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45話 人形兵(1)told by 襲撃者

視点が襲撃者側へ

あと、話の中で時系列が少し前後します。

 キィン!


 突き出した刀先が、硬いものに触れて甲高い音を上げた。


 見ると横合いから金髪のガキが剣を差し込んで刀を受け止めていた。殺そうとした学生とは別にもう一人建物の中に入り込んでいたらしい。


 命拾いした学生が声を上げる。

「エリル!」

 どこかで聞いたことのある名前だ、潜入前に見せられた資料に書いてあったのかもしれない。


 力のままに剣を持ったガキを押しつぶそうとしてみるが、魔術師らしからぬ腕力で押し返される。ずいぶんと硬い金属で作られた剣のようだが、使いこなせるとしたら中々に面倒な相手かもしれない。


 と、オレの顔を見たガキが顔色を変えた。

「どうして・・・・どうしてこんなことをするんだよ!」

 ガキの手が震え、その振動が刀を伝わってやってくる。


「答えてよ――――――――カナミ!!」

 どうやらこのガキはオレをカナミという人物だと思ったようだが――――残念なことにオレはカナミではない。


「カナミ? 誰だそれは?」

 その名前を知らないわけではないが、正直に教えてやる義理もないだろう。

 動揺して剣圧を弱めたガキの隙をついて、二撃三撃と斬りかかってみるも器用に受け流される。ならばと力任せに剣を弾いて突きを放ってみたが、返す剣で受け止められた。こいつ、剣を使った打ち合いに随分と慣れてやがる。


 ガキは顔を赤くして声を上げる。

「しらばっくれないで!!」

 全く以ってして鬱陶うっとうしい。


「オレの名前は五七四だ。カナミなんて名前のやつは知らねぇーな!」

 つい言葉が口を突いて出た。


「そこまで言うなら・・・・容赦しないからカナミ、覚悟して!」

 ガキの目付きが変わる。


「言ってろ、ガキが」

 返事をした次の瞬間、身を翻したガキが物凄い速さで剣を撃ち込んできた。その一撃を何とか受け止めるとガキは体勢を変え、剣を大きく振りかぶって連撃を放ち始めた。


 左右から撃ちこまれる剣は速さもさることながら威力もかなりあり、刀を持つ手が痺れはじめる。

 刀を持てなくさせるつもりだろう。しかも小賢しいことに、剣を振るう合間合間にガキがカナミという名前を使って話しかけてくる。

「カナミがこんなに刀を使えるなんて知らなかったよ!」

「なんでこんなことをするのか話してよ、カナミ!」

「刀を捨てて! カナミ!」


 下らない茶番だというのは分かっているが、なんともやる気が失せる。

「だから、オレはカナミじゃねぇって言ってるだろうが!」


 力任せに振るった一撃をバックステップで躱される。

 殺し合いの最中だと言うのに面倒くさいガキだ。加えて、仕事の最中だと言うのにいつになく饒舌な自分にも違和感を覚える。どうやら潜入のために使っていた魔術が悪影響を及ぼしているようだ。


 ああそうだとも、カナミという名前が誰を指し示すのかは知っている。

 その名前を聞いたのは今回の仕事をするための――――道具として、オレが用意された頃の話だ。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 その日は珍しく、砂漠に半分埋れたキャンプに来客がやってきた。


 陰惨で草臥くたびれた場所のため身内ですら余程のことがないと寄り付かないというのに、荷馬車から降り立った男はかなり身なりが良いこともあって明らかに浮いていた。


 マスターが表に出て対応をする。

「ようこそ〇〇様。こんな辺境の地にご足労いただきありがとうございます」


「まったくだ。聞いてはいたが、昼は燃えるように熱く、夜は手足が凍り落ちるほどの極寒に晒され散々な目にあった。おかげで折角連れてきた樽がいくつか無駄になってしまったじゃあないか」

 そう言って男は荷馬車に積まれた死体を顎で指す。おそらく力の弱い魔術師や魔力持ちのなれの果てだろう、まだ幼い子供の死体も見える。


「ここに来るまでに耐えられなかったのなら、生きて辿り着いたところで結果は変わらなかったでしょう。まあ、死体にも使い道がありますからご厚意には甘えさせていただきますわ」

