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幕間3 洗濯物泥棒(2)

 カナミの部屋にあった食堂の食器を持って、イーリス寮長の部屋へやってきた。

 扉をノックして呼びかける。

「イーリス寮長、ノエイン・エリルです。ちょっと聞きたいことがあってきました」

 返事は無いけれど中から声がしている。と、扉は開いているみたいだ。


「ない! ない! ないよー!? おっかしいなぁ」

 覗くと、部屋中の物ををひっくり返してイーリス寮長が何かを探していた。


「お邪魔します。イーリス寮長、何を探してるんですか?」

「ん? ああエリルか。見当たらないんだよ、お気に入りの下着が」

 足元には動物柄の可愛い下着が無造作に散らばっていた。


「エリル達は何か用?」

「えっと」

 僕が話そうとするのを遮ってカナミが前に出た。


「食堂から借りた食器を返しに来たんだ、どこに置いときゃいい?」

「それなら机の上のお皿に重ねておいて」

「おっけー」

 カナミがつまみ食いの証拠を隠蔽しようとしてる。


「カナミ! そうじゃないでしょ」

 サラーサが突っ込むが、

「いやいや、本当に借りてただけだからさ!」

 カナミはのらりくらりとかわす。


 困り顔のイーリス寮長が僕らの方を向く。

「折角だし3人とも探すの手伝ってよ」

「イーリス寮長、ひょっとかしたらその探し物に関係あるかもしれない話があって・・・」

 とりあえず話を切り出した。


「ん? 何?」

「僕らもその、下着やハンカチが無くなってるみたいで」

「えっ? 本当に? じゃあこれってまさか下着泥棒のしわざ!?」

 僕が話を終える前にイーリス寮長は結論に達したみたいだ。


「まだ下着泥棒だと決まったわけじゃ・・・」

「よくもワタシのお魚さんパンツを!! アマリア学長に言いつけて重犯罪の指名手配にしてやるわ!」

 駆け出そうとするイーリス寮長を押しとどめる。


「イーリス寮長、アマリア学長に言う前にちょっと確認したいことがあるんです」

「なに? 犯人に心当たりでもあるの?」

 疑わしげにイーリス寮長は僕らを見る。


「心当たりというか、犯人がいない可能性もあって」

「犯人がいない? じゃあワタシのお魚は誰が持って行ったのよ」

 イーリス寮長は真面目に困惑している。本当に心当たりがないみたいだ。


「とりあえず洗濯場を確認させてもらってもいいですか?」

 何かあったとしたら洗濯場だろう。

「洗濯場を確認?」

「前に洗濯場のゴーレムを確認したのっていつになりますか?」

「えーと、8ヶ月ぐらい前かな・・・って、今のは聞かなかったってことにして」

 どうやら年に1回ぐらいしか見に行ってないようだ。


「どうせゴーレムが誤動作して、変なところに洗濯物を持ってったんだろ」

 カナミがイーリス寮長を見る。

「なら犯人はゴーレムってこと?」

 イーリス寮長は不思議そうにカナミを見返す。


「そこは動かしてた奴が犯人になるだろ。な、イーリス寮長!」

 カナミは狙ってやってるみたいだ。

「えっ、そうなるの? そしたら犯人はワタシ!?」

 はっとするイーリス寮長。

「いやゴーレムの誤動作なら犯人扱いには・・・」

