53話 塵は塵に
環境変化に伴いスマホからの投稿になります。誤字脱字があったらすみません。
カナミは動かなくなったツエナ先輩に一瞬目を向けるも、特に気にかけることもなくすぐに僕らの方へと向き直った。
「まったくマスターがやられちまうとはな、都市丸ごと破壊する計画が国境の防衛機能だけになっちまったじゃねーかよ」
まるでいたずらが失敗したかのような調子でカナミが話しかけてくる。
「カナミ・・・・」
囮の爆発はそれなりのダメージを与えたようで、カナミの頭は血に染まり利き手があらぬ方向に曲がっている。
「どうしたエリル、そんなに不安そうな顔をしてよ」
陽気な声とは裏腹に、その目は鋭く僕らを見据えている。
「・・・・僕は不死身だ」
これ以上攻撃を受けてメサを傷つけるわけにはいかない。
「そうかもな。ただちょっとエリルの抱えてる死体が気になってな」
カナミは僕が抱えているメサの体を顎で指す。衛兵の死体はすべて心臓を一突きにされていて、首を斬られたような死体は他に見当たらない。順当に考えて僕が首を斬られても平気だった原理に感づいたのだろう。
「サラーサが助けを呼びに行ってる。もうすぐ衛兵の増援が来るから、僕らにかまってる暇なんてないはずだよ」
それとなく逃げるように促してみるが・・・・
「なに、数回試し斬りをしてみるだけさ。それくらいの時間はあるぜ」
そう言ってカナミは切っ先の折れた刀を僕らへと向けた。見逃してはくれなさそうだ。
「僕らを攻撃することに何の意味があるっていうんだよ!」
「意味ならあるさ。ちょっとした好奇心もあるけど、王族の大事な娘が殺されたとなればたとえ他国の仕業とはいえセルバウルとゴルグレーの仲に深い亀裂が入るだろうよ!」
そう言って歩みを早めようとしたカナミの背後からアンデットが飛び掛かったーーーーが、一瞬でアンデットは両断され地面へと転がった。
「衛兵共の死体をアンデットに変えて操るとか、ずいぶんと素敵な魔術じゃねえか! 不死身の件と言い、これがセルバウルの魔術なのか?」
メサの仕業だが問いかけに答える義理はない。
(死体どもでは足止めにもならぬな。仕方がない、我が奴の足を止めようぞ。汝はその隙に全力で逃げよ)
(でも確か魔力はもうほとんど残ってないハズじゃ・・・・)
メサの魔力は僕がツエナ先輩を倒すのに殆ど使ってしまったはずだ。
(我の頭を奴に投げつけよ。僅かとて自爆に使えば目くらましぐらいにはなろうぞ)
(それは絶対に嫌だよ!)
僕の身代わりとなって首を切り落とされたって言うのに、その頭を投げつけるなんてできるわけがない。
(せめてあの刀を受け止められる物があれば・・・・)
そう思って辺りを見渡してみるも、カナミの刀による攻撃に耐えられそうなものは全く見当たらない。万事休すだ。
「人様を身代わりにして生き残るってのは、さぞ楽しいんだろうな!」
「そんなことあるわけがないじゃないか!」
咄嗟に怒鳴り返すと、カナミが腰を屈めて深く沈み込むのが見えた。ヤバい、攻撃範囲に入ってしまったみたいだ。
(今じゃ、投げーーーー)
「そこまで! 全員動きを止め、武器を捨てて投降しなさい!」
メサの念話に反応してその頭を投擲しそうになったその時、扉の方から燐とした声がが響いた。
見ると赤い光をまとったフィーア先輩が部屋の入口に立っていた。
「もう来やがったのか・・・・」
動きを止めたカナミは値踏みするようにフィーア先輩を見ている。
「武器を捨てろと言ったはずです」
「わかったって、ほらこれで良いだろうよ」
カナミはあっさりと持っていた刀を床へと置いた。
「これは・・・・アンデット?」
僕らに近寄ろうとしたフィーア先輩は、周囲にたたずんでいた衛兵のアンデット達を見咎めた。
「フィーア先輩、これは――――」
「白の会の会長さんよ、こいつらがここを襲撃した犯人だ!!」
僕の声を遮ってカナミが声を上げた。
「違う! ここを襲撃したのはカナミ達だ。僕らじゃない!」
メサの起こした事件を知っているフィーア先輩に対してこの状況はあまりに不味い。
「助けを求めてきた学生から急ぎ聞いた話では、襲撃で全滅した衛兵の死体を囮にするためアンデット化したと聞きましたが?」
サラーサは無事に外へ脱出できたらしい。
「囮とするにはどう見ても数が多すぎるだろうよ。助けを求めに行った学生もこいつらの仲間だ。よくわからないセルバウルの魔道具で衛兵をアンデットにして操ってるんだ」
いい加減なことを言うのにも程があるけれど、セルバウルのことを知らないと真に受けられる可能性もあった。
「セルバウルの魔道具? いいえ、こういったことができる人物を私はよく知っています」
カナミの話を聞いて、フィーア先輩の纏う光がより赤みを増したように見えた。