 死体の使い道と言えば、使役している魔獣の餌だろう。人慣れしていない魔獣は生きた人を餌と認識しないことがあるため、人を襲わせる前段階として死体を与える。そうやって人慣れさせた魔獣は使役する難易度こそ上がるものの、下手な兵士より敵を殺してくれる。


「来ていただいてから言うのもなんですが、わざわざ危険を冒してまで来る必要はあったのかしら?」

 いくつもの危険な橋を渡って、ここまで来た男にマスターが苦言を呈す。


 対して男は楽しそうに鼻を鳴らす。

「この程度で露見するならそれまでということだ。それに計画というものはこういった仕込みの段階が、一番大切で面白いところじゃないか」

 何をしなくても飢えることのない身分の人間が、好き好んで危険な橋を渡りたがるのは相変わらず理解できない。


「砂の上での立ち話もあれですので、とりあえず中へどうぞ」

 マスターが男をテントへと招き入れる。

「このようなボロ布で俺をもてなすなど業腹だが、まあいいだろう。ここに来ると言い出したのは俺自身だしな」


 文句を言いつつテントの中に入ってきた男は、真っすぐにオレの前へとやってきた。

「で、用意できたと言う道具はこれか?」

 言うが早いか、男はオレの顎を掴んで舐めまわすように顔を覗き込んできた。


「傀儡兵というものです。ただの操り人形と違って、それなりに自立思考して働いてくれる便利な子ですよ」

「人形は人形だろう。しかし、こんな乳臭いガキが本当に人を殺れるのか?」


「お貸しいただいた武器の扱いは中々のものになっていますよ。魔術師としての資質もそれなりに高く、既にある程度の数をこなしていますが・・・・ご確認になりますか?」


 手腕を見せる機会が来たようだ。

 自己流ではあるが、無数にいた同胞はらからや魔獣を殺して会得した技だ。武器の持つ恐ろしいほどの切れ味も相まって、今のオレと対等に渡り合える魔術師はそういないだろう。

 技を見せるのに適当な獲物を見つくろう必要があるわけだが・・・・男の連れてきた荷役や護衛は雇われのようだし、この男以外なら殺してしまっても問題ないだろう。


「やめておこう。血の臭いが付くと流石に面倒だからな」

 そう言うと男はオレから手を放した。


「綺麗な花をお見せできると思いましたが、残念です。まあ最近やけに鼻の利く新参者が居ますからね、注意するに越したことはないかしら」

 どうやらオレの出番はないらしい、運のいい奴らだ。


 男が目で合図をすると、荷役が大きな箱を運んできてマスターの前に置いた。

「前金と入学書類の一式だ。保証人の書類も入っている」

「拝借いたします」

 マスターが箱を開けると、中にはいくつかの書類の他に黄金がぎっしりと詰まっていた。


「魔力洗浄した足のつかない黄金だ。書類の方には俺の魔力刻印が刻んであるから扱いには注意しろ。まあ、これが明るみに出たところで痛くも痒くもないが、その時はそれ相応の報いを受けて貰うからよく肝に銘じておけ」

 そう言って男はマスターを威圧する。


 男の愚かな行為に、マスターは笑みをもって返す。

「お仕事については確実にこなしますので、ご心配なさらず。あと残りのお支払いについてもよしなに」

「いいだろう」


 とりあえずこれで要件は終わりのはずだったが、何を思ったのか男が顎で私を指した。

「それで、こいつの名前は何という?」

 