 さすがに止めに入ろうとするもカナミが追い討ちを入れる。


「犯人だな。アマリア学長に指名手配されたくなかったら、口止め料としてケーキを用意してもらおうか」

「あわわわわ」

 泡を食ったように慌てるイーリス寮長。

「カナミ! 調子に乗り過ぎよ」

 サーラサがカナミを止める。

「イーリス寮長、取りあえず洗濯場を確認しに行こう。もし誤動作だったとしても、今ならそこまで問題にならないと思うし」

 今、異変に気が付いているのが僕らだけなら大した騒ぎにならないだろう。

「あ、ああ、そうだね、急いで確認しに行こう」

 焦るイーリス寮長に続いて洗濯場へ向かった。


 洗濯場は普段立ち入り禁止の場所だ。

 中に入ると様々なゴーレム達が目まぐるしく働いていて、つい見入ってしまいそうになった。


 とりあえず全員で見て回ってみたけれど・・・

「特に問題はなさそうだね。本当に下着泥棒でも出たのかな?」

「そうね」「ワタシは犯人じゃないみたいだね」

 サラーサやイーリス寮長も特に見つけたものはないらしい。と、


「おまえら、よく見て見ろよ」

 カナミがゴーレムの1体を示す。石でできた体に白い線が無数に走っている。

「魔法陣の線・・・じゃあない?」

「獣のひっかき傷だ。しかも、まだ新しいぞ」

 なんだかカナミが生き生きしている。


 傷のついたゴーレムが出入りしていた洗濯物置き場を調べると、換気孔を覆う網が破れていた。

「ここから出入りしてるみたいだな」

 そう言ってカナミは網から動物の毛を摘まみあげた。


「塞いだらもう大丈夫かな」

「塞ぐ? それじゃ犯人を取り逃がしちゃうだろ。今日の夕食後に待ち伏せるぞ」

 確かに犯人を捕まえないと他で被害が出るかもしれない。


「犯人を待ち伏せるぞ、おー」「おー」

 カナミに続いてイーリス寮長も声を上げる。二人だけに任せる訳にもいかず、僕とサラーサも手伝うことになった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 夜、食事を終えて僕らは洗濯場に戻ってきた。

 白いシーツを被って日が暮れて暗くなった洗濯物置き場に居ること数時間、イーリス寮長が僕の横で船をこぎ始めた。


 今日はもう来ないんじゃないだろうか?

 そう思い始めた時、カナミが体を固くした。

「来たぞ」

 見ると小さな窓から黒い影が流れ出るように飛び出し、洗濯物の中に消えた。


「サラーサ、頼む」

「ええ」

 カナミの合図でサラーサが黒い影の入ってきた換気孔を塞ぐ。


 と、タイミング悪くゴーレムが洗濯物を取りにやってきた。

 僕らが見る中で洗濯物を物色していた犯人は、洗濯物を取ろうと近づいたゴーレムに飛びかかり一撃を加えた。誰かの下着を咥えている。

「猫だ!」

 その俊敏な動きに僕は感嘆の声を上げる。

「魔獣よ」

 サラーサが僕の発言を訂正する。どう見ても猫にしか見えないのに。


「捕まえるぞ!」

 カナミがシーツから飛び出し僕も続く。

「あいた!」

 後ろで倒れたイーリス寮長が声を上げる。


 気にせず小さな魔獣に向かうが、魔獣は身をかがめたカナミを踏み台にして、飛びかかった僕を軽く引っ掻き、入ってきた換気孔とは違う孔に向かった。

 僕が知ってる猫よりも格段に素早い!


