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03話 学園へ

 朝食を終え、僕は学園に向かうことにした。


「エリル様! いってらっしゃいませ!」

 元気いっぱいにアンナが見送りをしてくれる。


 少し勝ち誇ったように見えるのは、気のせいじゃないだろう。

 結局、交易所の名前はアンナたちが譲らず僕は根負けした。

 せめてもの救いは名前の書かれた大きな看板を下げられたことだろうか。


「エリル様、ご武運を」

 ヴィルミアも敬礼で見送りをしてくれる。

 まるで戦地へ赴く者を見送るような雰囲気だ。

 渡された怪しげな荷物を持て余しつつ、愛想笑いで手を振って僕は交易所から離れた。


「エリル様、短い距離ですが門までお供します」

 学園に向かって歩いているとグレイスが声を掛けてきた。

 交易所に着いた時はいつの間にか姿を消していて、兄上の元へ帰ったのだと思っていたが・・・なんとも立ち回りの上手いことだ。


「グレイスはいつまで街に留まる感じ?」

「当分の間、交易所の職員として滞在します。本格的に交易が開始されたら代わりの人員と交代する予定ですが」

 淡々と答える。それなら一緒に朝食を食べればよかったのに。


「交易所の店長も兄上の部隊の人?」

「・・・」

 なぜか沈黙する。

 口止めでもされているのだろうか?


「まさか兄上が店長だったり?」

 兄上ならやりそうだ。

「いえ違います。店長は・・・私になります」

 予想外の答えだった。

 階級的にはヴィルミアが上になるはずだ。

 それで店長の扱いが雑だったのかもしれないけれど。


 何となく見つけた弱点?に付け込んでみる。

「女性スタッフに囲まれてハーレムだね」

「そんな要素は一つも。誤解の無いよう先に話しておきますが、ゴルグレーに住人登録をするにあたり、私を主人として、ヴィルミア副隊長を妻、チーチル隊員を養子として登録しています」

 それはちょっと嫉妬する。グレイスは全く嬉しそうではないが・・・


「本当に? おめでとう!」

「やめてくださいエリル様。前に軽口をたたいた時に向けられたヴィルミア副隊長の恐ろしい視線がトラウマになって未だに忘れられませんよ。しかも何を思い違いているのか、過去の女性関係を洗いざらい暴かれた上に、日々接触した女性を確認されて、浮気しないように詰め寄られる始末で・・・」

 ヴィルミアってそんな感じなんだ・・・もし兄上とヴィルミアが結婚したら一緒に監視するのも楽しいかもしれない。


 朝を過ぎて活気づく街に対して、学園の周囲は荘厳な雰囲気が漂っている。

 数刻ほど歩いて着いた入り口の周辺には人気がなく、窓口に初老の男性がいるだけであった。


 グレイスが足を止めた。

「エリル様、私がご案内できるのはここまでとなります」

 ここから先は許可が無いと立ち入れない場所になるらしい。

 グレイスが宛名の書かれた紙束を出して手渡してくる。


「今後、学園の外に御用がありましたら、先ほどの交易所までこの手紙をお送りください。この場所までお迎えに上がります」

 学園の外ということは街に遊びに行く時も護衛が付くということだろうか?


「友達と一緒に買い物に行くぐらいなら、護衛はなくても大丈夫だと思うのだけど・・・」

 街の治安は良いと聞いているし、実戦を経験していないとはいえ僕も騎士だ。

 いざって時の備えもある。


 街を友人と散策して遊ぶ、セルバウルでは無理だった青春の1ページみたいなことをどうしてもやりたかった。


「何かあった場合、国同士の問題に発展するので」

 確かに正論だ。


 しかし―――僕はグレイスの装備に目を向ける。

 これまでの道中は人気も少なく気にしなかったけれど、街中にもかかわらず重厚な金属鎧に盾、しかも帯剣までしている。動きやすさを重視する魔術師は基本軽装で、衛兵の服装も町人と大差ない。


 一緒に友人と歩く様を想像してみるも・・・否が応でも目を引く。


「もう少し人目をはばからない装備にはならないものなの?」


 人は魔術を使えないから致し方ないとはいえ、魔術師の友人の前で対魔術師用の装備に身を固めた護衛を連れ歩くのは、どう考えてもドン引きだろう。学園の生徒に貴族が多いことを思うと、あらぬ疑いすら抱かれそうだ。


「要人が護衛をお連れになることが、そこまで問題になるとは思いませんが・・・どうしても気まずいようでしたら、隠れて護衛せよと指示して頂ければ良いかと」

 グレイスから思わぬ譲歩があった。


「うーん・・・色々と問題がありそうだけれど、大丈夫?」

 この装備で隠れるって、どの程度になるのだろう?

