33話 校外学習へ
校外学習当日、僕らは外が見えないように細工された幌馬車に乗って山へと向かった。
「サラーサ、さすがにその荷物はねーぜ」
サラーサの大きく膨れたリュックを見てカナミが呆れる。大抵の学生は手提げカバンで大した荷物を持っていない。
「だって山登りよ!? 魔獣とも初めての実戦になるし、念入りに準備しておいた方が良いと思ったのだけど・・・」
サラーサは咄嗟に反論するも、明らかに一人だけ荷物が多い状況に言葉を濁す。
「Aランクだと講義前の魔物掃除とかはないんだっけ」
「魔物掃除? なにそれ」
サラーサは聞いたことがないらしく目を丸くする。
「Sランクの使う教室は稀に魔物が発生してることがあって、使用前に掃除する必要があったりするんだよ。大体は本とかの小さい魔物だけど、理事長の作品が魔物化してると後片付けが大変で」
ガーゴイルや無駄に大きな鎧とかは元の位置に戻すことからして大変だった。
「オリエンテーションの時みたいに消し飛ばしちまえば良いのに」
確かにそれができたら楽なんだけど。
「カナミが僕の代わりに弁償してくれるっていうなら考えなくもないけど?」
「それよか逆にゴミの処分代を出して欲しいぜ」
それは僕の台詞だ。
「私、Sランクにならなくて良かったわ」
サラーサは信じられないと言った雰囲気だ。
「サラーサならSランク十分やれたと思うけどな。掃除なんてエリルに任せときゃいいし」
相変わらずカナミは調子のいいことを言う。
「たまにはカナミも手伝ってよ。最近はずっと講義が始まるギリギリに来るから掃除終わっちゃてるし」
「ワザとだよワザと、エリルも毎回掃除なんかしねーで他の奴に任せりゃいいのに」
だろうと思った。
「それが原因で講義が遅れたら嫌だよ」
「あーこれだから真面目君は。たまには無駄に魔力だけあって頭がBランクな奴らを働かせたほうが良いぜ」
馬車に同乗するSランクの学生がこっちを睨む。それに気が付いたカナミがあざけるように見返す。
ぶっちゃけSランクの同級生とカナミの仲は険悪だ。まだ何とか喧嘩には至っていないけれど・・・
パン!
僕が周囲の同級生を気にしていると横で乾いた音が響いた。
「ってーな、なにすんだよサラーサ!」
サラーサがカナミの頬を叩いていた。
「逃げ出したカナミにエリルの行動をとやかく言う資格なんてないわ!」
サラーサが顔を真っ赤にして怒っている。
「逃げ出してなんかねーよ」
カナミも綺麗に手形の付いた頬を押さえながら言い返す。
「逃げたのよ、他の学生を説得するのが面倒くさかったんでしょ!」
「それは―――そうだけど、でも説得しようにもエリルが勝手に・・・」
理詰めの説教にカナミは弱く、助けを求めるように僕の方を見てくる。でも、その言い方だと僕が悪いことになるし、しばらく様子を見ることにした。
「エリルに相談はしたの?」
「いや、してないけど・・・」
「なんでしないのよ!」
矢継ぎ早にカナミをサラーサが攻める。
「だって、人が嫌がることは率先してやった方が良いなんて言うんだぜ」
嫌がること云々は僕、というより兄上の受け売りだ。
「でもとか、だってとか、言い訳しない! 結局、全部エリルに押し付けたんだから他の学生をあざける資格なんてカナミにはないわ!」
多少広いとはいえ馬車の中にサラーサの声が響き渡って、みんながこっちを見ている。
「サラーサ、みんな見てるしその辺で・・・」
「エリルも反省する必要があるわ!」
「えっ僕も!?」
なぜかサラーサの怒りが僕にも飛び火した。
「エリルにとっては善意のつもりかもしれないけど、それは他の人が成長する機会を奪う行為よ!」
「成長する機会を奪う・・・」
確かに善意に加えて、僕自身の魔術や戦闘の練習にはなるとは思っていたから、人の機会を奪っていると言われると反論する余地はなかった。
「エリルが人の嫌がることを全てやってしまったら、エリルが居ないときに掃除の出来る人が居なくなっちゃうし、掃除をせずに卒業したら掃除の苦労や大切さを理解できない人が生まれることになるわ。そういった人は仕事に貴賎があるなんて勘違いして足元をすくわれてしまうのよ!」
なんだろう、掃除じゃない掃除の話になってる気がする。
「なにもそこまで大ごとにはならない・・・と思いたいけど」
「エリルが特殊なのよ。魔術師は貴族出身が多いから」
確かに僕は特殊だけど、そういうサラーサもなんか特殊だと思う。
「エリルはなんか泥臭いからな。卒業したら冒険者とかやりそうな勢いで」
「泥臭いはひどいよ」
まあ、カナミの言う通り何もなければ冒険者を目指していたと思う。
「カナミ、もう一回叩かれたいの?」
調子を取り戻したカナミをサラーサがたしなめる。
「わかってるって。反省したから、これからはエリルに任せっきりにはしないって」
「なら朝も起きてこれるってことね」
入学したころは3人で朝食を食べていたけれど、すぐにカナミが起きてこなくなってた。朝に弱かったり、派閥の活動が夜遅くまであるんだろうと思って、無理に起こしたりはしてこなかった。
「えっとそれは・・・」
カナミがしどろもどろになる。
