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27話 蜥蜴の魔獣

 土砂の撤去を始めて4日目、洞窟を埋めたと思う土砂はほぼ無くなってきたが、まだ入り口は見当たらない。

「メサ、洞窟の場所ってここで本当にあってるの? なんかもう穴掘りみたいになってるけど」

 問いかけると木陰で休んでいるメサが返事をする。

「ここで問題ないぞ、少し掘り進んだ場所に入り口があるのじゃ。隠蔽の結界に影響するから岩壁は掘るでないぞ!」


 土を掘る道具で岩を掘るなんて無理だと僕も初めは思っていた。けれど、この土堀棒は思ってた以上に恐ろしい威力で、どれほど硬い岩も魔力マナを込めれば丸く削り取ることができた。もしこれを人に押し当てて使ったら酷いことになるだろう・・・


 そんなことを考えつつ作業をしていると、学園の方から鐘の音が響いてきた。

「昼食ノ時間ダ、休憩シテイイゾ」

「人形じゃないんだから、言われなくても休憩するよ!」 

 移動させた土砂の山に土堀棒を突き刺して、持って来たバケットに向かう。寮の食堂で特別に用意してもらったお昼ご飯だ、蓋を開けると様々なサンドイッチが姿を現した。


「おー今日は良い品ぞろえじゃな!」

 いつの間にか駆け寄ってきたメサが速攻でフルーツサンドを手に取った。

「メサ、食べる前に手を拭いて! あと、野菜やタマゴサンドとかも食べないと、また倒れることになるよ!」


 土砂の撤去作業でメサは全くの役立たずだった。あれだけ森の中を飄々と駆け回っていたとけれど、土を掘るとすぐに息切れするし、先日なんて熱中症で倒れてアマリア学長の所まで抱えていくことになった。


 メサに野菜やタマゴの入ったサンドイッチを渡していく。メサは極度の肉嫌いだ。まあ、動物と意思疎通ができるらしいし色々とあったんだろう、無理強(むりじ)いをする気はない。


 サンドイッチを食べ終わったメサにお茶を渡す。


 メサは主として何かと指示してくるが、自身の状態には無頓着だ。今も盛大に口元をクリームで汚している、このまま放置すると色々な物がクリームまみれになるだろうから仕方なくふき取ってやあげる。なんだかサラーサになった気分だ。


 今は試験後の短い夏休みで、僕はアマリア学長の指示で特別な補習を受けてることになってる。カナミは用事があるとかで出かけて、この数日居ない。サラーサは寮に残っていて、補習がんばってとエールを送られている。日々、泥まみれの汗だくで帰っているけれど、何をしているのか疑われる様子はない。まあ、そういうイベントもあったし、もし誘ってもサラーサは来ないだろう。


 サンドイッチを食べ終わって一息つく、燦々と太陽が照る中で2体の人形が休むことなく土砂を掘り進めていた。このまま人形に任せておいても今日中に終わりそうだ。そう思いつつボンヤリと人形達を見ていると、掘った先が崩れて大きな穴が開くのが見えた。やった、ようやく洞窟に繋がったみたいだ。


 確認しに行こうと腰を上げて向かおうとした時、開いた穴が―――爆ぜた。


「なっ!?」

 僕の周囲に土や四散した人形のパーツが降り注ぐ。

 咄嗟にガードした腕の間から何が起こったのか確認すると、巨大な蜥蜴が人形を噛み砕いていた。


 魔獣だ、穴から飛び出して人形に喰らいついたみたいだ。

 次の瞬間、魔獣が腕をふるい残っていたもう一体の人形が寸断された。

 人形は綺麗に5等分され地面に散らばる。何て威力だ。


 隣を見るとメサは居なくなっていた、速攻で姿を消したみたいだ。

 ずるいとは思わない。むしろ、体力のないメサが狙われると守りようがないから、そのまま逃げてくれるとありがたい。


 僕もゆっくりとこの場から離れようとするも・・・人形の破片を漁っていた魔獣が動きを止めた。

「不味イナ」

 頭の上のはーちゃんが不穏なことを言う。


 やがて魔獣は僕の方を向いて顔を上げた。逃げないと、そう思って腰を引く。

「少シマテ」

 はーちゃんが声をかけてきた。同時に森から僕の姿をした幻が数体飛び出した、メサの魔術だ。それぞれが別々の方向に走り場を攪乱する・・・が、魔獣は僕に顔を向けたままだ。幻の1体が魔獣に体当たりを敢行するも気にする様子はなく、残りの幻も森に消えた。


「効イテネーナ、来ルゾ」

 隠蔽や幻覚の類は効かないらしい。しかし、来るってそんな簡単に・・・


 僕の倍以上もある大きな魔獣に睨まれ、背中を冷たい汗が流れる。

 僕は戦うべく腰にそっと手を伸ばし―――剣を抜こうとした手が宙を掴んだ。

「!?」

 しまった、今の僕は帯剣していない。剣を帯びなくなって結構立つけれど、身の危険に教え込まれた癖が出てしまった。


 僕の動揺を察したのか魔獣が飛びかかってきた。

「くっ」

 咄嗟に後ろに大きく飛んで回避する。が、次の瞬間、魔獣が大きく体を捻った。

 尻尾による薙ぎ払いだ!