「五七四と言います」

「五七四か、まさかとは思うが俺の推薦枠で単名(一般人名)を入学させる気じゃないだろうな?」

 男はとんでもないと言った顔をして、大げさに手を上げる。道具の名前を気にするとか物好きな男だと思ったが、どうやら下らない理由のようだ。


「いいえ、そのようなことは。入学の際には適当な偽名を与える予定です」

「ふむ、ならば俺が名前を付けてやろう」

「それは・・・・」

 マスターが止める間もなく男が私の前に立つ。


「おい人形、今日からおまえの名前は言無(ゴナシ)仮名身(カナミ)だ。名は体を表すというが、全くもってして素晴らしい名前じゃあないか! ハハハハ!」

 男の中では大いに受けたらしく、キザったらしい声で笑い続けている。


 マスターは一瞬眉をひそめたが、すぐさま愛想笑いを浮かべた。

「とてもよくできた名前だと思います」

 傀儡兵に明確な名前を与えるのは問題エラーを誘発する危険があるが、マスターは拒否しないらしい。


「喜びなさい五七四、次の任務であなたに与える疑似人格の名前はゴナシ・カナミよ。OO様にお礼を言いなさい」

「OO様、名前をいただきありがとうございます。感謝いたします」

 マスターの指示に従い言葉を述べる。突然の命名はマスターが機転を利かして体よく回避された。


 疑似人格は、記憶や意識が盗み見られる可能性のある場所に潜入する際に、一時的に上書きする人格のことだ。潜入先の環境によって発生する精神システム汚染を防ぐ効果もある。


「しかしこの人形、随分といい香水を使っているな」

 唐突に男はオレを抱き寄せて匂いを嗅ぐ。


「お越しになられると知って、おめかしをさせていただいています。生娘ではありませんが、お遊びになられますか?」

 記憶には残っていないが、疑似人格のテストとして娼婦の真似事もしていたはずだ。事後、体に思いのほかダメージが残っていて散々だったのは覚えている。


「殺戮人形と? 笑えない冗談だ。確かに俺の嗜好に合った顔つきをしているが、そういうものは本業の奴らで間に合っている。余計なことはせずに本来の職務を全うさせろ」

 オレの胸をしっかりと触っているのに、不可解な男だ。


「中々に良くできた疑似人格で本業顔負けの働きをするのですけれど・・・・まあ、後の仕事に支障をきたしても困りますからやめておきましょう」

 どうやらもう一つの役目もなくなったようだ。


 やがて男は去り、キャンプは血にまみれた鍛錬の日々に戻った。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「五七四、目を覚ましなさい。仕事の時間よ」


 マスターの魔術と声を受けて再び意識が覚醒する。

 疑似人格で長期間活動していた影響か五七四としての自分に少し違和感を感じるが、気にするほどではないだろう。


 手渡された刀を受け取って返事をする。

「承知したマスター、仕事を再開する」

 マスターに連れられて向かった先の建物で、見張りの衛兵たちを襲撃していく。

 

 大抵の魔術師は攻撃を受けると魔術障壁で防ごうとするため、この障壁貫く刀の前では無力に等しい。まあ今回は腕利きの衛兵が出払っていて、不審者対策も事前に無効化してあり、加えて内通者が仕掛けた結界が気配や音を遮って各個撃破をより容易たやすくしている。


 と、察しのいい衛兵が刀からのがれて非常事態を知らせる鐘の紐を引くが――――音が鳴る様子はない。

「な・・・・なぜっ・・・・」

 役目を果たせず絶望する衛兵を後ろから刺し貫く。


「間抜けな奴らだ」

 少し前から異常を知らせる鐘は鳴らないし、防衛用のゴーレムも起動しなくなっている。内通者がいたとはいえ重要施設の警備としては脆弱にもほどがある。まあ、大地を統べる大国だといっても居座った場所が良かっただけの話、平和に漬かって腐ってしまえば所詮この程度なのかもしれない。