「そっちは塞がってるぞ! おっちょこちょいめ!」

 カナミが追いつめようとして回り込むが、魔獣は孔に張られていた金属製の網を紙のように切り裂いて逃げ出した。

「な!? マジかよ―――追いかけるぞ!」

 僕らは急いで別の扉から外に飛び出した。


 白い下着を咥えた魔獣が川沿いを山に向かって走っていくのが見える。

 後を追いかけて道なき道を進んでいくと、木々に洗濯物だったであろう下着やタオルが引っかかっているのを見つけた。


「あった! イーリスのお魚さんパンツ!」

 大きな木の枝に大漁と書かれた何とも派手な下着が引っかかっている。


「上に居るぞ」

 カナミが身を低くする。

「シャー」

 木の上から僕らを威嚇する声が聞こえる。

 見ると、白い下着を持った小さな魔獣がこちらを見おろしていた。


 小型とはいえ魔獣だ。どうやって対処しようか。

 と、カナミが懐から何かを取り出す。


「ほーらチビすけ、美味しいミルクだぞ」

 カナミが小皿にミルクを注いで地面に置いた。甘い臭いが辺りに広がる。

「カナミ?」

「静かにな」


「布なんかカジったって腹は膨れないだろ? な、ほらほら」

 いつもとは全く違った声色で魔獣に話しかけるカナミに驚きつつ、

 待つこと数刻、魔獣が小皿に近づいてミルクを舐めだした。


 また懐に手を入れて何かを取りだす。

「ほら、美味しい鶏肉もあるぞ」

 今日の夕食で出たもも肉だ。

 カナミはそれを手に乗せて魔獣を誘う。


 魔獣は警戒しつつも匂いに誘われてかもも肉をそっと人舐めし、やがて食べ始めた。

「よしいい子だ、まだあるぞー」


 カナミは次々と食べ物を出し、それを魔獣は凄い勢いで平らげていった。

 やがて、魔獣は満腹になったのか大人しくなり、カナミが抱きかかえても逃げずにその胸元に収まった。


「よーし、犯人確保だな!」

「カナミ、それどうするつもりよ!」

「飼うにきまってるだろ」

 カナミは当然のように言う。


「魔獣って飼えるの?」

 サラーサに聞いてみる。

「ええ、契約で縛ったら使い魔として飼えるけど・・・」

「誰がそんな酷いことするかよ」

 カナミがすぐさま拒否する。

 カナミの胸元に抱えられた魔獣はうつらうつらとしている。

「酷いって・・・カナミ、猫に見えてもそれは魔獣よ!」

 声を押さえながらサラーサが怒る。


「こいつまだ子供だぜ。こんなに小さいのに、どうせ親は死んだか育児放棄だろ。イーリス寮長、こいつこのまま飼ってもいいよな?」

「その魔獣をワタシの寮で?」

 流石にイーリス寮長も嫌そうな顔をする。


「洗濯室の見回りを長いことサボってたよな。アマリア学長が聞いたらなんていうだろうな?」

「えーっと、今後ワタシのパンツに手を出さないならいいかな・・・」

 速攻で脅しに屈したイーリス寮長だった。


「イーリス寮長!!」

 サラーサが非難の声を上げる。

「サラーサ、僕からもお願いしてもいいかな。さすがにアレを処分するのはちょっと」

 カナミの腕の中で眠る魔獣はもう小猫にしか見えない。

「エリルまで・・・もう! 分かったわよ」

「ヨシ!」

 サラーサが折れるとカナミは満面の笑みを浮かべた。


「カナミ! 飼うからには責任を持つこと! 後で首輪を用意するから、絶対に付けなさいよ!」

「首輪なんて必要ないって」

「野良の魔獣として殺されてもいいっていうの? 人を傷つける可能性だってあるし、無責任にも程があるわよ!」

 カナミは嫌がるが、サラーサも真剣だ。


「うう、わかったよ。首輪を付けて責任も持つから、そう怒るなって」

「飼うっていうのは大変な事なの! 首輪にはカナミの名前と簡単な魔術障壁、位置を知らせる魔術を仕込むから、ちゃんと付けてよね!」

「ああ」

 なんだかんだ言ってサラーサは頼もしい。


「あと、餌も人が食べるような濃い味付がされた物じゃなくて、猫用の物を用意するのよ」

「魔獣だぜ? 何もそこまで・・・」

「わかった? 返事は?」

「わかった」

「あとは、一旦動物病院に連れて行って、トリミングに、ケージの準備や爪とぎ、おもちゃもいるかしら、それに――――」

 飼うと決まってからのサラーサの行動は徹底的だった。カナミに反論する余地を与えず話は進んでいった。


 その後、小さな魔獣はシルクと名付けられ、寮で飼えることになった。流石にカナミの部屋で飼う訳にはいかず、イーリス寮長の部屋で飼うこととなり、

「こらまて! シルク! ワタシのお魚パンツを持っていくなーーーー」

 日々、イーリス寮長の元気な叫び声が響くようになった。

 事件解決後の帰り道、

「サラーサ、何でシルクは下着とか狙ったんだろう?」

「カナミに貸した下着を見ればわかるわよ」

「本当? ってこれは・・・」

 下着には油汚れがついて色々な食べ物の臭いがしていた。

「制服は魔術で汚れから守られてるけど中身はね。さて、これは生活指導が必要だわ!」

 直後カナミをブラックサラーサが強襲した。

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