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29話 黒い獣

 僕の方を向く黒い獣に身構える。洞窟で何にも出会わなかったから油断していた。昨日の蜥蜴みたいに大きくはないけれど、こいつらも魔獣だろうか? メサの姿は見当たらない、血の臭いはしていないからたぶん大丈夫だと思うけど。


 数を相手するのに周囲の開けた場所だと分が悪い。腰を低くしてジリジリと洞窟へ後退しようとするも―――背後の草むらからも黒い獣が顔を出した。万事休すだ、一か八かで洞窟に駆け出込むしかない。


 そう思って意識を集中しようとした時、奥の小屋からメサが顔を出した。何やら怪しげな球体を抱えている。

「遅いと思ったら、なに油を売っておるのじゃ?」

 数体の黒い獣がメサの方を向くが、メサはそのまま呑気に僕のほうへと歩いてくる。


「メサ気を付けて! 草むらに魔獣がいるよ!」

「魔獣? ああ、奴らの事か」

 無防備に背中を見せて歩くメサに黒い獣が襲いかかる気配はない。危険は無いのかな?


「これってメサのペットか何か?」

 近くの一体を触ってみようと手を伸ばし・・・・

「ヤメトケ、怪我スルゾ」

 はーちゃんに止められた。


「奴らについては入学の際や講義で聞いたはずじゃぞ」

 メサがため息をついて呆れる。

「入学や講義で?」

 こんな黒い獣について教えて貰った覚えはない。


「奴らは魔獣ではない、魔物じゃ」

「あれが魔物?」

 黒い獣をよく見る。コツゴツとした毛は時折光を反射して、どこからどう見ても―――黒曜石でできた彫像だった。なるほど、通りで獣臭さがないわけだ。


「なんだ、魔物化した彫像か・・・って、危ないよメサ! 下がって!!」

 僕は慌てて魔物の前から飛び退いた。オリエンテーションで囮として走り回った碌でもない記憶が蘇る。魔物は自然発生した魔石が物に憑りついて、魔力を得るために動物や人を襲う。


「なに、奴らは道に施された魔物避けの効果で近寄ってこれぬ」

 足元を見ると学園と同じ模様の石畳が敷いてあった。

「ほんとだ」

 この石畳って本当に効果があったんだ。いったいどういう仕組みなんだろう?


「一応、魔物が発生しないように対策もしてあったのじゃが、流石に2か月も経つと綻んでしまったようじゃの」

 確か堅かったり、魔力を通しにくいものは発生した魔石が定着しにくくて、魔物化しにくかったはずだ。まあ、長期間放置するといずれ魔物化して、堅いものでも粘土みたいになって襲ってくるらしいが。


「これどうするの? いっぱいいるみたいだけど、まさか僕が全部倒すことにならないよね?」

 昨日の蜥蜴みたいに大きくはないけれど、目の前の草むらですら無数に居るのが見える。

「なに、こういう事態もあろうと思って、アニルから魔物退治用の道具を拝借しておる。それに汝に任せると壊してしまいそうじゃしな」

「ううっ」

 確かにオリエンテーションでは理事長の作品を一つ粉砕しちゃってるし、ぐうの音も出ない。


「さて、そんな不甲斐ない下僕に我が力を見せてやろう」

 そう言うとメサは持っていた球体を掲げた。メサの力というよりアニル先生が作った魔道具の力だと思うけど。

「括目して見るがよい、マナバースト!」

 メサが球体に魔力を注ぐ。何が起こるのかと思って見つめていると、球体が強烈な光を発して辺り一帯を真っ白に染め上げた。

「うわっ!」

 慌てて目をつぶる。


 瞼を通しても伝わってくる強い光はしばらくすると治まった。目を開くと、メサが地面で七転八倒していた。

「のぉおおおお! 目が! 焼け、焼けたのじゃ!!!!」

「もうなにやってるんだか・・・」

 少し離れていた僕ですら結構やられたのに、手元で見ていたらそうなるだろう。やがて動かなくなったメサに声をかける。

「大丈夫? それともアマリア学長に修復槽を使わせてもらう?」

 人は変異する可能性があるらしいけれど、なんかメサには影響しないみたいだし、その辺りは気にしなくていいだろう。

「こ、この程度のことでアマリアの世話になるのは嫌じゃ! 少し休めば大丈夫なのじゃから、あとは頼んだぞ」


「あと?」

 魔物を一掃したあとに何が・・・

「周リヲ見テ見ナ」

 はーちゃんに言われ周囲を見渡すと、魔物化していた彫像がそこらじゅうに転がっていた。

「おお、一網打尽だね! 一体どういう仕組みなの?」

 近くに転がる彫像をよく見てみると砕けた魔石が散っていた。

「大量の魔力ヲ小サナ核ニ注グト、急ナ膨張ニ耐エラレズ自壊スルノサ」

「へーなるほど」


「サテ、仕事ノ時間ダゼ」

「へっ?」

「魔物化していたとはいえ、我が作った大切な彫像じゃ。すべて集めて小屋横の空き地に並べておくじゃ」

 そう言うとメサはよたよたと小屋の中に入って行った。


 隠れ家は岩壁に囲まれていて彫像の散らばる範囲は限られているが、それでもそれなりに広い。

「このままでもよくない?」

「テメーニ拒否権ハナインダゼ。魔力ノ供給ガ必要ナイナラ、ソレデモイイケドナ」

 それを引き合いに出されると困る。


「うぅ、全部で一体いくつあるのかな・・・」

 彫像はそこらかしこに転がっている。

「298体ダ」

「そんなに!? 聞かなきゃよかったよ!」

 僕は仕方なく転がる彫像を集めることにした。一つ一つを持ち上げて、小屋の横に広がる空き地に並べていく。


 彫像の種類は様々で、犬や猫、鼠、鳥に爬虫類、蝶などの昆虫、中には見たこともない生き物?もあった。どれも細部までよく作ってあって今にも動き出しそうだ・・・って、さっきまで魔物化して本当に動いてたんだけど。彫像には全てに名前が彫ってあって、ずいぶんと思い入れがあるみたいだ。しかし、こんなに沢山の彫像を作るとか、どれだけ長い時間ここにいたんだろう? 周囲を岩壁に囲まれた小屋にただ一人。それを思うと目頭が熱くなった。


 メサは傍若無人に振る舞っているけれど、決して悪い子じゃない。アマリア学長に言われて他の学生と関係を持たないように行動しているけれど、寮に帰ったら僕以外の学生とも交流できるようにお願いしてみよう。サラーサやカナミなら事件のことなんて知らないだろうし、多少なら問題はないはずだ。


 そんなことを考えながら犬の彫像を運ぼうとして、何となく見た名前に手が止まる。


 犬の彫像にはサンラーク・グレーと彫られていた。

 サンラーク、メサが原因になって犬の使い魔(ペット)を失ったフィーア先輩の家名だ。

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