 一通りの場所を巡ってエントランスへと戻ってきた。

「マスター、これで掃除は終わりか?」

「そうね、リストに掛かれた場所は全て見て回ったはずだけど・・・・」


 マスターは内通者の用意した配置図とリストを見て数を確認する。

「あら、一人殺し足りないわね」

 どうやら持ち場にいなかった衛兵がいたようだ。


「まあいいわ。私は次の準備を始めるから、五七四は残った衛兵を捜し出して殺しなさい」


 衛兵の一匹ぐらいなら大した脅威にはならないが、万が一という可能性もある。

「もし衛兵以外を見つけた場合は?」

「目撃者は全て消しなさい。命令よ」

「りょーかい」


生き残りを探すのに気配や音を消す結界は邪魔になるので、解除してもらってからマスターと別れた。


 死体の転がる廊下を歩きながら半数の部屋を確認したが見つかる様子はない。物音を立てたり声を上げてくれればすぐに見つけられるというのに。


「たりいなぁ」

 そうボヤいて、持ち場にいなかった衛兵は書き間違いか、仕事をサボって外で遊んでいるんじゃないかと思い始めた頃、ようやく人の気配がする部屋を見つけた。


 刀を構えたままノックをすると、中から人の声が聞こえた。どうやら外の惨状には気付いていないらしい。

 もう一度ノックをすると中の気配が扉に近づいてくる。


「ああ、開いているから入ってきて良いぞ」

 声に従わないで待ち構えていると、取っ手が動いて僅かに扉が開いた。

 瞬間、扉ごと相手を突き飛ばす。

「くそっ、なんだ貴様は!」


 すんでのところで扉を躱した女の衛兵が腰の剣を抜こうとする。珍しいものを持っている、正面からまともにやり合えば少しは戦えたかもしれない。


 姿勢を崩したままの女に襲いかかると、相手は予想通りに魔術障壁を展開した。


 後はもう幾度となく繰り返した作業をするだけだ。

 踏み込んだ勢いのままに突き出した刀が、女の張った障壁をあっさりと破壊してその心臓を貫く。

「なっ―――――!」


 何が起こったか理解できず硬直する女から刀を引き抜いて、倒れ伏した頭を踏みつける。

 傷口から噴き出した血が辺りを赤く染めている。殺す瞬間に女の姿がブレたように見えたが、特に何かが変わった様子もなく無駄な足掻きだったようだ。


 ふと、女のいた部屋から何か親近感のある匂いを感じたが、中を見回してもこれといって気になる物は見当たらない。


 とりあえず掃除仕事はこれで終わりだ。

 あとは入り口を見張って余計な奴が入ってこないようにするだけだが・・・・虫の知らせか、他にもイレギュラーな奴が紛れている気がしてならない。以前のオレなら気にしないような事柄だったが、何故か気になって残りの部屋も確認することにした。


 そうやって幾つかの部屋を確認していたところ、エントランスの方で悲鳴が上がった。ある程度は内通者が人払いをしてくれていて、こんな時間に軍の施設を訪ねてくる奴もいないと思っていたが、甘い考えだったようだ。問題が大きくなる前に片付けるため、オレは慌てて駆け出した。


 エントランスに辿り着くと、転がる死体に駆け寄り慌てふためく人物が見えた。学生のようだがローブに付いたフードを被っていて顔がよく見えない。人目に付きたくない理由でもあるのだろうか?


 少しすると救命はもう無理だと悟ったらしく、その学生は出口に向かって走り出した。学生だからと言って見逃がす理由にはならない。オレはすぐさま通路から飛び出して、学生の前に立ちふさがった。


「――――っ!」

 オレを見て急停止した学生は、血に塗れた刀に気が付いて後ずさる。


 遊んでやってもよかったが、他にも来る学生がいるかもしれない。手早く終わらせるために狙いを定めていると、自棄ヤケになった学生が叫んだ。

「もう、なんだっていうのよ! 詰所に続いて呼び出されたら事件に巻き込まれるなんて、こんな危険があるとか聞いてないわ!!」

 その声を聞いた途端、斬りかかろうとしていたオレの手が強張る。


 どうしてかこの学生を殺すことに抵抗を感じる。長い間、疑似人格カナミで過ごした影響だろうか?

 オレには学園で活動していた時の記憶はないが、酷く聞きなれた声のように感じた。疑似人格カナミの友人だったのかもしれない。


 まあ、友人だったとしても・・・・マスターの命令は絶対だ。


 キャンプでは同じ釜の飯を食っていた仲間も殺してきた。

 今更、友人の一人ぐらい殺したところで何も変わりはしないだろう。


 オレはどこからともなく湧いてくる後ろめたさを振り払い、運の悪い学生に必殺の一撃を放った。

納得できる出来に中々ならず時間がかかってしまいました・・・・

襲撃者視点での話はもう少し続きます。

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