48話 幕引き told by 襲撃者
襲撃者視点 最後
(♫ ♬ ♩ ♬~)
魔道具が発動した途端、頭の中にマスターの歌声が響いた。念話というものらしい。
作業の邪魔をされることをマスターはかなり嫌うが、もはや手段を選んでいる余裕はなく、意を決して念話を飛ばす。
(マスター、問題が発生した。支援を要請したい)
少しの沈黙の後、マスターの刺々しい声が返ってきた。
(574、それは私が大切な作業をしていることを理解した上での発言かしら?)
押し問答をしている余裕はないので、問いかけを無視して理由を手短に告げる。
(魔術も効かず刀で斬りつけてもダメージを与えられないイレギュラーが現れた)
(何それ、ふざけているの?)
オレもそう思う。
(セルバウルのノエイン・エリルって学生だ)
(・・・・へー、あの子ってそんな力があったのね)
名前を聞いてマスターの声色が変わった。
(それで状況は?)
(一発貰って押され気味だ。あとラムレス・サラーサって学生も建物内に入り込んでる)
マスターに状況を伝えつつ、エリルが振り下ろしてきた剣を飛び退いて躱す。できれば早々に話を終わらせて支援してほしいが・・・・
(ネズミはその2人だけかしら?)
(そう伝えたつもりだが?)
他の侵入者は確認していない。
(ほら、最近一緒に講義を受けるようになった怪しげな子がいるって言ってたじゃない。メイって名前だったかしら?)
(知らねえよ、オレに疑似人格の記憶は入ってねぇし)
情報を与えられていないオレには推測する手立てはない。切羽詰まった状況に、考えればすぐわかるようなことを聞かれて少し苛立つ。
(・・・・まあそうね。とりあえず、こっちに連れて来ることを許可するわ。準備が整ったら教えるから、それまでは何とかしなさい)
(りょーかい)
とりあえず話をつけることができて胸を撫で下ろしていると、気を抜いた隙を突いて跳躍したエリルが剣で薙ぎ払いをかけてきた。
慌てて刀で受け止め踏ん張るが、
「ぐっ」
重い一撃に焼いた腹の傷が悲鳴を上げる。ここにきてエリルの剣筋に迷いがなくなってきていた。どうやら多少の怪我を負わせてでもオレを止める決心がついたようだ。
息つく間もなく繰り出されるエリルの剣を防ぐ度に、意識が飛びそうなほどの激痛が走る。血が足りないこともあって、このままではマスターの所に行く前に体が限界に達してしまいそうだ。
「なあエリル、少し停戦しないか?」
少しでも時間が稼げないか画策してみるが・・・・
「なら今すぐその刀を捨てるんだカナミ!」
とりつく島もないようだ。
何か気を引くような話題を振りたかったが、こんな事態を想定していなかったからオレにはこいつの情報がほぼ入っていない。仕方がない、さっきマスターから聞いたメイって奴の居場所でも探ってみるか。
「なあエリル、メイも一緒に来てるのか?」
「っ!!!!!」
そう問いかけた瞬間、神速の突きが頬をかすめた。
「何すんだよ、あぶねぇな!」
藪蛇だったようだ、危うく口を引き裂かれるところだった。
オレの文句に再び無言の突きが返される。メイが建物内に入り込んでいる可能性は、無きにしも非ずといったところだろうか。
そうこうしているとマスターから連絡が入った。
(準備できたからいつでもどうぞ)
いいタイミングだ。すぐさまエリルから距離を取って、捨て台詞を投げつける。
「もういい時間みたいだから、このぐらいでお開きにしてやるよ。じゃあな!」
そのまま身を翻して、背後にあった階段を駆け昇る。
「待て!」
エリルの奴は良い具合に頭に血が上っているようだ。必死になって後を追いかけてくる様子に、つい笑い出したくなる。
ふらつく体に鞭を打って走り、目的の部屋の中へと転がり込んだ。中はちょっとしたホールになっていて、テラス状になった祭壇の奥には大きな魔石の一部が見えている。
「そこまでだ! もう逃がさないよ、死にたくなかったら武器を捨てるんだ!」
振り向くと、エリルの剣がオレの胸元に突き付けられていた。
「まったく煩わしい奴だな。血を流し過ぎたせいで、もうかなりグロッキーなんだが?」
「二度は言わない。武器を捨てないなら・・・・」
目が座っている。今にも切り捨てられそうな気迫に冷や汗が流れ落ちる。
「わーったよ、降参するから堪忍しろや」
エリルの足元に刀を投げ捨てて膝をつく。
「いったいどこからこの刀を・・・・」
エリルはオレを警戒しつつ、刀を拾うために腰を下げた。
