ」

 カナミは得意そうに言葉を吐いて後ろに下がる。


「次はどっちじゃ?」

 アニル先生の問いかけに、

「エリル君、お先にどうぞ」

 と僕はサラーサに押し出された。


「それじゃあ―――」

 仕方なく僕はそのまま進み、水晶に手を伸ばす。


 もし水晶が光らなかったら。

 そんな一抹の不安に心臓が高鳴る。

 そっと水晶に触れた手の平から冷気が伝わってくる。

 手に力を込め、体の中に流れる力を押し出すようにイメージをする。


 そして―――水晶が瞬いたと思った瞬間、

 パキッ!

 何かが弾けるような音と共に水晶が光を失い真っ二つに裂け、テントの中は真っ暗闇になった。


「わっ!?」

「なんじゃと!!」「っ!」「お?」

 僕が驚いて後ずさる中、みんなの声が続いた。


 ズン

 暗闇の中で転がり落ちた欠片が鈍い音を響かせる。


「大丈夫! エリル!?」

 サラーサがどこからともなく取り出した明かりを持って近寄ってきた。


「何が起こったんだ?」

 僅かな灯りを頼りにカナミが辺りを見渡す。


 ぱっと燭台に火が付き、テントの中が明るくなった。


 見るとアニル先生が、割れた水晶を覗き込んでわなわなと震えていた。

「・・・ワ・・ワシの! 大切な! 大水晶がああぁぁぁっ!」

 アニル先生の絶叫が響き渡った。


 これは不味いのではないだろうか?


 すると間髪入れず、外からアニル先生に似た顔立ちの魔術師が駆けこんできた。

「何事じゃアニル!? すっとんきょんな声を上げおってに・・・っと、おぅおぅこれは盛大にやりおったな、あの大水晶が見る影もない。だからあれほど安物でやれと言ったじゃろうに」

 割れた水晶を見て何が起こったか把握したみたいだ。


「だ、だがな、オットー、この大水晶を破壊する魔力マナなぞ、いったいどれほどの量が必要か! それほど、それほどとは・・・」

 アニル先生が頭を抱え項垂れる。


「わかったわかった、起こってしまったことはしょうがないじゃろ。大水晶については学長に直訴するしかないの」

 アニル先生を軽くなだめると、オットーと呼ばれた先生はこちらへ向き直った。


「さて、仕方のない不慮の事故じゃ、学生は気にせんで良いぞ。とりあえず、お前たちは次の評価じゃ、付いてくるとよい」

 オットー先生はあっさりと外へ出て行こうとする。


「あ、あの!」

 サラーサが慌てて声を上げる。

「ああ? なんじゃ?」

 オットー先生が振り返る。

「私、まだここでの評価が終わってないんですけど・・・」

 僕が大水晶を壊してしまったせいだけれど、どうするんだろう?


「なんじゃまだじゃったのか。なら、代わりの魔力感知球が来るまで、お主はここで待機じゃ」

 オットー先生は詮無く出て行こうとする。


「そんな――――そうだ!」

 サラーサは声を詰まらせるも、何かを思いついたらしい。

「小さいですけど、これを代わりに使うことはできませんか?」

 持ってきたカバンから手のひらサイズの水晶を出した。

 荷物が多いと思ったらそんなものが入っていたんだ・・・


「光らせるとこんな感じになります!」

 先生たちが何か言う前に水晶を掲げ、水晶がうっすらと青くなった。


 これは光ってると言っていいのだろうか?


