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39話 討伐

 ドラゴンは何処へ?

 飛び立った後を追って空を見上げようとしたら、ラナティア教授が叫び声を上げた。

「今すぐ魔術障壁を張って伏せて!!!」


 急にそう言われても僕や気絶しているメサは無論、魔力の少ないサラーサやカナミも満足に障壁を張れる状況じゃない。身を隠せる場所を探そうとして慌てていると、僕の肩をツエナ先輩が掴んだ。

「ここでいいから伏せなさい」

 力強くそう言うとツエナ先輩は僕らを包み込むように障壁を展開した。

 少しの間をおいて、音もなく空をドラゴンの影が横切り――――次の瞬間、轟音と共に暴風が吹き荒れた。


「うゎあああああ」

 風に木々が薙ぎ倒され、幾人かの学生が吹き飛ばされる。

 どういう原理かわからないけれど、ドラゴンがまとった風を僕らに叩きつけてきたようだ。

 ツエナ先輩が張った障壁にも大きな木がぶつかって大きな音をたてる。


「エアウィンドウ・クッション!」

 ラナティア教授が飛ばされた学生を魔術で受けとめた。


 倒れた木の間から学生が逃げ出そうとするが、再びドラゴンが空を駆け抜けて暴風が木々や学生を吹き飛ばしていく。

 そんな嵐のような攻撃が何度も繰り返されて全員が憔悴しきった頃、ドラゴンがゆっくりと飛んで来るのが見えた。


「炎で焼き払う気だわ! まだ障壁を張れる学生は弱った他の学生を守って!」

 ラナティア教授の声に従って学生が守りを固める。直後、ドラゴンが通過して辺り一帯が炎に包まれた。

 すぐさま消火が始まり魔術で作られた風や水が飛び交う。

「煙を使うので退路以外の火は消さないで下さい」

 必死に火を消す学生にラナティア教授が指示を出す。

「了解です」

 スオン先輩が一部の火を残しつつ、辺りを素早く凍りつかせていく。

 多少火が収まったが、このままだと山全体が火事になるのも時間の問題にも思えた。


 そうこうしているとラナティア教授が器用に風を操って空に煙幕を張った。

 ドラゴンは様子を伺っているのか、大きく弧を書くように空を飛んでいる。


 辺りには打撲や火傷を負ったり、気絶してる学生が見える。このままだといつ死人が出てもおかしくない。ラナティア教授に何か指示をされていたシナール先輩とスオン先輩が学生の避難誘導を始めた。

