04話 魔石
「セルバウルから来たってことは、おまえが例の留学生か・・・」
カトレアがまじまじと僕の顔を覗き込む。
「例のって、なにか話題になるようなことが?」
交易所の件といい、兄上やアンナ達が変な噂を流布していてもおかしくない。
「ええっと―――そう噂にな! 北の最果てから留学生が来るって話だ。戦争していた頃は、その辺りには薪の国しかないって誰も彼も思ってたからな。まさか、弱小とはいえ同盟国が幾つも打ち破られるなんて誰も考えすらしなかったさ」
最果ての近くにある同盟国の興亡にゴルグレーの人々はそこまで興味を示すだろうか?
釈然としないまま、とりあえず気になった点を聞いてみる。
「薪の国って?」
聞いたことのない単語だった。
「ああ、薪ってのは魔力のない人の隠語だ。って留学生様に話す内容じゃなかったな」
カトレアは気まずそうに言いよどんだ。
詳しくは分からないけれど、おそらく魔力を持たない人々を消耗品のように扱ったことに由来しているのだろう。ゴルグレーでの人の扱いは比較的マシだったらしいが、それでも兄上からは恐ろしい話を色々と聞かされている。
「口が悪くって済まない。街の衛兵と違って軍属でね。今は学園の警備に配属されているけど、前は戦場に居たこともある」
軍人だったのか、とカトレアの服装を見直す。
たしかに街の衛兵と比べると装備の質が違う。
あと、魔術師には珍しく剣のようなものを携えている。
「軍が学園の警備を?」
「学園の山側にある建物は軍の施設で、国防の要となる凄い魔術があるのさ! 奥以外なら学生も見学できるから、興味があったら案内してあげよう」
職場を紹介できるのが嬉しいらしく、カトレアが笑顔で僕の肩を掴んで激しく揺する。
確かに街や学園の作りには要塞を思わせるところがあって、後学のためにも興味がある。
「国防の要って、そんな重要な場所に気軽に行っても?」
「重要と言っても有名な話だ。建物の中には巨大な魔法陣とそれを維持する巨大な魔石があるんだ」
話したくて仕方がないらしいが、留学生の僕にそう色々と話して大丈夫なんだろうか?
「魔石?」
「そこから知らないのか。魔石を簡単に説明すると、魔力を蓄えることのできる水瓶のようなものだ。大きい魔石は魔力の出し入れが困難になるから、本来は小さく砕いてしまうんだ。けれど、ここでは地脈から大量の魔力が湧き出ていて、それを蓄えるために巨大な魔石が使われているのさ」
流れるようにカトレアは説明を始める。
「その大量の魔力を使って何を?」
「それはもちろん魔術の発動さ! 部屋一面に描かれた巨大な魔法陣に魔力を絶えず流すことで、この地域一帯に特殊な結界を張ってるんだ。その出来と言ったら芸術的の一言だ」
カトレアの目が輝いている。
「特殊な結界って―――侵入者の魂を吸うような?」
許可を得ずに入ったら魂を吸われる。
アンナが言っていた話は本当なのだろうか?
確かにそんな結界があれば国の守りは完璧だろうけれど・・・
「いやいや、魂を吸うとかそんな恐い結界はないって。それって魔力なしの間で広まってる噂話だろ」
「魔力なしの噂話?」
おそらくアンナが言っていたのはその噂話だろう。
「昔、学園で働いていた魔力なしが次々に倒れたことがあってな。一応、侵入者を見つける結界や侵入防止の障壁はあるが、魔力なしを狙って攻撃するような仕掛けはないのにだ」
カトレアは当事者のように話しているけれど、いつ頃の話だろう・・・
「調べると地脈の上に置かれた巨大な魔石は周囲からも魔力を吸っていることが分かったんだ。量は微々たるもので、魔術師は吸われる以上に魔力が回復しているから影響はないが、吸われる魔力のない奴は代わりに体力を吸われていたんだとか」
「体力を吸われる・・・」
僕も今、何かを吸われているんだろうか?