 色の変わった水晶をアニル先生が興味なさげに流し見て

「・・・ゴミじゃな、水晶も魔力マナも」

 ため息とともに酷評した。


「うぐ」

 サラーサがガックリと項垂れる。

 余りの言いように僕が口を出そうとすると、オットー先生が間に入った。


「アニルよ、魔術は魔力マナの量が全てではないぞ! 確かに魔力マナは少ないが、質はそれなりじゃ」

「オットー、幾ら質がそれなりでも、術が出来上がる前に魔力マナが尽きてしまっては意味が無いのじゃ」

 アニル先生は尚も手厳しい。


「魔術の出来、不出来を見定めるのがワシの仕事じゃて。全員付いてくるがよい」

 そういってオットー先生はテントから出て行った。

 僕らもそのあとに続く。


 オットー先生に連れられて行った先では木彫りの人形が陽気に踊っていた。

「さて、自己紹介が遅れたの。わしはダン・オットー。魔術を扱う技術力について評価をしておる」

 オットー先生は人形を指さし

「向こうで踊っているのが、ウッドゴーレムのウッちゃん2号じゃ」

 随分と適当なネーミングだ・・・


 オットー先生は悪戯をするかのように笑みを浮かべ

「カナミと言ったかの」

「ああ?」

「ウッちゃん2号を全力の魔術で攻撃するのじゃ。できるものなら破壊しても構わんぞ!」

「ハッ! 俺の出身を知ってそんな安い挑発をするかジジイ。いいじゃねーか、ぶっ壊してやんよ!」


 言うが早いか、木人形の前に仁王立ちになったカナミは詠唱を始める。

 術式が広範囲に展開され、周囲の空気が揺らめく。

「業火よいでよ! ヘルファイアー!!」

 叫び声とともにカナミの手から炎が放出され人形を包み込む。


 見つめること数刻、威勢よく木人形に炎を放ち続けていたカナミが顔をしかめる。

「いい加減に燃え尽きろ!」


 僅かに火勢が増すが、やがて膝をつき詠唱をやめた。

 炎が収まった先には、木人形が相変わらず意気揚々と踊っていた。多少焦げ目がついたようには見えるが・・・


「くっそ! 木製のくせに炎への耐性高すぎだろ!」

 汗だくになったカナミは肩で息をしながら悪態を着く。


「はーはっはっは、残念じゃったの。ワシのウっちゃん2号の耐久性能は並大抵ではないぞ」

 オットー先生は結果に満足したのか、満面の笑みだ。


「じゃがまあ上出来じゃ。先の評価も踏まえると余裕のS判定じゃ!」


「ハッ、当然だ! 二度とこんな無駄なことはしないからな!」

 戻ってきたカナミはふて腐れて座り込んだ。


「ほれ二人とも、続いてやってみるのじゃ。なんならそこの的で腕ならしをしてもよいぞ」

 オットー先生は壁に掛かった的を示す。


「エリル! せっかくだし、同時に魔術を撃ってみまじょうよ!」

 サラーサはさっきと変わってやる気みたいだ、魔術の扱いには自信があるらしい。


「いいよ」

 せっかくだし練習しておこう。

 オットー先生は木人形を磨いて焦げ目を落としてる。


「カナミ! タイミングとって!」

 転がってるカナミを起こそうと引っ張ってみるも。

「めんどくさい」

 あっさり拒否された。


「いいじゃないこれぐらい」

 サラーサも加わって引っ張る。

「へいへい、わぁーったよ」

 僕ら2人に引っ張られて渋々承諾する。


 魔力を飛ばすだけなら長い詠唱はいらない。

 僕らは並んで、手を突き出した。


「それじゃあ、3・・・2・・・1・・・ゼロ!」

 声に合わせて体に流れる力を指先から放つ。

「ボルト!」「フリーズ!」


 サラーサの手元に霞のような塊が形作られ投擲されようとしたその瞬間、

 短い炸裂音と共に僕が放った雷撃にかき消された。


「あっ」

「酷い」

 サラーサが僕に非難の目を向けてくる。


「ごめんサラーサ。つい目が行って・・・」

 僕の魔術は狙いが難しい。よそ見をしていると特に。


「何を遊んでおるのかの。で、どっちか先にやるのじゃ?」

 オットー先生が声を掛けてきた。


「今度は私が先にやるわ。また壊されたら目も当てられないし!」

 さっきと変わってサラーサが前に進み出た。


 彼女は木人形に手を向けて詠唱を始める。

 今度ははっきりと氷の短剣が形作られる。

「凍り付きなさい、フリーズ・ゼロ!」


 サラーサの掛け声と共に氷の短剣が投射された。


 カッ!


