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07話 初めての学友

「んーっ、くぅーーーー」

 広々とした湯船で体を伸ばすと、つい声が漏れる。

 昼間というのもあって、やってきた大浴場には自分以外に誰もいなかった。


「アンナが聞いたらうらやましがるだろうな~」

 人目を憚ることもなく、自由気ままに広い浴槽を漂う。

 時折、湯船に魚のようなものが泳いでいるのが見える。

 何気なく手を伸ばして触れると、それは溶けて消えてしまった。


 ひとしきりお湯を堪能してお風呂から上がる。


 持ってきた制服に袖を通すとサイズはピッタリだった。

 鏡に映る姿は魔術師にしか見えない。


 なんとなくポーズを決めてみる。

「魔術師のノエインエリルだ!」

 何となく言って見たものの、気恥ずかしさに加えてちょっとした背徳感を感じた。


 軽く涼んでから軽い足取りで部屋へと向かうと、

「お隣の人ですか?」

 隣の部屋から顔を出した学生に声を掛けられた。

 澄んだ水色の髪をした真面目そうな女性だ。


「僕はノエイン・エリル。ちょっと前にこの寮に到着したところだよ」

「私はラムレス・サラーサと言います。よろしくお願いします」

 丁寧にお辞儀をされた。


「こちらこそよろしく! 僕はセルバウルから来たんだけど、サラーサさんはどこから―――」 

 何気なく出た言葉に口元を押さえる。

 セルバウルは長く魔術師と戦争をしていて、国によっては険悪になる可能性が大いにあった。


 言い直すこともできず後悔する中、サラーサが口を開いた。

「私の国はセルバウルの南にあるフィクサスよ。どんな国かは知っていると思うけれど・・・説明は必要?」

 良く知っている国で僕は胸を撫で下ろした。

 フィクサスはセルバウルの隣国になるけれど、魔術師の国としては珍しくセルバウルとは良好な関係にある。


「フィクサスから来たんだ! 僕は行ったことはないけれど、話には良く聞いているよ! 部屋も国も隣同士、仲良くしようね!」

「そうね、仲良くしましょう」


 学園初めての友人だ。

 と、


 ぐぅぅ~~~


 お腹が鳴った。

「あ、あはは。これからお昼ご飯に行く予定なんだけど、サラーサさんは?」

「それならご一緒させてもらおうかしら。あと、同級生だしサラーサでいいわ。エリルも呼び捨てで構わないかしら?」

「いいよ、サラーサ! ちょっと部屋に荷物を置いて来るね」

 僕は鍵を使って扉を開け、部屋に荷物を放り込んだ。

 扉を閉めると、サラーサが僕の手元を凝視しているのに気が付いた。


「扉を開けるのに道具が必要なのね」

 サラーサには鍵付の扉が不思議らしい。


「兄上の指示で作られた特注の扉らしいんだけど・・・」

「ずいぶんとお兄さんには大切にされてるのね」

 間髪おかず納得するサラーサ。

 そう言い切られると恥ずかしい。


「それで扉は閉まったの?」

「あっ、大丈夫、もう閉まってるよ」

 慌てる僕を気にすることなくサラーサは扉に見入っている。


「食堂へ行こうか、サラーサはもう何回か食堂に?」

 先んじて僕は歩き出す。サラーサも続いて付いてくる。

「まだ行っていないわ。私も学生寮についたのは先日で、国から持ってきた食料の残りがまだあったから。エリルは旅の食料は残ってないの?」

「一緒に来た兄上達はそのままゴルグレーの首都まで行くらしくって、特に食料は分けて貰わなかったからね」

「ふーん。お兄さんとは随分と仲が良いみたいね」

「異母兄弟になるけれど、凄く良くしてくれてるんだ。あと、兄上は双子で、姉上もいるよ。サラーサは?」

「私には弟が2人いるわ。って、異母兄弟なのにそこまで仲が良いってすごいわね」

 考えられないと言った風にサラーサが僕を見る。

「ちょっと行き過ぎなところもあるけどね・・・」

 兄上からあまり国の話はしないようにと釘を刺されていたけれど、心配しすぎだろう。


 階段を下りるとあっという間に学生で賑わう食堂へと着いた。

「こっちだよー」

 声のする方を見るとイーリス寮長が手を振っている。

 見知らぬ赤髪の学生と一緒だ。


「おお! もう他の学生と仲良くなったんだね!」

 僕らが一緒に来たことにイーリス寮長はご満悦だ。

 席に着くとアームの付いたカートがやってきて、水の入ったコップをテーブルに置いて行った。


「彼女も今年入った留学生だよ。あの有名なエイレーンから来てるんだ! 部屋は君たちのひとつ上の階になるけど、仲よくしてあげてね!」

 有名と言われても僕は知らない国だった。

 赤髪の学生が立ち上がる。


「ゴナシ・カナミ、ご紹介のとおりエイレーン魔法国からの留学生だ。よろしく」