「今のうちに1年は麓の馬車まで避難しろ! 動けない奴にはパーティ関係なく肩を貸してやれ!」

「身体強化ぐらいならいいが目立つ魔術は使うな! ドラゴンの的になるぞ!」


 再びドラゴンが襲いかかってくる前に僕らも避難しよう。

 立ち上がってメサを背負いなおしていると、ラナティア教授が駆け寄ってきた。

「あなた達、大丈夫?」

「とりあえず大丈夫です」

 ドラゴンを見て恍惚としていた時と違い、真剣そのものの様子に少し安心する。


「魔猪に攫われたサラーサさんは?」

「両手を怪我してますが無事です」

 ツエナ先輩がカナミに支えられたサラーサを示す。

「両手に怪我を? 見せて」

 そう言うとラナティア教授はサラーサの手を取って治癒魔術を使った。

 火傷と凍傷でボロボロだった手が見る見る間に回復する。


 と、背負っていたメサがモゾモゾと動き出した。ようやく目をさましたらしい。

「酷い目の合ったのじゃ、ドラゴンはどうなったかや?」

「ドウナッタカヤ? ジャネーゼ、モウ少シ運ガ悪カッタラ働ク間モナク消シ炭ダッタゼ!」

「ハット、貴様がいたのにその体たらくか、不甲斐ない」

「ハッ、潰サレタグライデ目ヲ回シタ、テメーガ言ウナ!」

「ハットは我がいないとダメじゃからなー」

「ウソツケ!」

 僕の背中でメサとはーちゃんが不毛な言い争いを始めた。

 とりあえず問題はなさそうだ。


 ラナティア教授はツエナ先輩に何かを確認をした後、僕らの方に向き直った。

「もう少ししたらドラゴンが戦果を確認しに降りてくるはずです。私と上級生が攻撃して足止めをするので、1年生はその間に麓の馬車に乗って逃げて下さい」

 足止めって表現に少し不安を感じるが、ここは教授たちに任せてカナミやサラーサを連れて早々に馬車に向かうべきだろう。そう考えていると、


「ラナティア教授はなかなかの覚悟のようじゃが――――下僕よ、汝には今ここで出来ることがあるはずじゃ」

 メサが意味深に僕の耳元で囁いた。

 僕に出来ることって、それは・・・・


「あのドラゴン、倒すことは出来ないんですか?」

 気が付いたら僕はラナティア教授に話しかけていた。

「現状だと難しいですね。不意を突くか、障壁が張れなくなるまで魔力を消耗させることが出来れば、倒せる可能性はありますが」

 そう言ってラナティア教授は眉を寄せる。


「詰所の竜騎士に助けを求めるのは?」

「何が起こったか知りませんが、こんな騒ぎになっているのに誰も出てこない時点で全滅していると考えるべきです」

 ドラゴンを管理していた竜騎士ならいい手を知っているかもしれないと思ったが、確かにその通りだろう。詰所は未だに消火が行われている様子もなく、助けを求めるより救援に行くべき状況だろう。


 僕は手元にある剣を見る。

「ラナティア教授、僕の持ってるこの剣ならドラゴンの障壁や鱗を切り裂けます。少し気を引いてくれれば、不意を突いて致命傷を与えることができると思います」

「ドラゴンの障壁や鱗を切り裂ける? その剣が?」

 ラナティア教授は疑わしげに剣を見つめる。


「魔術を無効化するセルバウルの剣です。講義では逆鱗という箇所がドラゴンの弱点で、破壊することができれば一撃でドラゴンを倒せるって習いました。この剣なら十分にやれると思います!」

 下手に雷球で狙うより、この剣で突き刺した方が確実だろう。


「魔術とドラゴンの障壁や鱗は似て非なるものです、同じようにその剣で無効化できるとはとても思えません」

 ラナティア教授もセルバウルの名前ぐらいは知っているはずだけど、ドラゴンを倒した実績は・・・・僕も知らないや。


「この剣で道中の魔獣を障壁ごと切り捨ててきたし、さっきはドラゴンの爪を切り落としました。鱗も問題なく貫けるはずです!」

「ドラゴンの爪を? そんなまさか・・・」

 ラナティア教授は僕の話をまだ信じられないらしい。


「ラナティア教授、私もエリルが爪を切り落とすのを見ました! 爪の落ちた場所はわからなくなってしまってますけど、本当の事です」

 サラーサが僕の話を肯定してくれる。

「試してみる価値はあるはずです。逆鱗の場所を教えてください!」

 僕も食い下がる。出来ることをせずに後悔はしたくない。


「そこまで言うなら信じましょう。ですが、逆鱗は個体によって場所が変わるので確認してみないとわかりません。詰所の竜騎兵に場所を聞ければよかったのですが・・・」

 ドラゴンが降りてきてから逆鱗の場所を確認してもらう余裕はあるのだろうか?