 そう思って身構えた時には僕は宙に吹き飛ばされていた。

「かはっ」

 地面にしたたかに打ちつけられる。

 受け身が上手く行ったのか痛みはほぼない。


「バカカ! 魔術障壁デ防ガネーカ!!」

 はーちゃんが怒る。魔術師は物理攻撃も魔術の障壁で防ぐ。


「そう言われても咄嗟には無理だよ!」

 大半の魔術師は呼吸をするように無詠唱で障壁を身にまとえるらしいが、そういった訓練をしてこなかった僕は詠唱をして小さな盾みたいな障壁を出すのが精々だ。


 弾き飛ばされたおかげで少し距離が取れた。

「ライトニング!」

 向かって来る魔獣に牽制として雷撃を放ってみたが、魔獣は攻撃をものともせず飛びかかってきた。

「さすがにダメか」


 サイドステップで牙を避け、続いて振り下ろされた爪を体を捻って躱した。

 ヌロっとした鱗が目前に広がり、生臭い飛沫が降りかかる。

「これならどうだ! サンダーボルト!」

 鱗が手に触れる勢いで雷撃を放つ、コレなら効くはず―――と、膜のように張られた障壁に雷撃が全て遮られた。


「な!? 」

「ウシロニ飛ベ!!」

 はーちゃんの声に従って大きく飛び退いた。

 直後、魔獣がさっきまで僕がいた場所一帯をボディプレスで押し潰した。

 土ぼこりが舞い辺りを覆う。


 戦時、セルバウルが近隣の魔術国家を征服して最も困ったのは何か。それは魔獣や魔物の討伐だった。

 魔術師の国では人の持つ魔力を狙って魔獣や魔物が襲ってくるため、定期的な討伐処理が必要だった。魔力の乏しいセルバウルでは魔獣や魔物は発生はしなかったし、また猛獣がわざわざ町の人を狙ってくることもなかった。戦争で制圧した町では魔術師の力を制限したため、対応が後手に回ってかなりの被害を出すことになったらしい。無論、セルバウルの技術でも心臓や核を破壊すれば殺すことができる。魔獣や魔物が持つ魔力の障壁も障害にならない。けれど、脅威になるような奴はこの蜥蜴の魔獣のように巨大で堅い鱗を持っていたり、心臓や核が複数あったりして、点ではなく面で制圧をする必要があった。


「強すぎじゃない? 実はこの山のボスだったり?」

「沼ニ居タヌシダナ」

 沼のヌシ、確かにそんな貫禄がある。


 魔術で攻撃するとしても、魔獣の障壁を貫く威力にするには少し長めの詠唱が必要だ。ただ詠唱の時間を稼ごうにも、僕には魔術障壁による防御が出来ない。幻影も看破されているみたいだし、メサに囮を務めて貰うのも無理だろう。


「今のうちに逃げられないかな?」

「無理ダナ」

 土ぼこりが晴れてくる。

 僕をガン見する魔獣の姿が露わになってきた。

 少しでも動いたらまた飛びかかってくるだろう。


 にらみ合っていると、ふと地面に転がる良い物に気が付いた。

 使用した結果がどうなるかは想像したくないけれど。


 すぐさま僕は駆け出した。

 飛びかかってきた魔獣を前転で躱し、転がっていた土堀棒を手に取る。

 振り返ると爪を振りかぶる魔獣が目前に迫っていた。


 身を捻って躱すも反応が少し遅れ、制服の一部が切り裂かれた。

「あぶな! お返しだよ!」

 突き出された腕に土堀棒を押し当て魔力を込める。

 肉が球状に引きちぎられ・・・ない。あれ!?


 振り下ろされたもう一方の爪を反射的に土堀棒で受ける。

「しまっ―」

 当然強度が足りず棒が粉砕され、爪が僕に迫る。

「ストーンウォール!!」

 メサの声と同時に、地面から突き出した石壁が僕と爪の間に間一髪で滑り込んだ。

即座に石壁を蹴って飛び退く。直後、石壁は魔獣に容易たやすく粉砕された。


 今のはヤバかった。にしても・・・

「なんで!? この棒って触れた場所を丸く切り取るんじゃないの?」

「アホカ! 土堀棒ハ土ニシカ作用シネーヨ!」

 そうなんだ・・・折角期待したのに。このままだと打つ手がない。


 僕は何か足止めできるものが無いか周囲を見渡す。背後の森にメサは潜んでいるみたいだ。向こうに逃げ込むわけにはいかない。反対側、魔獣の後ろには岩壁から掘って移動させた土砂の山があった。あれを使えば何とかなるかもしれない。