 一瞬、目が獲物を狙う猛禽類のように見えたが、さっと表情が変わり笑顔で握手を求めてきた。


「僕は、ノエイン・エリル、セルバウルから来ました。で、彼女は」

「私は、ラムレス・サラーサ、フィクサス共和国の留学生です」

 取りあえず何も考えずに挨拶をして握手を交わした。


「セルバウルにフィクサス? へぇ、面白い国から来たんだな」

 カナミは少し驚いたような顔をする。

 サラーサが即応する。

「面白い呼ばわりは心外です。国名は変わりましたが、ラムレスの町からは過去にドラグノーツへ幾人もの留学生を出しています」

 面白い扱いは不満みたいだ。

 僕の国は・・・魔術師から見えれば変わった国だろうから何も言うまい。


「悪い悪い。言い方が悪かった。その辺りの地域に興味があってな。深く気にしないでくれ」

 カナミは頭を掻きながらあっさりと謝罪した。

「まあいいです。エイレーンと比べたらフィクサスの知名度なんて足元にも及びませんからね・・・」

 サラーサもそれ以上追及する気はないらしい。


「エイレーンはそんなに有名なの?」

 その辺りの関係について僕はあまり詳しくない。


 僕の質問に横からイーリス寮長が首を突っ込んできた。

「エイレーンはゴルグレーの最も古い同盟国で、国王陛下と血縁関係のあるすごい国なんだよ!」


 横からサラーサも説明に加わる。

「攻めのエイレーンに守りのゴルグレーって言われるほど、ゴルグレーと肩を並べる力を持った有名な国よ。魔術とはあまり関係ないけど、エリルはもっと地理や歴史を勉強しておいた方がいいと思うわ」

 にべもない。


「昔の話さ。今や魔術の冴えは落ちて、戦場で活躍するのはゴルグレーの兵士ばかり。大臣達も温める椅子を守ることにしか興味のないロクデナシだらけさ」

 カナミは国に色々と思うところがあるみたいだ。


「・・・国の内情はどこも似たようなものね」

 サラーサもカナミの意見に同調する。


「だからこそ、このチャンスを物にして俺は成り上がる。って算段さ」

 カナミには大きな野心があるみたいだ。


「私もここで色々と学んで、フィクサスをもっと発展させるつもりよ」

 サラーサも大きく出た。


「僕も同じかな・・・」

 兄の受け売りだけど、僕もそう信じて疑わない望みがあったが、彼女たちの前で発言するのは気が引けた。


「お互い未来のために頑張ろうね。これからよろしく!」

 取りあえず聞かれる前に話題を終わらせる。

「そうね」

「そうだな」

 2人の声が続いた。国は違えど初めてできた同い年の友人だ。


「エリル、地理と歴史の勉強に良い本があるから、あとで貸してあげるわ」

 僕を見るサラーサの目が輝く。

 剣術を教えるといって、僕のことをめった打ちにする姉上の目に通じるものがあって背中がざわつく。


「えっと、読みやすい本なら嬉しいかな・・・」

 話を聞くのは好きだけれど、本を読むのは苦手だ。


「さて! 自己紹介も終わったし、ご飯にしよう!」

 イーリス寮長が手を上げると使い魔の鳥がメニューを持って飛んできた。

 メニューをさっと受け取るも、開かずに僕らの方を見る。

「今日のお勧めはフレッシュチーズのパスタだよ!! 今朝、郊外の牧場から仕入れがあったばかりだからね! 絶対後悔させないから!」

 かなり自信のあるお勧めらしい。


「じゃあ、僕はそれにしようかな」

 イーリス寮長に勧められるがままに注文を決めるが・・・


 ぱっとカナミがイーリス寮長の手からメニューを奪う。、

「チーズと言ったらピザだろ! 俺はフレッシュチーズを使ったピザで」

 チーズならと別のチョイスをする。


 サラーサも横からさっとメニューを覗き見て、

「私はフレッシュチーズを使ったサラダとサンドイッチのセットにするわ」

 しれっと違うものを頼んだ。


「むー! エリル、今朝のバターケーキは二人だけで食べようね!!」

 お勧めを選んでもらえなかったことに拗ねたらしいイーリス寮長は、おもむろに僕が渡したケーキの箱を取り出す。


「そいつは?」

 カナミは知らないらしい。

「それってセルバウルのバターケーキじゃない? しかも一番良い奴よ!」

 流石にサラーサは食いついてきた。


 その後、3人がバターケーキを分ける分けないの押し問答をしている間に、注文した料理が届いた。

 食堂の料理は思っていた以上に美味しく、3人で絶賛していると早々にイーリス寮長は機嫌良くしてみんなでバターケーキを食べることになった。

 カナミは甘いものが珍しいのかその味に驚き、サラーサは大好物らしく大喜びだった。


 その後も旅の話で盛り上がり、あっという間に寮生活の初日は終わってしまった。

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