 下手をしたら足を引っ張ってしまう可能性もある。やめた方が良いのかもしれない、そんな不安に駆られているとまたサラーサが割り込んできた。


「逆鱗はおそらく右首上にある血を流してる鱗だと思います」

「なぜその鱗だと? 出血している鱗ならは他にもあったと思いますが?」

 ラナティア教授がすぐさま聞き返す。

「他の鱗や傷と比べて明らかに多く出血していて、流れ出す血の色も少し違いました」

 さすがサラーサだ、こんな状況でも色々とよく見てる。


「なるほど、それなら可能性はかなり高いです。しかし、なんでそんなところに傷が・・・・と、原因を考えている時間はありませんね。エリルさんその剣を私に貸してもらえますか?」

 ラナティア教授が僕の剣に手を伸ばしてくるが、僕は身を下げて躱す。

「ラナティア教授、この剣は魔術の使用も妨害するので、教授が持つと魔術が使えなくなる可能性があります。それに、今ここでこの剣を使いこなせるのは僕しかいません」

 僕にしか出来ないことだ。


「ですが・・・」

「お願いします、死人が出る前に許可を」

「・・・わかりました。そこまで言うなら許可します」

 僕の気迫に負けてラナティア教授が引き下がる。


「しかし、魔術を使わずにどうやって逆鱗を攻撃するつもりですか?」

 ドラゴンの首は長く、逆鱗までは魔術でも使わないと届かないほどの高さがある。けれどさっきの攻防で僕は良い案を思いついていた。

「一瞬でいいのでラナティア教授の魔術で僕の体をドラゴンの頭上まで飛ばして貰えませんか? 足元でドラゴンの気を引いてもらえたら確実にれます」

「私の魔術でエリルさんを? うーん、宙に飛んでいるなら簡単ですが、地面から持ち上げて飛ばすのは少し手間がかかりますよ」

「それは・・・」

 ここに来て別の問題が発生した。手間ってどのくらいの事なのか聞こうとしたら、メサが僕の肩に乗りかかってきた。

「地面から宙に飛ばすのは我がやるのじゃ。大船に乗ったつもりでおれ!」

 威勢よく声を上げる。


「あなたは??」

 突然のことにラナティア教授が驚いて名前を尋ねる。

「こやつの主を務める、リグルス・メサじゃ!」

 口止めする間もなくメサが答える。

「メサそれは・・・」

 僕の心配は的中して、

「なんだとっ!?」

 遠くにいたスオン先輩がこっちを向いて声を荒げた。どうやら聞こえてしまったらしい。


「メイッテ名乗ッタホウガ良カッタンジャネーカ?」

「名簿にはメイで登録されているのじゃ」

 色々と手遅れだ。


「まあいいです。では、メイさんにはエリルさんを宙に飛ばす所を、ドラゴンの頭上まで運ぶのは私が、逆鱗への攻撃をエリルさんに頼みます。私と上級生3人が囮を務めるので、気兼ねなく攻撃してください」

 ラナティア教授が手順を確認する。

「わかりました」


「上手くやれよ、ドラゴンを殺ったとか国で自慢できるぜ。ああ全く、俺も魔力が残ってればワンチャンあったのに」

 カナミはこんな状況すら楽しんでるように見える。

「ドラゴンを剣でね・・・・エリルなら出来そうに思えるけど、無理だったら無茶せずに逃げるのよ! 一応これを渡しておくわ」

 サラーサから耐火マントを受け取る。濡れてる上に焦げ目も付いているけれど、何も無いよりマジだろう。

「ありがとう、助かるよ」


 二人が避難していくと、入れ替わりでスオン先輩とシナール先輩がやって来た。


「スオン君、シナール君、ツエナさんの3人は伝えたとおりドラゴンの足元で囮を務めてください。私とメイさん、エリルさんで右首上にある逆鱗を攻撃して必殺を狙います。失敗したら私が風でかく乱するので森へ逃げ込むように。あと、注意するのを忘れていましたが、ドラゴンの血は有毒なので必ず障壁で防ぐか避けるように」

