31話 お泊り
「ふふん」
メサが鼻を鳴らす。僕を泊めるのが余程嬉しいらしい。
「下僕とはいえ初の来客じゃ、夕食は我に任せるがよい」
「へっ? メサって料理できたの!?」
予想外の申し出に驚いてつい聞き返す。いつも部屋でゴロゴロして、食事は僕が持っていかないとお菓子で済ませようとするあのメサが・・・
「もちろんじゃとも、伊達に一人で暮らしておらぬわ!」
「俺様モイルゾ」
なんだろう不安しかない。
「せぬから出来ぬと決めつけるなど早計じゃぞ」
「うーん、メサがそう言うなら任せるよ」
万が一の時は非常食もあるし、何とかなるかな。
「出来たら声をかけるから客間で待っておれ。決して覗くでないぞ!」
「見タラ飯ガ泥ニナルト思エ」
「泥ってなんでそんなものになるの!?」
魔術で食事を呼び寄せたりするんだろうか?
「そんな料理があるものか!」
「当タラズモ遠カラズダナ」
遠からずってどういう意味だろうか・・・
と、食事の前にしたいことがあったのを思い出した。
「メサ、お風呂ってある?」
「無いぞ」
ここに来てまさかのお風呂なしとは。
「ならシャワーは?」
「ネーナ」
「シャワーも!? じゃあ体ってどこで洗ってるの?」
「裏の池でじゃ」
「裏の池って・・・」
外はもう真っ暗で、ここは標高が少し高いらしく夏なのに思いのほか涼しい。ダンジョンから出てるとはいえ、さすがに池に入る気はしない。
「嫌なら魔術を使え」
「あの魔術はちょっと苦手で・・・お湯を貰ってもいい?」
「仕方ないの、少し待っておれ」
そう言うとメサは鍋に水を入れ、調理場に置いてある魔石の上に置く。
メサが手をかざすと魔石が熱を発して赤くなった。魔石のコンロだ。サラーサ曰く、魔術で薪に火をつけるより楽で、火力が安定しているものほど人気で高いらしい。
キッチンには僕が働いている間に採取したらしい怪しげな草や芋、茸が置いてある。ふと怪しげなものを食べると罹る恐ろしい病の話を思い出した。僕はなったことがないけれど、たしか兄上の話では人としての尊厳を失い時に命すら落とすことになるらしい。
今日は非常食で我慢しよう。
「ほれ湯が沸いたぞ! アホなことを考えておらずにとっとと行くがよい」
メサにお湯の入った鍋を渡されてキッチンから追い出された。
客間に入って服を脱ぐ。上に来ている制服は付与された魔術の効果で不自然なほど綺麗なままだったけど、下着はグトグトで所々が泥で茶色くなっていた。
「はー」
お湯に濡らしたタオルで体を拭う。物足りないけど仕方がない。
セルバウルにいた頃は真っ白だった肌は、この数日の土堀作業でずいぶんと日に焼けてしまった。姉上は喜びそうだけど、こんなことをしていると知ったら母上は怒るだろう。学園に来た目的とは少し違うことをしているけれど、兄上は喜んでくれるだろうか?
一通り体を拭いて新しい下着に着替える。蜥蜴の怪物と戦った時の経験で、用意していた予備の下着がさっそく役に立った。
「飯ができたぞー」
着替え終わった頃にタイミングよくメサから声がかかった。
「わかった、すぐいくよー」
食堂に行くと食卓に料理を並べたメサが自慢げに立っていた。
「これ全部メサが作ったの!?」
ポテトサラダに野菜炒め、焼き魚にバターの香り漂うライス、デザートにゼリーまである。予想していたものと違いすぎて開いた口がふさがらない。
「凄いじゃろ!」
「驚イタダロ!」
キッチンにメサ以外の誰かがいた気配はない。
「料理用のゴーレムなぞおらぬぞ」
「ぐぬぬ」
すごく負けた気がする。
唸っていても仕方がないので、席について慎重に料理を口に運ぶ。
「味はどうじゃ?」
「おいしい・・・」
見た目と違わず味も悪くない、というか良い、すごく良い、なにか優しさすら感じる味だ。
「ならよかった」
一瞬、違和感を感じてメサの方を見るも、
「もっと褒めるがよいぞ!」
腰に手を当てて高笑いを始めたメサはいつも通りだ。
というか、ここまで料理ができるなら普段の生活ももう少しなんとかなるんじゃ・・・
「今回だけ特別じゃ、明日の朝食は汝が作るのじゃぞ」
「朝食を作る?」
僕が料理を? 干し肉があれば良かったけれど、こんなことになるとは思っていなかったから非常食はクッキーしか持って来ていない、クッキーも煮込めば麦スープとか出来たりするだろうか?