目が刀に向いた瞬間を見計らい――――魔法帽目掛けて隠し持っていたナイフを投擲した。
「そう簡単に終わるわけねえだろ!」
かなりの勢いをもってナイフが魔法帽に突き立つが、頭に吸い付いているかのように外れる気配がない。
「ちぃっ!」
マスターに手を貸してもらうにしても、ある程度は装備を引き剥がして魔術が効くようにしておく必要があったわけだが、失敗に終わったようだ。
「よくもやったな!!」
怒ったエリルが剣を振り上げる。
膝立ちになっているオレには、その攻撃を防ぐすべがない。
袈裟懸け切りにされると覚悟を決めた状況になって、ようやくマスターから手が差し伸べられた。
「アイスランス」
次の瞬間、氷に覆われた槍がエリルの横合いから投擲され、魔法帽を貫いた。一瞬、槍を覆っていた氷が揺らいだように見えたが、そのまま魔法帽は遠くへと吹き飛ばされていった。
「うわっ!?」
魔法帽を吹き飛ばされた衝撃でエリルは体勢を崩し、振り下ろされた剣は空を切った。
魔術だけでは無効化されると考えて一計を講じてもらったわけだが、氷塊だけでも案外何とかなったのかもしれない。
「もうちょっと何か起こるかと思ったけど、そうでもなかったわね」
物陰から姿を現したマスターを見てエリルが驚愕する。
「なんでツエナ先輩が!?」
「折角ここまで来たんだからこのぐらいでは死なないでね。アイスフィールド」
エリルが驚いている間に、マスターが床に仕掛けてあった魔術トラップを発動させた。
「なっ――――」
声をあげようとしたエリルの体を瞬く間に氷が包み込む。
「やったか?」
辺りには冷気が漂い、鎮座する氷の塊はしっかりとエリルを覆っているように見える。
「魔術が効かねぇと思っていたけど、実は属性の問題だったてことか?」
あっという間についた決着にさっきまでの苦労を嘆きたくなる。
「うーん、そういう訳でもないようね」
そう言って眉をひそめたマスターの視線の先で、剣を持つエリルの手が僅かに動いた。
次の瞬間、体を覆っていた氷が粉砕され音をたてて剥がれ落ちた。
「マジかよ、セルバウルの剣はその持ち主にまで効果を及ぼすのかよ!?」
「そこまでの能力があるとは聞いていないけれど・・・・取りあえず次の手を試してみるしかないわね。アイスバインド」
凍った制服に動きを阻害されて、鈍い動きをしていたエリルの手を氷の鎖が捉えた。
「なっ!?」
そのまま鎖に引っ張られたエリルはバランスを崩し膝をつく。
鎖が壊れる様子はない、チャンスだ。
「そら!」
隙を突いてエリルの手から剣を蹴り飛ばした。
「しまった!!」
エリルは咄嗟にもう片方の手を剣に伸ばそうとするが、すかさずマスターが次の鎖を作りだして両手を拘束した。
間髪入れずに後ろから蹴りつけて、頭を押さえつけた。
「ぐぅっ!!」
「形勢逆転だな、まったく手こずらせやがって」
もし本当に不死だったとしても、動けなくしてしまえばどうということはない。
「何が目的か知らないけど、こんなことをしたって何の解決にもならないよ!」
毅然と声を上げるエリルにマスターが笑顔を向ける。
「手荒なことをしてごめんなさいね、エリルさん」
「ツエナ先輩までどうしてこんなことを!」
頭を上げようとするエリルを再び押さえつける。早々にケリをつけてマスターには仕事を進めて貰いたいが・・・・
「歴史を動かすための大切なお仕事なの。あと、今の私の名前はゼブンロッドって言うのよ」
嫌な予感が的中した。聞かれてもいないことを話したがるのはマスターの悪い癖だ。
「あんな――――人を殺すようなことのどこが大切だっていうんだ! 単なる犯罪じゃないか!!」
危機的状況にも関わらずエリルはマスターに食って掛かった。
「人殺しが罪だなんていうのは力の弱い魔術師が作った下らないルールよ、力ある者は命なんてモノにはこだわらないの。そうね・・・・言うなれば彼らは崇高な理念への犠牲になったのよ」
「そんなの単なる詭弁だよ!」
マスターの笑顔に影が差す。そうやってマスターを怒らせてくれると話しが早く終わってくれて助かる。
「まったく、これだから子供は嫌いだわ。どうせ話し合ったところで理解はしないでしょうし、このまま放置して仕事を進めるわよ574」
「マジか、まあいいけど」
どうやら殺しはしないらしい。まあ、この刀で斬りつけても傷を負わなかった理由とかは興味がある。それに、上手く運べばセルバウルに対しての良い交渉材料にもなるだろう。
「んじゃ、もうひと仕事やりますか」
