36話 サラーサの行方
魔猪の足跡とカナミ逹が付けた目印をたどって、山を駆け上がる。僕の後ろをメサがぴったりとついてくる。魔術で身体能力を強化しているはずだけど、僕を追い抜く気はないらしい。少し残念だ。
相変わらず道沿いから魔物が襲いかかってくるが、剣の腹で払い飛ばして進む。この調子ならすぐカナミ達に追いつけるかと思ったけれど・・・・
あれから半刻は走っただろうか? 僕の後ろにいたメサは体力が尽きたらしく、だんだんと離れていって今や見えなくなってしまった。魔術ってそこまで万能じゃないようだ。
前を見ると森が途切れて先が明るくなっている。
メサは魔獣には襲われないって言っていたけれど、少し心配だ。サラーサには悪いけれど、あそこで少し休憩してメサが追い付くのを待った方が良いかもしれない。
そう思って立ち止まろうと歩みを緩め――――なんとはなしに足先に当たった小石が音もなく虚空に消えた。
「うわっ!?」
思わず声をあげて背後に飛びのく。
森が途切れていると思った場所には、断崖絶壁が広がっていた。高さ的に僕の身長の10倍以上あるだろうか。あとほんの少し止まるのが遅かったら、崖から身を投げ出すことになるところだった。
驚いたせいで、走ってきた以上に心臓がバクバク言ってる。
何気なく覗いた崖下には赤黒い何かが広がっていた。
「あれって・・・」
かろうじて残る塊は、何か毛深い魔獣の肉片に見えなくもない。
それが何を意味するのか・・・心臓が波打ち動悸が速くなる。
仮にも魔猪はこの山に住んでいた魔獣だ。逃げている途中だからと言って、こんな崖から飛び出すなんてありえない。そんな期待をもって目をゆっくりと足元に向けるが・・・足跡は崖にまっすぐ進んで消えていた。
考えるべきではないと何かが警鐘を鳴らすが、考えずにはいられない。
おそらくサラーサを咥えた魔猪は、立ち止まることなくこの崖から飛びだしたんだ。
よく見ると下に転がっている肉片には後脚だったと思われるものが引っ付いている。状況的に、頭から地面に叩きつけられたのだろう。サラーサを口に咥えたまま――――
「う゛っ」
唐突に胃から何かが込上げてくる。ものがあって手で口を押さえる。
口を押さえた手の上を涙がとめどなく零れ落ちた。
「サラーサ・・・」
学生とはいえ魔術師がこんなに簡単に死ぬなんて・・・・セルバウルの金属でなければ、大砲の弾にだって耐えることができる魔術師だっているって聞いたのに。
そんな思いがよぎり、ふと冷静に戻る。
サラーサはちょっと抜けてるところがあるけれど、頭のいい魔術師だ。今回の校外学習には色々と準備もしていたみたいだし、この高さから落下しても実は無事でいるかもしれない。
僅かな希望を頼りに僕は顔を上げ、声を出す。
「サラーサ! 返事してサラーサ!!」
と、僕の声に反応して赤い血肉の中に動く人影が見えた。
「サラーサ!?」
その人物は僕に向かって手を振り始めた。
場所が遠く、血に汚れているせいでかなりわかりにくいが、あれは・・・・カナミだ。
すっかり失念していた。先行していたのだから居て当然なんだけれど。
おそらくサラーサの安否を確認するため、崖を迂回して下に行ったんだろう。
「カナミ! サラーサは!! サラーサは無事?」
「サラーサーのやつは!」
僕の問いかけにカナミも大声で答える。
「見つからねぇー!」
あの凄惨な肉片の中にサラーサはいないらしい。
「よかった!」
気が抜けて地面に座り込みそうになるが、まだ聞かないといけない大切なことがある。
「サラーサは、どこに!?」
「わっかんーねぇーーー」
もし崖下に落下しても無事で居られたら、どこに向かうだろうか? 助けが来るのを待っていても良さそうなものだけれど・・・もう一度崖下を見ると肉片の周囲に、焼け焦げた魔獣の死体が幾つかあることに気が付いた。たぶん、血の臭いで集まってきた魔獣をカナミが焼き払ったんだろう。
よく見ると血でできた何かの足跡が数個、森に向かって消えている。
考えられる可能性としては、新手の魔獣に追われて逃げたか、最悪襲われて連れ去られたか・・・
ツエナ先輩の姿が見当たらないのは、あの足跡を追って行ったのかもしれない。
ここで落ち込んでいても仕方がない。暗澹とする気持ちを奮い立たせるため、別の可能性を考える。
もし、サラーサが崖下に落ちる前に魔猪から脱出していたとしたら?