 ドラゴンの血が有毒? そんな話は聞いてなかった。剣で斬りつけたら確実にれる気がする。

 だけど、今更作戦を変えるわけにもいかないし・・・・こうなったら運を天に任せて回避できることを願うしかないか。


「ラナティア教授! そいつは!!」

 スオン先輩がメサを指して抗議の声を上げる。が、

「来ましたよ!」

 タイミングよくドラゴンが舞い降りて来た。


 さっとメサがはーちゃんを僕に被せる。

「ハットにお主の補助をさせるのじゃ。しかして、その剣を持っていたら宙に飛ばせぬ気がするのじゃが、どうするつもりじゃ?」

「大丈夫、タイミングを計るから声をかけたらお願い」


 僕はサラーサから貰った耐火マントを体に巻き付けて準備を整えた。

 やがて先輩たちとドラゴンの戦いが始まった。戦いと言っても、防戦一方だけれど。

 少ししてドラゴンが先輩たちに炎を吐きかけようと頭を下げた。


 今だ!


 剣が魔術を妨害するなら、持っていなければいいだけの話だ。

 僕は勢いをつけて剣を空高く放り投げた。

「メサ、お願い!」

「うむ! ストーンウォール!」

 返事と同時に地面から石壁が勢いよく突き出して、僕を宙に吹き飛ばした。


「舞い上がれ、フライウインド!」

 続いてラナティア教授の魔術が僕を空高く舞い上げ、

「ヨシ! インビジブル」

 はーちゃんの魔術が僕の姿を隠す。


 あっという間にドラゴンの頭を越えて、僕は落ちてきた剣を掴んだ!


「よし!」


 瞬く間に体が浮力を失って落下し始める。

 と、ドラゴンは僕を察知したらしく、先輩達に吐きかけていた炎をそのままに僕の方を向いた。


 速い!


 炎の壁が僕に迫る。

「アンチファイア!」

 はーちゃんの魔術で一瞬炎が散るが、焼け石に水だ。


 僕は腕で顔を守りつつ炎に突っ込んだ。

 思いのほか熱さは感じない。


 と、大きな音がして炎が逸れた。

 シナール先輩が魔術でドラゴンの横顔を叩き飛ばしたようだ。

 続いてスオン先輩の魔術がドラゴンの全身を一瞬凍らせた。

 ナイスタイミングだ!


 僕はドラゴンの動きが鈍った隙に、右首上へ突っ込み血を流す鱗に剣を突き刺した。

 軽い抵抗を感じた直後、剣は鱗を貫いて深々と突き刺さり、落下する勢いのままにドラゴンの首を縦に裂いた。


 少しの間をおいて血が噴水のように噴き出す。

 さすがに回避しきれず、ドラゴンの青い血が僕の顔と右手を濡らした。


 ドラゴンは激しく首を振り、僕を排除しようと手を伸ばしてきたが、僕はすぐさまドラゴンの首元を蹴って剣を引き抜き、宙に飛び出した。

 心が少し痛んだが、剣を誰もいないところに向かって投げ捨てる。


「エアウィンドウ・クッション!」

 次の瞬間、ラナティア教授の魔術で体が持ち上げられ、そっと地面に降ろされた。

 ドラゴンは大きな叫び声を上げて暴れていたが、やがて崩れ落ちて静かになった。


「大変! 早くドラゴンの血を洗い流さないと!」

 ラナティア教授の悲鳴交じりの声を聞いてスオン先輩が魔術で作った水を僕に掛けた。

氷水のように冷たい感覚に身が逆立つ。


「意識ははっきりしてる? 不快感は? 手の感覚はある?」

 ラナティア教授から矢継ぎ早に質問される。

「大丈夫です」

 制服は焦げて穴だらけになっているけれど、痛みや違和感はない。


「本当に!?」

 ラナティア教授は目を白黒させている。

「本当です。特に異常は感じません」

 主に血を被った右手を持ち上げて見せる。


「その剣の効果なのかしら? それにしても・・・・」

 ラナティア教授は首をかしげる。

「僕も剣に解毒効果がとは聞いてないです」

 ひょっとかしたら今後にある研究テーマのひとつになるだろうか?

 そんなことを考えていると、横にいたメサが突然音をたてて倒れた。

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