52話 起死回生
ようやくの主人公視点です。
背後から振り下ろされた刀は僕の首を通り抜け、何事もなかったかのように視線の先へと現れた。
軽い衝撃はあったが痛みは一切無く、それが意味することを考えると胸が張り裂けそうになる。
今の一撃で――――メサが死んだ。
茫然としている僕の頭を、カナミがぞんざいに掴んで持ち上げる。
「マジかよ、確実に切り落としたってのにどうなってやがる!?」
「――――凄いわ! 怪しげな文献で見たことはあったけれど、不死の奇跡って本当に実在したのね!!」
ツエナ先輩も声を上げ、何が起こったかを知りもせず勝手に盛り上がっている。
僕のこれは不死じゃない。メサが身代わりとなってダメージを受けてくれているだけだ。メサがおそらく死んでしまった今、僕には何の奇跡もありはしない。
こんなことならドラゴンと戦った後に契約を解除しておくべきだった。たとえメサと仲違いしても・・・・むしろ仲違いしていれば、サラーサの部屋から宝石箱を盗み出すことにもならなかったんじゃないだろうか――――
あのとき誘惑に負けて問題を先送りにしたことを悔やんでいると、騒いでいた二人が静かになって空気が変わった。顔を上げるとツエナ先輩の持つネックレスが光っていて、何かを確認したカナミが部屋から飛び出して行くのが見えた。
「さて、長い付き合いになりそうだし、折角だから面白いものを見せてあげる」
そう言ってツエナ先輩が壁に掛けられた垂れ幕に手をかざすと、ぼんやりと光り始めてどこかの廊下を映し出した。
「此処の機能の一部よ、遠くを見る魔術というものね。正規の使い方じゃないと見える範囲はこれが限界みたいね」
やがて像がはっきりとしはじめ、フードをかぶった学生の姿が見えるようになった。
「この建物の中なのだけど、誰かわかるかしら?」
ツエナ先輩が楽しそうに問いかけてくる。
「・・・・サラーサ?」
フードを被っていて顔が良く見えないが、おそらくサラーサだろう。金属の棒を一心不乱に振り下ろして石像が持つ何かを破壊しようとしている。さっきカナミが飛び出していったことを思うと、何かの仕掛けなんだろう。
「あれを壊されると外に逃げられるようになってしまうのよね。建物内にいる分には放っておいてもよかったのだけれど、残念ね」
カナミが向かった意味を察して愕然とする。
急いで助けに行かないと! そう思って駈け出そうとするも、両手両足に巻き付いた氷の鎖はびくともしそうにない。
「あなたはここで見ているしかないの」
怪しげな笑みを浮かべたツエナ先輩が僕の傍へとやってくる。
僕がサラーサの部屋から宝石箱を盗み出さなければ、こんなことにはならなかったのに・・・・
剣を失って鎖に繋がれ、弾き飛ばされたはーちゃんも辺りには見当たらない。メサの命と引き換えにして生き延びたっていうのに、友人のピンチをただ傍観するしかないなんて、あんまりだ。
悔しさのあまり唇を力いっぱい噛みしめる――――が、思っていた痛みは返ってこなかった。力いっぱい嚙んだというのに、唇から血が出る様子すらない。
(これって――――)
(声を上げるでないぞエリル、全く余計な傷を増やしおってに)
僕が疑問を感じると同時に、もう聞くことはできないと思っていたメサの声が頭の中に響いた。
(逆転ノターンダゼ!)
はーちゃんの声も続く。これは念話だ! 何をどうやったのかは知らないけれど、メサは無事だったみたいだ。
「あっっ」
嬉しくてつい声をあげそうになった瞬間、僕の頭をツエナ先輩が掴み上げて映像の方へと向けた。
「よぉく見ておきなさい、友人の最後を。さぞ無念でしょうね、こんなことになって」
(サラーサは無事じゃ、映像は気にするでない)
ツエナ先輩が楽しそうに僕の顔を覗き込む。つい頬が緩みそうなのを堪えてツエナ先輩を睨みつける。恐らく映し出されているサラーサはメサの魔術による幻か何かなのだろう。石像の指が殴られて折れ飛ぶ様は何とも生々しく思えるけれど・・・・
(よいか、我らがツエナ先輩を倒す機会を作る。汝はそのチャンスにとどめの一撃を決めるのじゃ)
(メサ、怪我の度合いは? もうこの部屋の中にいるの?)
(詳しくは後じゃ。何かは知らぬが囮の様子が見えていて好都合ぞ、あの囮にカナミが襲いかかったらスタートぞ。ツエナ先輩の気を逸らして汝の拘束を外す)
(武器は?)
(石弾に混ぜてあのカトレアが持っていた剣を投げ渡す、汝はすべての魔力を剣に込めてツエナ先輩を殴りつけよ)
カトレアの剣は魔力を込めることで威力を増す。今のメサにどれだけの魔力が残っているかわからないけれど、それでも恐ろしい威力になるように思えた。
(手加減するでないぞ!)
どうやら心を見透かされたみたいだ。知人とはいえ今や彼女は非道なテロリストだ、失敗は許されない。
(始まるぞ、構えよ!)