地面に転がる刀の端を踏みつけ、跳ね上がった柄を掴む。
多少刃こぼれしてしまっているが、もうしばらくは使えるだろう。
「あんなに人を殺したっていうのに、これ以上何をするっていうんだ!」
早々にエリルの口を塞いでおくべきだったと後悔した。
「言ったでしょう、歴史を動かすのよ。立地が良かっただけで無能な国が大きな顔をするとか、害悪なのよ」
すかさずマスターが反応し、また余計なおしゃべりが再開されてしまった。
「だからね、その守りの一角を暴走させてやって使えないようにしてやるの」
「暴走? いったい何を・・・・」
「簡単な事よ。防衛に使われている魔法陣をちょっと書き換えてね、地脈から巨大魔石に吸い上げられている魔力を全て炎に変換するようにしてあげるの」
「魔力を炎に?」
それがいったいどういう結果を生むか、エリルにはあまり想像できていないらしい。
「業火を永遠に吹き出し続ける地獄の穴が出来上がるって算段よ。ここから国境を監視できるほどの魔力なら、それを使って作った炎はどこまで届くかしら? セルバウルは寒い国らしいけれど、少しは暖かくなるかもしれないわよ」
「そんなことをしたらここの街や辺り一帯にどれほどの被害がでると思って!!」
無論、辺り一帯は人の住めない不毛の土地になるだろう。
「平和の恩恵がどこから与えられているかすら知らない人々なんて、全て死に絶えてしまえばいいのよ。一部とはいえ長年頼っていた防衛システムが消えて、喉元にナイフを突きつけられる気分ってどんな感じかしら? 素敵だと思わない?」
「どれだけ高尚な理念があったとしても、大勢の人が悲しんだり嫌がることを無理強いするのは良くないことだ! ましてやそれを楽しむなんて、人として決して許されることじゃない!!」
平和な世界で育ったんだろう。ありとあらゆるものが不足して力なき者は奪われて死ぬだけの、弱肉強食の世界において人の感情論なんてものは無意味だ。なによりエリルのような学生ごときに、許し云々の話をされる所以はない。
笑みを消したマスターが口を開く。
「セルバウルとは仲良くなれるかと思ったけど、あなたの様子を見ると無理そうね。574、殺しなさい」
「良いのかマスター? 生かしておいたら色々と役立ちそうだってのに」
あれだけ苦労したのだから、もう少し有効活用したいものだが・・・・
「なに574? もしかして情でも移ったの?」
茶化しているよにも聞こえたが、目が笑っていない。
「さっきの問いかけは忘れてくれマスター、疑似人格が悪さをしたみたいだ」
マスターが殺れと言った時は殺るのが鉄則だ。どんな理由であれ殺しを拒む人形は即刻破棄される。
「カナミ・・・・」
「オレは574だと言ってるだろうが」
適当に相槌を打っていれば生き残れる可能性もあったというのに、残念だ。そもそも、サラーサを見捨てていたら、外に逃げられていたかもしれないわけだが。まあ、エリルには土台無理な話だろう。
「やめてよカナミ、僕ら一緒に講義を受けて勉強した仲だよね」
「言ってるそばからそれか」
カナミと呼ばれることに違和感を感じなくなっている気がする、よくない兆候だ。
「教えてあげたら?」
再びマスターが茶々を入れてくる。どうやら今度はこの状況を少し楽しんでいるようだ。
「マスターじゃあるまいし、そんなめんどくさいことはしねーよ」
「一体何の話を・・・・本当にカナミじゃないの?」
「お前の知ってるカナミは、オレみたいな人殺しじゃなくただの学生だったってことさ」
「それってどういう――――」
エリルの声を聞いて、不意に手が震える。
まだサラーサを捜し出して片付ける必要もあるわけで、これ以上状態を悪化させるような茶番には付き合っていられない。
オレは心を決めて、勢いよく刀を振り上げた。
「あばよエリル、これで終わりだ!」
「待って! 嫌、それだけは!」
声を無視してエリルの首に刀を振り下ろす。
「ダメェェェェェェ!!」
肉にぶつかる手応えを感じたところで刀を引き払い、その身を切り裂く。
多少切れ味が落ちてはいるが、それでもなお刀は恐ろしい切れ味をもって肉を裂き、首の下へと通り抜けた。
エリルの首が落ち、血しぶきが舞う・・・・はずが、一向に首が落ちる気配はない。
「マジかよ、確実に切り落としたってのにどうなってやがる!?」
頭を掴んで引っ張ってみるも、胴体にしっかりとくっついていて取れそうにはない。
「――――凄いわ! 怪しげな文献で見たことはあったけれど、不死の奇跡って本当に実在したのね!!」
