28話 洞窟を抜けて
昨日は魔獣に襲われて散々だった。湖で服を洗えてドロドロのまま帰ることにならず済んだのが、せめてもの救いだ。
借りた人形達は魔獣に完膚なきまで破壊され、土堀棒も一本壊してしまった。しかたなくアマリア学長に経緯を説明すると、
「洞窟から魔獣が? メサを連れた状態で襲われるとは想定外です。まあ、エリル様に怪我が無くなによりです」
と労ってくれたが、
「破壊された人形と土堀棒はエリル様からダン・アニル及びダン・オットー両教授に返却しておいてください」
面倒事を丸投げされた。せめて間に入ってほしかったが、
「現場にいた本人から説明するのが妥当でしょう。特に問題とされる行動はなかったと判断するので、アマリアが同行する意義はないと判断します」
と言われ取りつく島もなく、渋々壊れた人形と土堀棒を持って行くことになった。
2人の前で経緯を説明すると、形あるものはいずれ壊れ失われるから仕方がないと許してもらえ事なきを得た。まあ、アニル先生は内心かなり怒っていたみたいだけど。
魔獣の死体については、素材を剥ぐ技術も無く持てる荷物も僅かだったから、死体を焼いた後に残った手のひらサイズの石―――魔石だけを持ち帰った。学園の購買で換金すると討伐報酬がプラスされて10万ゴルドと結構な額のお金をもらえた。
初めて自分で手に入れたお小遣い以外のお金だ、いったい何に使おうかな?
ヴィルミアやアンナへのプレゼントを買ってみようかな? それとも、いつ渡せるかはわからないけど兄上へのプレゼントもいいかもしれない。ああでも、手に入れた経緯を説明することになったら怒られるかな・・・
そんなことに思いを巡らしながら、今日も僕は学園裏の山を登る。まあ、もう土砂を掘る必要がなくなって、荷物は昼食を入れたバケットだけだ。
いつもは先に行くメサが珍しく僕と並んで歩いている。
メサが僕の部屋に泊まるようになって約2か月、寝ぼけてベットに潜り込んでくるのには最初は困ったけれど、最近は気にならくなっていた。ベットの中でメサから伝わる少し高い体温、そして香る草木や土、太陽の匂いは何とも言えない感覚で、メサが隠れ家に帰って一人になると思うと一抹の寂しさを感じる。
湖を越えて裏の岩場へと向かうと、岩壁の下には泥沼が広がっていた。昨日置いた目印が無ければ洞窟のあった場所だとはとても思えないだろう。泥沼からは鼻を突くような悪臭が漂っている。
「それ、入るのじゃ」
そう言うとメサは颯爽と泥沼の中に入って行った。
漂う腐乱臭に涙が出てくるが、僕も意を決して足を進める。
一歩目、泥が靴を汚す。
二歩目、靴が沈み込みんで泥が中に入る。
三歩目、膝まで泥の中に入って足が重い。
四歩目、腰まで浸かって刺すような冷たさが伝わって・・・
「なに泥を堪能しておる、とっとと入るのじゃ!」
そう言うが早いか泥から伸びた手が容赦なく僕を中に引きずり込んだ。
「あっ、まっ――」
引っ張られるままに数歩進むと、泥を抜けて洞窟の中に出た。
「うぇぇ、ちょっと待ってよメサ、急に引きずり込むから口に泥が入った感触がしたよ!」
最悪と思える味と感触を体験して僕は抗議の声を上げる。
「一気に駆け抜けずアホなことをやっておるからじゃ」
靴に少し泥が付いているが、僕の服や体は一切汚れていない。そう、さっきの泥沼は洞窟の入り口を隠すための幻だ。下手に人や獣が寄り付かないようにする効果もあるらしい。
「全く忌避の幻影にゆっくり入るなぞ、汝は好き物じゃな」
「そういうのじゃなくて、ちょっと飛び込む決心がつかなかったから・・・」
幻と分かっていたけれど、あんなに本物っぽく感じるとは思っていなかった。
「飛び込んで地面に転がると本物の泥だらけになるわけじゃが?」
「ええと、飛び込むっていうのは言葉のあやだよ」
無論飛び込むつもりなんてね・・・
「コイツ頭カラ飛ビ込ム直前ダッタゼ」
「うぅ」
はーちゃんに心を読まれると反論する余地はなかった。
泥の幻に覆われた入り口からは光が入る様子がなく洞窟の中は真っ暗だった。けれど、メサの魔術のおかげで奥に続く道がしっかり見えている。
「昨日の魔獣ってここにいたんだよね? また同じ奴が出てきたりはしないよね・・・」
「あのレベルはこの辺りには一匹しかおらぬ。まあ、洞窟の奧には別の魔獣が居るんじゃが、この辺りは全く気配が無いの。奥に逃げたか奴に全部食われてしまったみたいじゃな」
別の魔獣?
「え、じゃあここってやっぱり魔獣とか出るの?」
「出るのじゃ。不用意にハズレの道に踏み込んだら死ぬような目に・・・というか死ぬの」
「なにそれ恐い!」
昨日以上の危険地帯だった。
「偶然見つけた未知のダンジョンに不用意に入り込むなぞ、死ににいくようなものじゃ」
「僕はダンジョン探索に来たわけじゃないんだけど・・・って、ここダンジョンなの!?」
「規模は小さいが一応定義を満たしておるし、ダンジョンじゃな」
いつの間にか僕は冒険させられることになったみたいだ。
「ってことはダンジョンコアや宝物があるってこと?」
「一番奥にあの理事長が作ったコアがあるの。宝物は置いておらぬが、いかなる宝物より尊い我がおるのじゃ」
「詐欺だね。尊いっていうより封印し損ねた問題児って感じだし」
「汝、そこは主を誉め称えるところじゃろ」
「わーメサってすっこーい」
僕の棒読みにメサが怒って頬を膨らます。
「カーカカカ、余裕ダナ!」
そんなメサの様子にはーちゃんが高笑いする。
機嫌を損ねたメサは黙々と枝分かれした洞窟を迷うことなく進んでいった。
五つ目の分岐を越え、あとどのくらいあるのか不安になりはじめたとき、メサが唐突に立ち止まった。
「出口に付いたぞ」
「えっ、どこに?」
通路はまだ奥へ真っ直ぐに続いている。
「ここじゃ」
そう言ってメサは通路の壁に半分埋まった岩を指す。
そっと岩に触れてみるが堅い感触が返ってくる。
「幻じゃないみたいだけど、何か仕掛けが?」
「そっちではない、壁の方じゃ」
そう言うとメサは岩の陰になっていた壁に消えた。幻で隠されているけれど、岩の横に人が一人通れる程度の隙間があるみたいだ。
幻の壁をくぐると、出口から差し込み光が見えた。
「やっとついたんだ」
緊張感が解け息を吐く。
特に危険なことはなかったけれども、ダンジョンはダンジョンだ。踏破した感じはしないけど、ちょっとした冒険を終えた気がする。
メサは先にってしまったみたいで姿はない。
洞窟から出るとメサの隠れ家らしい小屋が見えた。
僕も小屋に向かおうと道を進み、ふと何気なく草むらを見て―――、一瞬にして全身の毛が逆立つ。草むらからは無数の目が僕を見つめている。
洞窟から出た先で、僕は大量の黒い獣に取り囲まれていた。