06話 学生寮へ
もぐもぐ
「あれ?」
もぐもぐ
「意外と早く出てきたわね」
もぐもぐ
学長室から出るとパンを頬張った女性が声を掛けてきた。
口元がジャムで汚れている。
「あなたが新しい留学生ね! ワタシは寮長のイーリス。これからよろしく!」
汚れた口元を袖でぬぐってイーリス寮長はVサインでポーズを決める。
何というか、想像と違って軽い・・・
「ノエイン・エリルです。よろしくお願いします」
とりあえず笑顔で挨拶を返す。
イーリス寮長はしげしげと僕のことを眺め、
「これから仲良くしようね!」
満面の笑顔だ。と、僕の持っていた袋に目を止める。
「それは?」
学長に渡せなかった手土産だ。
「学長に渡すはずのお菓子だったんだけど、アマリア学長代理に受け取ってもらえなくて・・・」
「じゃあ、ワタシが貰うね!」
言うが早いかイーリス寮長は袋を奪って開けに掛かる。
袋の中にあった箱を開くと、バターの甘い香りが広がった。
「バターケーキだ!」
イーリス寮長が飛び跳ねて喜ぶ。
バターケーキはセルバウルの特産品の一つだ。
もし学長に渡せなかったら適当に処分しても良いってことだったから、イーリス寮長に渡しても問題ないだろう。
上機嫌にスキップするイーリス寮長に連れられ、あっというまに学生寮へとやってきた。
入り口を潜ると、歓迎の旗を持った木人形が数体立っていて、
ファンファーレが鳴ると共に旗を振りだした。
「学園最強のイーリス寮へようこそ! 歓迎するわ!」
イーリス寮長が仁王立ちになってポーズを決める。
学園最強・・・気になるけど触れないでおこう。
「こいつらはうちのゴーレム達よ!」
人形達の表面には模様のように複雑な術式が書き込まれている。これが魔法で動く人形・・・
「1階には広い談話室と最高の食堂、2階にはこの辺り最大にして唯一の大浴場があるのよ! 食堂以外は一日中開いているから、好きに利用して!」
バンザイのポーズを繰り返すイーリス寮長。
とりあえず体が動くのが性みたいだ。
「大浴場があるんだ!」
セルバウルでは温泉が湧いていたりして入浴の習慣があるが、魔術を使う国の多くはサウナか魔術で体を洗うのが主流だと聞いていた。お風呂があるのは嬉しい。
「諸国から推薦を受けた留学生をお出迎えするんだから当然! 寮生以外にも開放してて、最近は混雑していることも多いんだよ。時間によっては貸切にできるから、一人で使いたいときはワタシに言って!」
そういえば国賓用の寮だったっけ。
なんにせよお湯に浸かれるのはありがたい。
「そうそう、寮生活を送るのに幾つか注意点があって、えーっと・・・」
イーリス寮長は懐から手帳を取り出した。
「ひとつ! 道から外れた場所に一人で入らない! ひとつ! 開けた扉は閉める! ひとつ! 夜間は無暗に出歩かない! あと、なるべく2人以上で行動して、学外へ出る際はワタシに連絡!」
箇条書きにされた内容を読み上げていく。
危険な野山に入るような規則だ。
「以上!」
規則を読み終えたイーリス寮長が上目づかいに僕を見る。
「質問は・・・ないよね?」
理由の説明は苦手みたいだ。
大体はカトレアに聞いた内容と同じだ。
「大丈夫です」
「・・・ほっ」
イーリス寮長はすごく察しやすい。
諸諸の説明も終わって、ようやく寮の部屋へとやってきた。
ぱっとみ、扉が他の部屋と違う。
「扉が新しい・・・?」
「ああそれはね、セルバウルから指示があって特注の扉になってるんだ。他の部屋は魔術で鍵の開け閉めをするんだけど、それが信用できないんだとか」
言ったのは兄上だろう。
イーリス寮長は首に掛けていた紐を手繰り上げ、胸元から一本の鍵を取り出した。
「魔術が効かない魔道具だとかで・・・おかげで、鍵を忘れて入れなかったり、無くしそうになってハラハラしたんだから!」
イーリス寮長は鍵を僕に押し付けるようにして手渡した。
寮長の体温で鍵はホカホカだ・・・
鍵穴に鍵を差し込んで回すと、カチッと音がして扉が開いた。
部屋の中に入ると、先に届けてもらった僕の荷物と・・・送った覚えのない箱が2つ。
その片方に僕は目を丸くする。
「置いてきたはずなのに・・・」
イーリス寮長も箱を見て、不機嫌な声を上げた。
「この箱! 防犯対策が凄いのは分かったけど、ゴーレム達が持ち上げられなかったせいで運ぶのが大変だったんだから!! 荷運びの子に手伝ってもらったから何とかなったけれど、次に運ぶ時はエリル1人で運んでね!!」
その理由を察して僕は顔を引きつらす。
「ごめんなさい、次から気を付けます」
理不尽だと思うも取りあえず謝る。
「もう済んだことだからいいけど!」
プンプンと口を尖らしてはいるが、箱の中身について特に思うことはないらしい。
この箱には留学先では使うことはないと思って置いてきた僕の武器と防具が入っている。
先の鍵を含め魔術を無効化する特殊な金属で作られていて、これはセルバウル最大の軍事機密だ。
セルバウルは秘術で魔術を無効化すると恐れられているが、実際は鉱山から掘り出された特殊な金属のおかげだと知られたらどうなるだろうか? 考えただけでも恐ろしい。
僕の自衛のためだって兄上は言うかもしれないが、無暗に魔術師に預けるなんて一体何を考えているんだろう?
「最後に・・・学園生活で最も重要なコレ!」
イーリス寮長は止める間もなくもう一つの箱へと手を掛け中身を取り出した。
「じゃじゃーん! この学園の制服だよ! どう!? カッコイイでしょ!」
「すごくいいです!」
セルバウルでは白い軍服ばかりだったから、黒を基調とした制服は新鮮だった。
無駄に凝った刺繍も良い感じだ。
「カッコいいでしょ!」
イーリス寮長は自分の功績のように胸を張る。
「基本、学内では制服で過ごしてね! 傷みや汚れを防いでくれる魔術が掛かっているけど、案外簡単に破れたり燃えたりするから注意してね!」
「燃えたり!?」
僕の声に答えてイーリス寮長が背中のマントを広げる。
「こんなふうにね」
と、そこにはいくつも焦げた穴があった。
「もっと火の耐性を上げたらいいのに、バランスが大切だとか言って全然対応してもらえないし。一応、購買で買えるけどめちゃ高いんだよ」
一体何をしたらそんなに焦げてボロボロになるんだろうか・・・
「とりあえず説明はここまでだね、あとは食堂の使い方かな? どうせだから一緒にご飯にしよう。お昼の鐘が鳴ったら食堂の席で待ってるから!」
「わかりました」
「それじゃ、普段は1階の部屋に居るから、何か困ったことがあったら言ってね!」
そう言うとイーリス寮長は手を振って颯爽と行ってしまった。
ついに一人暮らしだ。
目にとまったベットに飛び込む。
ふかふかなクッションに沈み込み体の力が抜ける。
それほど大きくはない部屋だけど、家より広く感じる。
微睡みつつ、顔を上げると窓から街の時計塔が見えた。
昼まで結構時間がある。
制服に着替えてみようと思ったが、ここまで結構歩いて汗をかいていることに気が付いた。
時間もあることだし、お風呂に入ってから着替えよう。