げんなりとしている俺の横で、マスターがハイテンションになっていた。
「奇跡?」
聞いたことのない単語だ。
「この世には魔術の理を越えた超常的な現象がいくつか存在するの。遺跡に眠っているような古代遺物や、聖女や巫女とされる人物に宿ってるらしいけれど、ほとんどは極秘扱いにされて表に情報が出回ることはないわ」
「ということは他にもこんな奴が居るっていうのか? さすがに信じがたいぜ」
「不死の奇跡はあくまで推測上のものでしかなかったわ。記録上に残っているのは、未来予知や死者の蘇生、ふれた相手の命を奪うとかかしら」
「それもすげえな。で、それでこいつがその奇跡の一つだと?」
「魔術を無効化する刀で切り刻んで死なないのなら、奇跡の一つを身に宿していると考えるのが妥当でしょうね。しかも、おそらく後天的に」
「不死を後天的に? 本当ならすげー羨ましいことだぜ」
相対した身としては、ただひたすらに煩わしいだけだが。
「もし生まれながらの不死ならもっと攻撃的な立ち回りをしているはずよ。この情報だけでもどれだけの価値があるかしら? にしても、外部から付与されたものだとしたらその根源はどこに・・・・」
興奮しきったマスターは顎を押さえて思案を始めた。確かに凄い事なのかもしれないが――――今は敵地で、大切な仕事の真っ最中だ。
「刀で串刺しにしたら殺せるか?」
一応肉を切り裂きはしたわけで、刃が通らないわけではない。
「突き刺した刀身がどうなるかわからないからやめておいたほうがいいわ。まだその刀には役だって貰いたいし」
「ならこのまま持ち帰って研究材料か」
研究材料となって長生きできた奴はいない。もし仮に今後もずっと死なずにいられたとしても、エリルにとっては今死んでいた方がマシだったと思うような状態になるだろう。そう考えると何か心に暗澹としたものが漂う。
問題の一つが片付いて、床に転がっていた剣を回収しに向かう。とりあえず残る問題はあと一つだが・・・・
剣を拾い上げようとして腰を屈めた瞬間、強烈な痛みと眩暈に襲われ膝をついた。焼いて塞いだ腹の傷が少し開いたようだ。
「随分と無茶をしたものね」
「不死なんて仕掛けがあるなら、こんな下手は打たなかったぜ。回復してくれないか?」
オレは攻撃に特化していて、傷を治すタイプの魔術はからっきしだ。
「これ以上は魔力を無駄には出来ないわ。これでも使って我慢なさい」
そう言ってマスターは怪しげなポーション瓶を投げてよこした。
「塗るか飲むかぐらいは教えてくれ」
「飲むのよ」
言われるままにポーションを一気に飲み干すと、あっというまに傷みが引いていく。味は学園の購買で売られている滋養強壮ドリンクと同じだが、何か他に混ぜ物がしてあるようだ。
少しは傷がふさがったかと思い腹に目をやると・・・・そこには相変わらず酷い火傷と血を流す傷口があった。
「回復薬じゃなくて痛み止めかよ、もう少し何かねーのか?」
「あとは毒物ぐらいよ。なに、死にたいの?」
「さすがにまだ早いぜ」
全く碌でもないマスターだ。
と、マスターのネックレスにある宝石の一つが光り出した。
「どうやらもう一匹を探しに行く手間が省けたみたいね、西側通路に設置した仕掛けの起点が攻撃されているわ」
十中八九サラーサだろう。少し時間があったとはいえ、しっかりと隠してあった仕掛けの起点を看破してくるとか、学生の癖になかなかの鑑識眼を持っていたようだ。
「574、あれを破壊されると出入り口に施したトラップが解除されてしまうのだけど、どうするべきかわかっているわよね?」
「当然」
返事とともに、オレは刀を持って部屋から飛び出した。何もせずに隠れていればもう少しは長く生きていられただろうに、バカな奴だ。
階段を駆け下りて一階の通路に入る。角を曲がって少し進むと、フードを被った学生の姿が見えた。壁像の石像に向かって一心不乱に鉄棒を振りおろし、石像の持つ石の本を破壊しようとしている。
良い判断だ。こういった仕掛けは魔術で攻撃すると、逆に罠が発動する可能性が高い。まあ、実際に魔術で攻撃していたら、オレが駆け付ける間もなく石像が仕事を終えていただろう。見せて貰った講義ノートの件といい学生のまま終わらせるには惜しい逸材だが、仕事は仕事だ。
気配を消し、音もなくサラーサの背後に忍び寄る。せめてもの情けだ、苦痛なく殺してやろう。
「それじゃあな、サラーサ!」
そう言ってオレは、後ろから一気にその心臓を刺し貫いた。
To be continued.