「どうやらまたやったのですね、メサ」
そう言ってフィーア先輩は感情を感じさせない視線を僕らに向け歩き出した。
道すがらフィーア先輩が近くのアンデットに軽く触れると、それは不意に砕けて塵となって消えた。余りのことに僕は戦慄し、メサの体を抱えたまま後ろへ下がる。
「こ、これは仕方がないことだったんだ! それよりも早く治療しないとメサが死んじゃう!!」
フィーア先輩のメサへの不信は知っている。だけど今はそれどころじゃない。一刻も早く理事長の研究室にある修復槽にメサを連れて行かないといけない。
何とか釈明しようとするも、フィーア先輩は口を開こうとする僕に手を向けて制した。
「不要な発言はその身を不利にすると思いなさい。今はあなた達を拘束します、抵抗しないように」
フィーア先輩はそう言うと向かう先を変え、カナミへと歩み寄った。
「どうして一人だけなんだ? 施設の一大事なんだぞ?」
「最初に助けを求められたのが私でしたからね。衛兵は他の学生が呼びに行っています」
「そうか――――それならまだチャンスはあるってことだな!」
言うが早いか、カナミは足元に転がっていた刀を宙に蹴り上げて掴み取り、目にも止まらぬ速さでフィーア先輩へと切りかかった。
「あぶない!」
フィーア先輩は咄嗟に飛びのいて回避するも、大きく踏み込んだカナミの二太刀目が迫る。
「歯向かうのなら容赦はしません!」
フィーア先輩は床を踏み砕いて回るように飛び上がり二太刀目を躱した。
「甘めぇ!」
返す刃で三太刀目がフィーア先輩を捉え襲いかかる。
フィーア先輩は咄嗟に障壁を展開するが――――
「その武器に障壁はダメェェッ!」
「これだから魔術師ってやつはなぁ!」
切っ先の欠けた刀は容易く障壁を破壊し、無防備に宙を舞うフィーア先輩の体を捉えて切り裂いていく。
服が裂け、鮮血が舞い―――――次の瞬間、カナミが目を見開いた 切り裂かれて飛び散った血が時間を戻すかのように戻り始め、切り裂かれた肌が塞がっていく。
「てめぇも――――」
そんなカナミの叫びが聞こえるが早いか、宙を舞うフィーア先輩の回転蹴りがその頭に突き刺さった。
次の瞬間、砲弾のようなスピードでカナミは頭から吹き飛ばされ、垂れ幕の下にあった木製の壁を突き破って見えなくなった。
(強力な自己治癒と身体強化じゃな)
あまりのことに呆然としていると、フィーア先輩が僕らの前に仁王立ちになった。服が裂け肌が露わになっているというのに全く気に止める様子もはい。
僕は慌ててメサの頭と体を背後に隠した。
「フィーア先輩・・・・」
(エリル、もう大丈夫じゃ!)
メサがやり遂げたと言わんばかりの様相で念話を送ってくる。
(フィーアよ、良いタイミングで来てくれたのじゃ。感謝するぞ! もう少しでまた迷惑を掛けることになるところじゃった)
「既に十分迷惑な状況だと思いますが・・・・なぜまたこんなことを?」
メサの念話はフィーア先輩にも聞こえているらしい。
(我の持つ力ではこれしかできなかったのじゃ。あの時はそれがまだ理解できていなかったから、あのような酷い間違いを犯したのじゃ・・・・)
「理解が足りなかったからあの事件は起こったと?」
(グレー達があのように動くとは思うておらんかった。力を与えることはあっても、恩返し受けることには未だに理解が足りておらぬ)
「あなたの隠れ家を見つけ、グレー達の彫像を見ました」
(そうか、見たのか・・・・)
僕がフィーア先輩に教えた情報は功を奏したらしい。
「もっと早くにあなたの思いを知るべきでした」
(すまぬのじゃ、ただ今年になるまで謹慎扱いでの)
「まったくこんな時ですらふざけた態度のあなたを恨めしく思います」
(下僕の手前、これが今の我なのじゃ)
「下僕のために主が死ぬと言うのですか?」
(それが我の勤めなれば)
「まったく、メサは昔からそうでしたね」
2人の関係が気になったが、今はそれどころじゃない。
「フィーア先輩! 話は後にして! 早くメサを治療しに行かないといけないんだ!」
(そうじゃな。すまぬがそろそろ頼むのじゃ、これ以上意識が保てそうにないでの)
「メサ!?」
「わかりました」
メサの念話にフィーア先輩が快諾する。
「そんな! だめだよ! 僕はメサに助けてもらったお礼を何もできてないんだ!!」
「あなたは昔からそうでしたね頑固で不器用。まあ、それは私も同じことですが」
僕の懇願も虚しく、フィーア先輩が詠唱と共に僕らの周りが淡く光り始めた。
「フィーア先輩! お願いだからメサを殺さないで!」
僕はメサの体を精一杯抱きしめる。
「メサ、あなたの罪を許します。その魂に救いのあらんことを!!」
(下僕よ、達者でな)
「メサ―――!!」
まばゆい光が僕らを包み込み、何も見えなくなった。