23話 帰ってきた日常
1週間ぶりになる講義は、サラーサに助けてもらってなんとか付いていくことができた。
契約のおかげか実技の方は以前より正確に魔術を行使できるようになっていた。
僕のことを気にしていた学生達も、僕が難しい魔術を成功させると講義に集中するようになっていった。
講義を終えた後、サラーサの提案で勉強を教えて貰うことになった。
サラーサのノートはよくまとまっていて見やすく、所々にはセルバウルの文字で注釈すら書いてあった。
「サーラサありがとう! このノートってもしかして僕のために作ってくれたの?」
「そ、そんなわけないわよ! 先週の講義は難しいところがあったから、教えやすくするためにちょっと書き足しただけだから!」
「それをエリルのためって言うんだぜ。さすがサラーサ先生! 今後もよろしく!」
少し照れるサラーサをカナミが茶化す。
「おだてたってなにも出ないわよ。っていうか、なんでカナミも私のノートを写してるのよ!」
「いやー、最近の講義が難しすぎてさ、ノートが解読不能になっちまったんだよ」
「解読不能って、それはカナミの字が汚いからでしょ! あー今もまたいい加減な字を書いて! その字はちゃんと区切った後に跳ねるの!」
「これはこれで読めてるからいいんだって!」
「カナミ、私のノートを写すからには読める字でキレイに写すこと! あとで読めなくなったなんて言ったら許さないんだから」
そういうとカナミはカバンから何も書かれていない紙を取り出した。
「いい機会だから字の書き方を少し練習しましょう。エリルも一緒にね」
「えっ僕も!?」
サラーサのおせっかいが飛び火してきた。
「エリルの字にはセルバウル文字の癖が出てるわ、汚くは無いけれどせっかくだし直すわよ! キレイな字が書けるようになるまで私のノートを写すのは禁止だからね!」
サラーサの目はやる気に満ちている。
「えぇー」「マジか―――」
僕の叫びにカナミのボヤキが重なる。
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字の練習をすること数刻、なんとかサラーサの許しを得て、明日受ける講義分のノートを写し終えた頃には夕食の時間になっていた。
「残りはまた明日ね」
サラーサがノートを閉じて片付けを始めた。
「さすがに勉強会はもう十分だよ! 残りは部屋で写すからノートを貸してもらっても良い?」
「オレもそうするわ。エリルが写し終わってからで良いから、後でサラーサのノートを貸してな!」
とサラーサにノートを強請る。
「駄目よ。今日はさっき練習した字の復習よ! 忘れないうちに各文字を10回書いて持ってくること! じゃないと明日はノートを見せてあげないんだから!」
すかさずサラーサから追加の宿題が出された。
「そんな!」「そんな話聞いてないぜ!」
二人で絶句する。
「明日もやるわよ! ファイトー」
今日はサラーサもあまり眠ってないはずなのに、なんでそう元気なんだろうか?
そういえば僕の姉上も似たようなやる気に満ちていた。
人は正しいと信じた信念のために悪鬼になる。なんて兄上は野次っていたけれど。きっとこれはブラック・サラーサに違いない。
勉強会を終えた後の夕食では、二人に昨日はどこに行っていたのか根掘り葉掘り聞かれた。
目玉の瓶を何とかしようとして病室を出たこと、突然不安に駆られて医務室から逃げ出したこと、躍起になって森の沼に魔術を使ったら爆発したこと、その後アマリア学長に会って話をした辺りのことを話した。
「すげえなエリル! 国から指名手配とかされてるんじゃねーか!?」
「やめなさいよカナミ。警報は鳴ったけど学園に被害はなかったみたいだし、アマリア学長が知ってるなら手配とかされないわよ」
そう願いたい。
「もう一回やってみようぜ」
カナミはこの手の無謀な話が好きだ。
「2度としないよ! ただでなくても色々な人に迷惑をかけただろうし」
「そうよ、カナミはもう少し常識を持った方が良いわ。でないと牢屋に入ることになるわよ!」
最近はカナミの無茶な提案を二人で止めるのがお約束になってる。
「牢屋が怖くて最強の魔術師になれるかよ!」
「カナミはそういうところがダメなのよ。何事も力押しで解決すると思わないで」
サラーサのダメ出しが入る。
「それは力のない魔術師の屁理屈だぜ」
「あっ」
咄嗟にカナミの口を塞ぐが遅かった。
「・・・・」
バン!
大きな音に周囲の学生が何事かとこっちを見る。
サラーサが顔を真っ赤にしてテーブルに手を叩きつけた音だ。
「10倍だから」
サラーサの小さな呟きに、
「・・・なにが?」
カナミが恐る恐る聞き返す。
「カナミは字の書き取り、10倍書いてこないとノートを見せてあげないんだから!!」
そう言うとサラーサは食堂から走って出て行った。
「ちょ! おま! それとこれとは話が違うだろ!」
カナミも慌てて後を追って食堂から出て行った。
まあ、二人がよくする喧嘩だ。
最初は慌てたけど、怒ってもサラーサは優しい。
とりあえず約束さえ守ればノートを見せてくれはずだ。
それに大体はカナミが謝って仲直りするから放っておいても大丈夫だろう。
食事を終えてゆっくりしていると、使い魔が手紙を持ってきた。
アマリア学長からだ。
メサは検査を終えて山の隠れ家に帰ったらしい。
明日、話をするからメサと一緒に学長室に来るよう書いてある。
特に時間が書いていないけど、講義が終わってから行けばいいのかな?
メサにはどうやって連絡しよう?
考えると僕はメサのことを全くと言っていいほど知らない。
山の隠れ家の場所もわからないし・・・使い魔に手紙を渡せば届くんだろうか?
まあ、取りあえず手紙を送って、明日会ってから色々と聞いてみよう。
そういえば呼び捨てにしちゃってるけど、フィーア先輩の元同級生だとしたら僕より年上なのかな? 見た目はすごく年下に見えたけど。
そんな事を考えつつ食堂を出て寮の部屋へと向かう。
幾分か歩くと明かりに照らされた廊下に、他と形が違う扉が見えてくる。
金属の部分が魔術で作られた光を反射しないせいで、夜だとまた違った扉に見える。
懐に入れていた鍵を取り出し、鍵穴に差し込んで回す。
魔術で勝手に開閉する扉と比べると少し手間だけど、これはこれで僕は安心を感じる。
カチリ
鍵が開いたのを確認して、扉を開けようとしたその時―――僕の手を小さな冷たい手が掴んだ。
前半部を終える予定だったのに、なぜか終われない羽目に・・・