ここまでの道沿いにそれらしい痕跡はなかった気もするけれど、案外見落としているのかもしれないと思えた。崖下の捜索はカナミ達に任せて、一旦探しに戻るべきだろう。
「カナミ! 僕らは来た道を戻ってサラーサを探すよ!」
「あぁ!? じゃあここはどぉすんだよ!!」
「もうすぐラナティア教授たちも追いついてくるはずだから! それまでお願い!」
「マジかよ!! って、ああもう!」
カナミは何気なく頭を抱えるも、両手についていた血が頭にもついてしまいヤキモキしている。と、血の臭いに誘われて新手の魔獣が現れた。
「あー、マジ最悪!!」
そう声を上げると、カナミはヤケクソ気味に炎を飛ばして戦い始めた。崖下は開けているおかげで奇襲されにくく、魔術を使って戦いやすい。もしドラゴンが襲って来ても、カナミならなんとかなるだろう。
そうこうしている間に、森からメサが追い付いてきた。
「メサ、戻るよ!」
「な、なんじゃと!?」
メサは突然の方向転換に目を白黒させる。
「ここに来るまでに魔猪からサラーサが脱出してたかもしれないんだ!」
「そ、それは、良かった、のじゃ。じゃが、せめて少し、休憩させて、ほしい、のじゃ・・・」
メサは顔を真っ赤にして息も絶え絶えだ。少し休憩させてあげるべきだろう。
それに、とりあえず戻ると言ってはみたものの、どこを探せばいいのかは皆目見当がつかない。
何か目印の様なものはないかと辺りを見渡してみると・・・・少し離れた山上に建物があることに気が付いた。
あれは、僕らが向かう予定だった竜騎士の詰所なんじゃないだろうか?
ひょっとかしたらサラーサもあの建物を見つけて向かったのかもしれない。
「メサ、あそこに見えてる建物に行くよ!」
そう言って歩き出そうとした瞬間、大きな咆哮が轟いて僕が指差した建物から大きな火の手が上がった。
「なっ!?」
「何か事件が起こったみたいじゃな・・・」
「今ノ声ハ、ドラゴンダゼ!」
「何かやばそうじゃが、行くのけ?」
僕はメサの質問に答えないまま駆け出した。
気のせいかもしれない。けれど、僕の耳には咆哮の中にサラーサの悲鳴が混じっていたように聞こえた。
「絶対に助けるんだ!」
剣を握る手に力が入る。また再び、間に合わなかったなんて思う後悔はしたくはない。
もしドラゴンが相手だとしても、僕のこの剣で切り伏せて見せる!
「英雄譚と言えばドラゴン退治じゃな!」
「僕の国にはそういった話がないんだけど、英雄はどうやってドラゴンを倒したの?」
「もちろん魔術の一撃で粉砕じゃ! 悪いドラゴンどもは世界に散って、滅びかけた大地が蘇るのじゃ」
「何気にグロイね・・・。というか一撃で終わったら風情がないと言うか、むしろドラゴンがかわいそうに思えるよ」
「実話なのじゃから仕方がなかろう」
「え゛・・・実話だったの?」
「ある程度実力のある魔術師なら実践した者も多い話じゃ」
「その話、英雄譚じゃなくて虐殺の話だよね」
「英雄とはそういうものじゃ」
「そうは思いたくないよ!」