「大丈夫、ちゃんと起こしに行ってあげるから」
そう言うサラーサの笑顔が怖い。
「マジか―――」
「返事は?」
「わかったよ。サラーサ先生よろしくお願いします」
サラーサの追求に観念したらしくカナミが頭を下げる。
「まったく、2人とも私が居ないとダメなんだから」
そう言って腕を組むサラーサの姿は、膨れたリュックのせいで今一さまにならない。
そうしている間に目的に着いたらしく、馬車が止まった。
外に出るとそこは木々が鬱蒼と広がる森の中だった。
やがて全ての馬車が到着して学生がそろうとラナティア教授が説明を始めた。
「今日の校外学習では山に分布する魔獣の確認としてスケッチや素材の採取を行います。まずは全員で山の頂上にある竜騎兵の詰所を目指し、午後から学習を行うための自由行動とします」
素材の採取とかすごく冒険者っぽい。竜騎兵の詰所も気になってしょうがないけど。
「山は魔獣が出る危険地帯なので、登る前に3人以上のパーティを組んでください。ランクや人数の制限はしませんが、山道である程度連携が取れるパーティにしてください。なお、襲ってくる魔獣は殺してしまって構いませんが、逃げる個体を執拗に追ったり、広範囲に渡って森を破壊するような行為は慎むように!」
僕はカナミとサラーサの3人でパーティを作った。馬車に乗る前から僕に引っ付く形でずっとメサも居るが、ちょっとした問題もあって姿を隠している。
「先頭はSランクの学生が居るパーティに務めていただきます」
ラナティア教授がそう言うと、僕らの周囲にいた学生がすっと後ろに下がる。そんな中で、
「よし! 頂上に一番乗りだぜ!」
カナミがガッツポーズで拳を上げた。
「では、カナミさんのパーティに先頭を任せます」
間髪入れずラナティア教授に指名されてしまった。
「カナミ! オリエンテーションの経験を忘れたの?」
先頭とか絶対露払いをすることになるに決まってる。さすがに囮として山の中を走り回るのは嫌だ。
「エリル、人は成長するものだぜ」
「やってることと言ってることが矛盾してるよ」
「まあ、見てなって!」
そう言ってカナミは自信満々に進もうとするが―――
「カナミ、そっちは藪だよ!」
魔獣のいそうな藪に突っ込もうとするカナミを引きとめる。
「それに進もうにも山頂への道が分からないし・・・」
ラナティア教授の方を見る。
「山頂までの道案内は、研修で授業に参加してくれている上級生にしていただきます。3人とも前へ」
ラナティア教授の声とともに3人の上級生が前に出た。
1人目は入学式で問題を起こしたシナール先輩だ。あんな騒ぎを起こしても退学にはならなかったようだ。なんだか嫌々やっているようで、強制的にやらされているんだろう。
2人目は前に氷魔術を使ってメサに怪我を負わせた白の会の学生だ。馬車に同乗することになってメサが姿を隠すことになった原因でもある。僕と目が合うと気まずそうに目を逸らした。またメサに危害を加えようなんて考えてなければいいけれど・・・
3人目は見知らぬ上級生だ。僕らの方を向いて意味深な笑みを浮かべている。
「先頭にツエナさん、間をスオン君とシナール君にお願いします。私は最後尾を担当します。それでは各パーティは少し間隔を開けてスタートしてください」
とりあえず一番問題が無さそうな先輩が担当になってホッとする。
「ノエイン・エリルさんにフィクサス・サラーサさんね。はじめまして3年のフォルン・ツエナよ、よろしく」
「よろしくお願いします!」
威勢よく返事をする。
「よろしくお願いします。ツエナ先輩はもう学生の顔と名前を憶えられていらっしゃるんですか?」
サーラサも続いて返事をして、ちょっとした疑問を口にする。
「いいえ、2人については彼女から色々と話を聞いていたからよ。それじゃあカナミ、道中は任せたわ」
ツエナ先輩がカナミに気さくに話しかける。
「研修で来るとか、先輩本気で教師を目指してたのかよ」
「ふざけていたつもりはなかったのだけれど?」
「いっとけ」
ツエナ先輩はカナミのタメ口にも笑みを崩さず受け答えをする。2人は随分と親しいみたいだ。
「知り合い?」
「派閥の先輩だよ」
そう言ってカナミは苦い顔をする。
カナミが所属する派閥ということは、ツエナ先輩もエイレーン魔法国の出身なんだろう。
カナミがかなり粗暴な感じだからエイレーンにはそういう魔術師が多いのかと思ったけれど、ツエナ先輩はどちらかというとサラーサに似てしっかりしている感じだ。
「うしろがつかえちゃうから、てきぱき進むわよ!」
「へいへい、わーったよツエナ先輩」
カナミはツエナ先輩を苦手にしているみたいだけど、何があったか想像に難くない。
ラナティア教授「希少個体の素材や捕獲による加点は学園に帰ってから行いますが、馬車に乗せられない物は持ち帰れません。ましてや捕まえた魔獣に騎乗して帰ろうなんて考えは論外です」
投げ縄を持った学生達「えぇー!」
エリル(彼らは馬でも捕まえる気だったのかな・・・)
前の話からまた随分と間が開いてしまった・・・
分割したから次話はもう少し早く書けるはず。