 短剣は甲高い音をたてて木人形に直撃し・・・砕けて霧散した。

 これで終わりかと思っていると木人形の表面に氷が広がり始めた。


 氷に覆われてだんだんと動きの鈍る木人形。しかし、あと一歩のところで氷は溶けはじめ、短剣が当たった場所に僅かな傷痕を残して元に戻った。


「この木人形、冷気耐性もあるの!?」

 驚愕するサラーサ、顔色が少し悪い。


 木人形は何事もなかったかのように意気揚々と踊りだした。

「はっはっはっ! すごいじゃろ! すごいじゃろ!」

 オットー先生はご満悦のようだった。

 属性への耐性は対になっていて、炎への耐性が高いと氷や水への耐性が落ちるはずだ。


「まさかさっきの試し打ちの間に・・・」

 サラーサは何か察してオットー先生をめねつける。

「なんのことじゃろかな?」

 オットー先生はとぼける。

「次じゃ次。エリルじゃったな、お主の番じゃ」


「エリル、この木人形・・・」

 サラーサが耳打ちする。

「大丈夫、わかってる」

 おそらく、学生の使う魔術の属性に合わせて耐性を変えているんだろう。

 でも、今回は木人形を壊すことが目的じゃない。


 僕はサラーサに目配せをして懐から耳栓を取り出す。

 それを見たサラーサは両耳を押さえて後ろに下がっていった。


 これを練習する機会は、セルバウルではほとんどなかった。

 さっきの事もあるし上手く人形を狙えるだろうか?

 緊張に震える左手に右手を添える。


 詠唱を始めると、僕の周りで溢れる力が光り、全身が逆立つような感覚を得る。


 左手の先に形作られた光の槍を木人形に向け押し出す。

とどろけ、クオーターボルト!」

 周囲が光に包まれ、大雷音に体が震える。

 拡散しようとする稲妻を無理やり押さえつけ、

 光の槍はジグザグに進みながらも木人形に直撃した。

「ヨシ!」


 僕の掛け声と共に木人形は粉砕され、周囲に飛び散った。

 かろうじて残った下半身も煙を上げて崩れ落ちた。

「あーー」

「なんと! ウっちゃん2号が!!!!!」

 オットー先生が叫び声を上げ目を白黒させる。


 間をおかず、飛び散った欠片から火の手が上がり下草に燃え移る。

「おお! いかん! いかんぞ!」

 オットー先生はすぐさま我に返り消火を始めた。

 魔術で水が撒かれ、蒸気が濛々と上がる。


 音を聞いてか、アニル先生がやってきた。

「ほっほー、やはりやりおったな! あの鬼耐性のウっちゃん2号が見る影もない!」

 砕け散った人形を見て状況を把握したのか、オットー先生にそれ見たことかと目線を送っている。


 やがて消火を終えて戻ってきたオットー先生はアニル先生と顔を見合せ、2人そろって僕の前に立った。


 僕がたじろいて後ろに下がろうとすると二人で左右の肩を掴む。

「えっと・・・」

 二の句を告げずにいると、


「しれっとした顔で、わしの大水晶を砕き」

 地の底から響くような声でアニル先生が言い、

「あっさりとわしのウっちゃん2号を灰に変えた」

 オットー先生が呟く。


 肩を掴む手に力が入り少し痛い。

 苦笑いするしかない僕に、アニル先生が口を開く。

「先の炎使いも稀にみる逸材じゃったが・・・」


 オットー先生が続く。

「それを超えて、こやつは見たことのないレベルじゃ」

 と、唐突に二人は言い放った。


「合 格 じゃ」

「合 格 じゃ」


 二人の声が重なり、満面の笑みで肩をバンバン叩かれた。


「お主のランクはSランクじゃ! SSSとかにしたいが、そんなものはありゃせんからの」

「これからの活躍に期待しておるぞ!」

 どうやら2人ともご満悦のようだった。


 オットー先生は僕の心情を察したらしく、

「なに、ウッちゃんならまた作ればよい。幾ら出来が良かったと言え、壊れてしまったのなら致し方ないのじゃ。役目を果たしたのじゃし、悔いは無かろうて」


「大水晶はちと痛かったが・・・必要経費じゃ。学長に新しい水晶を要求するとしよう」

 アニル先生は少し無念みたいだ。

 そんな中、おずおずとサラーサが間に入ってきた。

「あの・・・私のランクは?」

 眉間にしわ寄せて不安そうだ。


「なんじゃお主、まだおったのか」

 オットー先生は全く意識の外だったらしい。


「あの程度の魔力マナじゃの、Bランクじゃ」

 アニル先生が手厳しい結果を下す。Bランクだとだいぶ出られる講義が減ってしまう。


「アニル、魔術のセンスは良かったのじゃ。Aでいいじゃろ」

 オットー先生からの評価は少し良いみたいだ。


「甘いなオットー。しかし・・・そうじゃな。稀な逸材に出会えて気分も良い、Aでかまわんか」

 アニル先生が妥協した。


「Aランクじゃ」

「Aランクじゃ」

 二人の声が再び重なる。


「私って・・・」

 おまけのような扱いにサラーサは項垂れた。

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