「ソリャ良イ案ダ」

 はーちゃんが僕の考えを読んだらしく声を上げる。

「でもやるにはメサに支援して貰わないと・・・」

 言葉にすると少し伝えにくい。


「大丈夫ダ、モウ伝ワッテルゼ」

「本当に? なら・・・メサ、お願い!」

 疑ってる暇はない。再度、僕は魔獣に向かって駆け出した。

 飛びかかってきた魔獣の爪が的確に僕を捉える―――が、


「ストーンウォール!」

 突き出した石壁が爪を遮り、その間に僕は駆け抜ける。

 そして、たどり着いた土砂の前で声高々に魔術の詠唱を始めた。

「コンセントレーション、コンプレックス!」

 一瞬、森の方を気にしていた魔獣は、目の色を変えて僕に突進してきた。


「テンリピート―――」

 目前に魔獣が迫る。


「ストーンウォール!」

 メサの魔術で作られた石壁が僕と魔獣との間を遮るが、魔獣は躊躇うことなく腕を突き出した。

 石壁は紙のように突き破られ――――魔獣はそのままの勢いで土砂の山に爪を突きこんだ。

 この数日で積み上げられた土砂は柔らかく、深々と魔獣の腕を飲み込む。

 さっきの詠唱は囮で、石壁も極限まで薄くしたダミーだ。


「今だ!」

 僕は土砂の山に突き立てていた土堀棒に魔力(マナ)をしっかりと流す。

 魔獣はすぐさまもう一方の爪を僕に振り下ろそうとするが・・・片腕を土砂に固められて自由に動くことができない。


 少し距離を取る。奴は僕を追おうとするが、腕が土砂から抜けず体勢を崩した。

 次はない、僕は魔術を唱え雷撃を圧縮する。

「クリエイト フロントマイアームズ」

「コンセントレーション、コンプレックス!」


 魔獣も危機を察したらしく、土砂に埋まった腕を引きちぎって僕に飛びかかってきた。

 英断だ―――けど、もう遅い!

「テンリピート、ワンテンスマジック!」

 血しぶきを撒き散らしながら魔獣が目前に迫る。

「喰らえ、ショット サンダーボール!!!!!!」

 詠唱が完成し、手の先に収束させた雷球を放った。


 魔獣は身を捻って回避しようとするも、高速で飛ぶ雷球が障壁を砕いて胴体に食い込んだ。

 一瞬、魔獣の体が膨らみ―――頭が弾けて骨と湯気を上げる体液が飛び散った。

 残った胴体は真っ黒になって燃え上がり始めた。


「うえぇ、最悪」

 魔獣の体液をまともに被ってしまった、ヌルヌルして酷い臭いだ。

「ソイツハオレノ台詞ダ!」

 頭の上でドロドロになったはーちゃんが叫ぶ。

 はーちゃんのおかげで体液が目や口に入るのだけは避けられたわけだ。

「助かったよはーちゃん、ありがと」


 見ると森に隠れていたメサも姿を現し、僕の方へとやってきた。メサは汚れていないみたいだ。

「メサもありがとう。・・・取りあえず寮に帰ろうか」

 早く帰ってお風呂に入りたい。


 一息ついてメサに近づくと顔色が少し青白いように見える。

「メサ? 大丈夫?」

 彼女の両肩を掴んで揺する。

「あ、やっぱりダメじゃ・・・」

「へっ!?」

 何が? そう聞こうとした瞬間、

「う、う゛ぇぇぇ」

「なあああぁぁぁぁぁ!!」

 血に酔ったらしくメサが僕の胸に向かって吐いた。生暖かいソレが半身を濡らす。


 兄上に聞いたことがある、初めての実戦は血とゲロの味がするらしい。

 これで兄上に少しは近づけたんだろうか? 

 そんな現実逃避もすえた臭いを嗅いだらすぐに霧散した。

 周囲には壊れた人形と道具が散らばり、魔獣が飛び出した場所には怪しげな穴が見えている。ああ、今からこれを片付けて、ダウンしたメサを抱えて帰るのか・・・泣きたい。


 恐ろしい魔獣を倒した高揚感なんて一欠けらも残りはしなかった。

「あんな魔獣の近くで暮らしてたの?」

「人ヲ襲ウコトハナカッタゼ」

「僕、襲われたんだけど・・・」

「腹ガヘッテ気ガタッテンダロ、奴ノ主食ハ沼ノ魚ダッタハズダ」

「さすがに二か月も食事なしだと死んでるでしょ」

「ナラ、自分ヲ洞窟ニ閉ジ込メタ犯人デモ見ツケタンダロ」

「ああ、なるほど・・・って、あの魔獣にそんな知性なかったよね!?」

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