メサがそう言うと映像に抜身の刀を持ったカナミが姿を現した。カナミはそのまま地面を滑るように移動して囮の背後へと肉薄し、背後から刀で串刺しにした。
次の瞬間、映像が掻き消えて大音響が建物を揺らした。
「はぁぁ!? 何が起こったっていうの!?」
揺れで舞い上がった粉塵が視界を遮る中、声を上げて驚くツエナ先輩に無数の影が襲いかかった。
が、間髪入れずツエナ先輩の衣服が光り、出現した氷剣がカウンターを決めた。
「がぁあああああっ」
「何よこいつら!? 一体どこから・・・・」
カウンターを食らった影は声を上げて一瞬のけぞったが、姿勢を立て直すと再びツエナ先輩へと襲いかかった。
「攻撃が効いてない?」
ダメージに臆することなく向かってくる影に、ツエナ先輩はたまらずその場から飛び退いた。
「まさか防衛用のゴーレム?」
舞い上がった粉塵がおさまり、影の姿が露わになった。氷剣に貫かれたそれは、魂の凍えるような怨嗟の声を上げつつ生気を感じさせない眼を僕らへと向ける。
「なっ――――なんで衛兵の死体がアンデットに!?」
突然現れたした衛兵のアンデットたちにツエナ先輩が戸惑う。死体があったとはいえ、アンデット化するのにはかなりの時間を要するのが常識だ。
死体が動くという恐ろしい様に僕も声を失っていたが、その中に一際小さいそれを見つけて胸が締め付けられる。
白い肌に付いた無数の傷、今にも千切れ落ちそうな右腕、そして――――小脇に抱えられた小さな頭。どう見ても死体と化したメサの姿だった。
思わず目をそむけそうになったその時、メサから念話が届いた。
(始めるぞ!)
「どういった仕込みか知らないけれどアンデットになったところで雑魚は雑魚よ! 一掃してあげるわ」
そう言ってツエナ先輩が範囲魔術の詠唱を始めるが――――
―ストーンアロー―
メサから放たれた石弾の無防備でいたツエナ先輩に降り注いだ。
「そんな!? アンデットが魔術を使うなんて! ありえないわ!!?」
メサからの魔術攻撃を咄嗟に交わしたツエナ先輩は詠唱することも忘れて狼狽している。
―ストーンアロー―
再びメサが石弾を放つと、ツエナ先輩は慌てて防壁を張って身を守った。
(―キャンセル・マジック―)
石弾に紛れて放たれたはーちゃん魔術が僕を拘束する鎖を打ち砕いた。そっと目を向けるも、ツエナ先輩の意識はメサに釘づけになっていてバレてはいないみたいだ。
―ストーンアロー―
再度メサが声なき声で石弾を放つ。
「ああもうわかったわよ、鬱陶しいわね! アイスソード!」
3度目の攻撃を受けて少し正気に戻ったツエナ先輩が反撃に転じた。障壁で石弾を防ぎつつ、放たれた数本の氷剣がメサを貫く。
(メサ!)
(今じゃ、飛ばしたぞ!)
(ウケトメロ!)
僕の心の叫びを無視してメサとはーちゃんの掛け声が重なる。他に気を配っている余裕はない、無我夢中で立ち上がると、どこからともなく飛んできたカトレアの剣を受け止めた。
「いつの間に拘束を!?」
僕が自由に動けることに気が付いたツエナ先輩は慌てて僕の方へと向き直るが、遅い。剣を掴んだ勢いのままに僕はツエナ先輩の懐に入り込み、ありったけの魔力を注ぎ込んだ剣を振り下ろした。
「くらえぇぇぇ!」
熱せられて煌々と赤く輝く剣がツエナ先輩に迫る。
「この私がこんなガキなんかに!」
ツエナ先輩が咄嗟に展開した分厚い障壁に剣が一瞬受け止められるも、瞬時に障壁は粉砕されてほとんど勢いを減じないままの剣がツエナ先輩へと食い込んだ。次の瞬間、大雷音と共にカトレアの剣が弾けツエナ先輩は吹き飛ばされて壁へと叩きつけられた。
「かはぁっっ!」
そのままずるずると崩れ落ちると、ぶすぶすと煙を上げつつ床に転がったまま動かなくなった。肉の焦げる嫌な臭いに人殺しの実感を強く感じて立ち尽くしそうになるが、頭を振って振り払う。
「メサ! 僕やったよ!!」
(そう・・みたいじゃな・・・・)
力を使い果たしたのか膝をついて倒れ込もうとするメサに、僕は慌てて駆け寄った。抱きとめたメサの体は氷のように冷たい。
「メサ! メサ!! ああもう! 早く修復槽のところへ行かないと!!」
メサの致命傷なんてまだ生易しいと言えるほどの状態に、目から涙が止まらない。これまでさんざんメサを治してきた修復槽なら、まだ一縷の希望はあるかもしれない。そう思って抱き上げようとした僕の手をメサが止めた。
(エリル、もう手遅れじゃ)
「そんなことないよ! まだ会話だって出来てるし!!」
メサに触れた手が震える。
(あと僅かしか意識を保つことができそうにないのじゃ。我らが汝に襲い掛かる前にここから離れよ)
「嫌だ!!!」
メサの受けた傷は僕が受けるはずだった傷だ。助かる可能性がある限り僕は諦められない。
(わがままを言うでない。アンデットは生者に害をなす存在、今は我の意識で抑えているがいずれ人を襲うようになる。幸いなことにここなら逃れ隠れる場所も無いようじゃし、処理し損ねることは無いであろう)
「そんなこと言わないで!」
折角、折角助かったって言うのに! こうなったら無理やりにでもメサを抱えて連れて行こうと両手に力を込めたところで、それは起こった。
ギィィン!
金属を固いものに突き立てるような甲高い音と共に、辺りが少し薄暗くなった。
「何!?」
(まさか・・・・)
(読ミヲシクジッタミタイダナ)
見ると部屋の奥に描かれていた魔法陣に僕の剣が突き立てられ、巨大な結界石の光が消えていた。
「まさか1年生ごときにここまで邪魔されるなんて、まったく思いもしなかったぜ」
剣の横には――――爆発で吹き飛んだはずのカナミが獰猛な笑みを浮かべて立っていた。