「死んだ奴はいないはずだが、魔力なしにとっては魂を吸われるって話になるわけだ」
アンナの言っていたことはある程度あっていたみたいだ。
学園に来ていたらいつか倒れることになっていたと思うと、相変わらずの強運に感心する。
「なに、魔術師なら心配いらないさ。もし体力を吸われていたら気分が悪くなるからすぐわかるさ」
カトレアは安心するよう言ってくれるが、僕は複雑な思いだ。
悩んでも仕方がないので話を変える。
「そこまでして魔力を集めて、どんな魔術を行使しているんですか?」
「基礎になってる魔術はありふれたもので、結界内の魔術師を見つける探知魔術だ。ただ範囲が尋常じゃなくて、ここから北域全ての国境までを常に監視できるのさ。しかも見つけた魔術師に攻撃を加えることもできる」
「それは凄い・・・」
ここから国境まで馬で少なくとも3日以上かかる。
3日間一方的に攻撃を加えられるとか、とんでもない代物だ。
ゴルグレーが難攻不落と言われる理由がよく分かった。
兄上は守りが強力すぎて、逆に平和ボケしてるとも聞いているけれど。
その後もカトレアは留まることなく話を続け、目的地に着くのに少し時間がかかってしまった。
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「ここが学長室だ」
カトレアはそう言いって、大きな木の扉を指し示す。
廊下には様々な鎧が置いてあって、他の場所とはまた違った雰囲気をしている。
「この鎧は何かの作品?」
ずいぶんと凝ったデザインの物もあるが、魔術師は障壁があるから重い鎧を付けない。
「この鎧に限らず道中にあった彫刻の類は全て禄でもない学園トップの趣味さ。こいつらのせいで怪我をした学生も多くいるから迂闊に近づくのはやめた方がいい」
カトレアは顔をしかめる。怪我人が出るとか迷惑な趣味だ。
「さて、私の案内はここまでだ。もし、寮への道が分からなくなったら、そこの止まり木を使うと良い。紙に場所を書いて使い魔に渡せば道案内をしてくれる」
カトレアはまだ話したりないらしく名残惜しそうだ。
「そういえば気になっていたんですけど、その剣は?」
杖以外の武器を持っている魔術師は珍しい。
「ああ、この剣か」
よく聞いてくれたと言わんばかりにカトレアが話し出す。
「恥ずかしい話だが、私は魔術が下手でな。魔力の量には自信があったが、魔術を使うとなるとからっきしなんだ。それで前線に送られて死にそうな目に合っていたんだが・・・運よく偉い人の目に留まってな、この剣と今の職を戴いたのさ」
と、カトレアは剣を抜いて見せてくれる。
「剣を貰った?」
魔術師の国では珍しい鉄製の鋭利な剣だ。
魔術の触媒として、なまくらの金や銀製武具を使うことはあるらしいが、鉄製の武器は見たことがない。
「試作品らしい。この剣は魔術を溜めることができて、雷の魔術を流し込んで叩きつければ大抵の奴を魔術障壁ごとぶっ飛ばせる」
柄の細工といい、よくできた剣だった。
僕の国で作られたのではないかと疑うほどだが、魔術を阻害するセルバウルの剣とは似ても似つかない仕様だ。
ひとつ、カトレアの話の中に僕の琴線に触れることがあった。
「叩きつけてぶっ飛ばすって・・・カトレアさん、剣の流派とかはありますか?」
「ないな、我流だ」
当然そうだろう。
「今度手合せしませんか?」
剣を棍棒のように扱う。魔術師としてはそれでいいのかもしれない。
しかし、長年に渡って姉上に仕込まれた教えが僕の中でそれを是としない。
「随分とやる気だな留学生! 私の雷は身に染みるぞ!」
「エリルです。それと、手合せは剣術の練習のためで、木の棒を使ってやります」
剣とは縁のない世界に行くと思っていたけれど、思わぬところでやってきた機会に僕は心の中でガッツポーズをした。姉上に叩きこまれた剣術の数々、カトレアはどのあたりまで受けきってくれるだろうか・・・
「なるほどな剣術の練習か! 剣を扱うなら知っておくのもありだな!」
僕は微笑む、カトレアが乗り気でよかった。
と、使い魔が紙を咥えてカトレアの元にやってきた。
「ああ! もう戻らないと!」
呼び出しみたいだ。
「もし私を訪ねるなら、使い魔に私の名前と要件を書いて紙を渡してくれ。それではな!」
颯爽と去っていくカトレアを見送って、僕は学長室の扉へ向き直った。