「クッキーノ煮込みダトヨ」
「まさか汝・・・」
メサのジト目が痛い。家では使用人が食事を作っていたし、料理の経験なんて学園に来るまでの間に兄上と一緒に作った干し肉でスープぐらいだ。
「煮込むだけならできるよ!」
「クッキーを煮込んで料理にしようとする奴があるか! もったいない」
「じゃあ料理を教えてよ」
「嫌じゃ」
そう言うと思った。
「じゃあ明日はクッキーの煮込みだよ」
確か甘いオートミールもあった気もするし、何事もチャレンジだ。
「・・・仕方がない、我が作ってやる。長らく世話になったが、これで貸し借りなしじゃな」
「ちょ! 待ってメサ、これで貸し借りなしは流石にないよ!」
2ヵ月間、部屋に食事を持って帰り、お風呂に連れて行っては体を洗い、渋々ベットを共にした苦労がこの1、2食で終わり? せめて数日ほど料理付きで泊めてほしい。
「ほれ、はよ食わぬと冷めてしまうぞ」
「なら、せめて料理を教えてよ!」
「気が向けばな」
「うー」
唸る僕を置いてメサは料理を食べ始めた。
いつもと違ってその手付きが優雅に感じるのは状況のせいだろうか。
焼き魚に香辛料が効かせてあったりと病み付きになるような味に夢中になり、あっという間に食べきってしまった。最後に残したデザートの野イチゴゼリーを食べつつ、気になっていたことをメサに切り出す。
「ねぇメサ、聞きたいことが―――」
「何も話すことはないのじゃ」
予想通りの返答だった。
「でも、もうちょっと明るい絵を飾らない?」
食堂にはメサが描いたと思われる絵が飾ってあった。
暗い森に松明を持って立つ一人の女性が描かれているが、着る服は裂けて血に汚れその表情は暗い。外に置いてある像の事を思うと、もう生きてはいないんじゃないだろうか。
もっと明るい思い出もあるだろうに、なんでなんでこう気が滅入りそうな場面を食堂に飾ったんだろうか。
「余計ナオ節介ッテ奴ダゼ」
「片付けは我がやるから汝はとっとと寝るのじゃ」
気分を害したらしく、そう言ってメサはキッチンに行ってしまった。
仕方がないので僕も客室に引き上げることにした。
客室のベットは何となくカビ臭かったが眠れないほどじゃなかった。2ケ月も放置したわりには綺麗だと思ったけれど、おそらく僕が表で働いている間にメサが掃除をしていたんだろう。僕が来たことを歓迎してくれていたんだと思うと、機嫌を損ねるようなことになって申し訳なく感じた。
一人で寝るのが久しぶりでベットが随分と広く感じる。何となく物足りなさを覚えつつ、ベットに横になって目をつぶるととすぐさま睡魔が襲ってきた。
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夜、気配を感じて目を覚ます。寝ぼけたメサでも来たんだろうか?
拒否したところでどうせ押し入ってくるだろう、ボンヤリとした頭のまま起き上がり場所を開けようとすると・・・
「お姉さんだぁれ?」
子供のような口調で問いかけられた。
「? メサ、何を言って・・・」
月明かりに照らされた先には確かにメサが立っている。
聞き間違いだろうか?
「お姉さんだぁれ?」
再度同じ内容を問いかけられる。
よく見ると、瞳の色が目が黒い・・・メサの姿をしているけれどメサじゃない?
全身の毛が逆立ち、冷や汗が流れる。僕の意思に反して口が開き声が出る。
「僕は・・・ノエイン・エリル、メサと契約したぐ―――」
僕が話し終える前に、メサの姿をしたそれが突如として飛びかかってきた。
それはおもむろに僕の首を掴み、少女とは思えない力で首を締め上げ始めた。
「がっ」
腕をつかんで振りほどこうとするも力が一切入らない。
「そこはサラの場所だよ。ねえ、サラをどこにやったの?」
「ぐぐっ」
サラ?どこかで聞いた名前だ。と、だんだんと意識が遠のく。
川の向こうで死んだおじいちゃんが手を振って・・・って、こんなところで死ぬわけにはいかない! がむしゃらに体を振り回して僕は覆いかぶさっていたものを跳ね除けた。
ゴンッ
「ぬわっ!」
「あいた!」
飛び起きた瞬間、額に堅いものがぶち当たった。
いつの間にか部屋は明るくなっていて、ベットの脇を見ると頭を押さえたメサがうずくまっていた。
「うー、この石頭め」
「ソレミロ、言ワンコッチャネェ」
はーちゃんがため息をつく。
「酷いではないか! 朝食の準備ができたから呼びに来てやったのに、こんな仕打ちをするなぞ」
「僕を呼びに?」
さっきまで夜だと思っていたけど、既に日が登っていた。
「うなされておるから優しく起こしてやろうとしたのじゃ」
「口ヲ塞イデナ」
口を塞いで?
「それでだよ! メサのせいで酷い夢を見たんだから!」
凄く生々しかったけれど、首元を確認しても特に異常はない。アレは本当に夢だったみたいだ。
コブを押さえながらメサが恨みがましく僕を見上げてくるが、自業自得だ。
「ぐぬぬ」
とりあえずメサを宥めて食堂に向かう。
朝食にはサラダとスープに加えて、できたてのパンまで並べられていた。
本当にメサが作ったんだろうか?
夢の事といい、実はもう一人誰かいるのかもしれない。そんな疑いを抱きつつも朝食を終える。
すっきりしないけれど、メサよりアマリア学長に聞いた方が早いだろう。
残り少なくなった休みをサラーサ達と過ごすべく、僕は早々にメサの隠れ家を後にした。
「あの怪しげな茸はどこに?」
「隠し味じゃ! ハッピーな気分になる」
「それってダメなやつじゃ・・・」