 どう考えても見つかって、ちょっとした騒ぎになるとしか思えない。


「もしもの時はエリル様から説明をお願いいたします」

 見つかったとしても何も問題はない。と、言わんばかりにグレイスが答える。

 僕は考えることをやめた。「もしも」がどういう状況かはその時考えよう。


「道案内ありがとうグレイス」

 グレイスに別れを告げ門の窓口に向かう。

 セルバウルから遠く離れて、ここからは僕1人だ。

 色々と不安を感じるけれど、自由な学生生活の始まりに胸を膨らませた。


「おはようございます! セルバウルから来た留学生のノエイン・エリルです。学長様にお取次ぎをお願いします」


「おぉ、おはよう。また留学生か、今日は多いな。今、別の学生を案内するのに人が出払っていてな、人を呼ぶから門をくぐった先の広場で待っておれ」

 受付の男性は紙に何かを書きこむと、それを宙にかざした。

 次の瞬間、どこからともなく飛んできた鳥が紙を掴み、あっというまに紙を空へと持ち去った。


 使い魔だ! 少し驚きつつ空を見上げていると、窓口の老人が声をかけてきた。


「すぐに迎えが来る。あと、間違っても広場の外には出るんじゃないぞ。何が起こっても責任は取れんからな」

 なんとも手厳しい忠告をもらって、僕はいそいそと門をくぐった。

 広場の外に出ると何が起こるんだろうか?


 先にはちょっとした石畳の広場が広がっていて、その先は林になっていた。

 何気なく眺めていると、林の草陰から鳥が飛び立った。さっきのような使い魔だろうか?


 木の陰に大きな何かが転がっている。

 興味を惹かれ、少し近づいてみると・・・それは大きな魔法帽だった。


 帽子の下に誰かが居るように見える。学生だろうか?

 しばらく見つめていると、帽子が不可思議に動いた。

 そしてゆっくりと寝ていたそれが起き上がる。


 純白の髪を風になびかせたそれと目があった。遠目ながらそう思った。

 何か違和感があるけれど、離れているためよくわからない。

 よく見ようと目を凝らそうとしたところ・・・


「失礼、そこの君」

 突然、背後から声を掛けられた。


「へ? あ、はい!」

 不意を突かれて僕は狼狽した。


「先ほど受付から連絡があった留学生は、貴公であっているか?」

 いつの間にか後ろに女性の衛兵が立っていた。


「はい! 留学生のノエイン・エリルです」

 僕は彼女に向き直った。


「衛兵のカトレアだ。・・・林の中になにか?」

 カトレアは少し不思議そうに僕が眺めていた林を見渡す。


「えっと、林の中に人が寝ていたので、つい気になって」

 気をそらした間に、帽子の人物は居なくなっていた。


「林の中に人が? しかも一人で? それはないはずだが・・・」

 カトレアは怪訝な顔をする。

 学園内の魔術師でも広場の外に出るのは問題なのだろうか?


「窓口の人に広場から出ないようにと言われたのですけど、何か危険が?」

 見る限りでは危なそうなものは見えない。

 罠でもあるのだろうか?


「知らないなら教えておくが、学園内では魔物が発生する。道から外れた場所では突然襲われることがあるから、不用意に入り込むことが禁じられている。探知を兼ねた罠もあったりして、見渡しのいい林でも単独で歩き回る者は学内にいないと言っていい」

 思いのほか物騒だった。

 魔物というのは魔力の籠った場所に発生すると兄から聞いてはいたが。


「じゃあ僕が見たのは? 人に見えたのだけど」

 見た限りだと無防備に草地で寝ていたとしか考えられない。


「パーティで申請を出せば散策することもできるが、この辺りを探索しても得られるものもないだろうし・・・何かの見間違いなのでは?」

 申請を出して散策するとか、道の外に出るのにそんな準備が必要だとは思わなかった。


「うーん」

 目があったはずなのに、帽子以外ははっきりとした印象がなく、僕は唸った。

 あれは本当に人だっただろうか?

 帽子があったと思う場所には白い花々が咲いていて、風に揺れていた。


「結界も反応していないから、外部からの侵入者でもないだろう。あまり考えられないが、人型の魔物が発生していた場合を考えて、警備に連絡をしておこう」


 少し納得のいかないまま僕は学長室へと案内されることとなった。

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